第十六話 決戦、憑依魔王
「ティムううううううおおおおお!!」
アダマンティンの剣を振り回し、俺めがけてラードルフが突進してきた。
「【ドロップ】!」
「がっ!?」
ラードルフの奇声を上げる。
カラーン、と音を立ててラードルフの剣が地面に転がった。
スキルを発動させ、武器を落とさせたのだ。
「相変わらず姑息な! このおおお! 剣よ!」
ラードルフが手を伸ばすと、剣が勝手に浮き上がり、奴の手元に収まった。
魔王の力か……物体引き寄せのスキル、【アポート】と言ったところか。
「無駄な事はやめて、大人しく斬られろおおおおおお!!」
ふたたび剣を振りかぶるラードルフ。
「斬られてたまるかよ」
再び【ドロップ】を発動させ、カラーンとまた剣を取り落とさせる。
「くっ! 剣よ!」
「【ドロップ】!」
期せずして、お互いのスキル合戦になってきた。
俺はラードルフの剣を落とさせ、ラードルフは剣が手を離れた瞬間、引き戻す。
それが何度も繰り返される……
傍から見れば、実に地味な戦いである。
「エルナ! 俺が時間を稼いでる間に、『真のとどめ』とやらを!」
「わ、わかりました! 五分ほどお待ちを!」
エルナが術式の準備に入った。
目をつむり、手を組み合わせて聖句を唱える。
五分か……
「わ、わしは何をすれば良いのじゃ!?」
カリンがおろおろしながら、俺とラードルフの様子を交互に見比べる。
「様子を見ながら斧を叩きこむチャンスでも、うかがっててくれ!」
「わかったのじゃ! つ、ついにこの斧が役に立つときが……
ふふふ、斧たちも血を吸いたいと喜びに打ち震えておるぞ!」
カチンカチンと二つの斧を打ち合わせるカリン。
相変わらず、斧を持つと物騒なことを言いだす元女神だが、こういう時は多少頼もしい。
「なるべく、首を飛ばすとか即死系の必殺技は止めてくれよな……」
「なんじゃ、相手に慈悲を与えようというのか。相変わらず甘いのう」
せっかく人間として元の世界に戻れたのに、いきなりその手を血に染めることはないだろ。
……という台詞は、なんとなく言うのが照れ臭かったため、小さな声でもごもご言うにとどめた。
その間も、ドロップ・アポート合戦は続く。
さすがにイライラが頂点に達したのか、ラードルフは剣を引き戻すのをいったん諦め、
「これならどうだ!」
と手を開いて俺に向けた。
ラードルフの手のひらからやや離れた位置に、人の頭ほどの火球が発生。
「燃え尽きろ!」
掛け声と共に、こちらに向かって打ち出される。
だが……火球はいきなり、地面に向かって垂直落下。
爆炎と煙があがり、地面に大穴が開いた。
「魔法すら、『落とせる』のか……!」
愕然とするラードルフ。
確かに火球を落としたのは、俺のスキルだ。
思わず、反射的に使ってしまったのだが。
「しかし、前は魔法には通じなかったような……?」
以前は確かにそうだった。
だが俺は自分のスキルに、変化が起きているのを感じていた。
「これは……スキルがレベルアップした……?」
「そりゃそうじゃろ。一体、何回あの泉の空間でスキルを使ったと思っとるんじゃ。
金銀の武器を与えた、冒険者たちと同じ数じゃ。それで何の変化も起こらん方がおかしい」
両手を見ながら、ひとりごちる俺にカリンが答えた。
そうか、そうだったのか……!
「こ、このおおおおお!」
再び魔法の準備に入るラードルフ。
だが今度は、攻撃魔法ではなかった。
「肉体強化! 速度強化! 魔力強化! 耐久強化! あああああ!」
自身の力を上げる強化系魔法だった。
服を破らんばかりに筋肉を盛り上がらせ、地面を蹴ってこちらへ突進してくるラードルフ。
確かにすさまじい速度だ、そしてやつの拳の一撃で、俺は体に穴を空けられるだろう。
しかし。
そっちが『上げる』のなら。
こっちは『落とす』までだ。
「【【【ドロップ】】】!」
「う……おおお?」
スキルを発動させた瞬間、ラードルフの膨れ上がった肉体が元に戻った。
走る速度もどんどん落ちていき、強化する以前よりさらに鈍い、ゆったりとした動きになっていく。
「うああああああ……なああああんんんだあああああとおおおおおおお」
ラードルフが唸り声のようなものを上げる。
「とりあえず、さっき上げた分よりもっと、下げておいたよ。色々とね」
「おお、なんか笑える動きになっとるのう! さすがティムどの!」
ラードルフは、今やカタツムリ並みの速度で、のろのろ動いていた。
「術式、完成しました!」
エルナが叫んだ。
俺とカリンは、エルナとラードルフとの間からさっと身を引く。
とたんに、エルナから激しい光が放たれた。
その光の奔流はラードルフへと伸び……
「あがあああああああああああ!?
これはあああああああっ!!
滅びの、光……!! ばかな、まだ、人間に使い手が、ああああああ!」
ラードルフの叫びが、途中で魔王の叫びと入れ替わった。
「うおおおおおお!! 同胞の恨みも晴らせず……!
人間、ごときがあああっ! ばかな、あああああ……
これが、最後の復活、だったのにいいいいいい……
こんな、はずは……
……」
……
……
魔王の断末魔が先細り、完全に聞こえなくなったと同時に、ラードルフが地面にばったり倒れた。
小さなうめき声が聞こえるので、やつも同時に息絶えたわけではなさそうだ。
「終わった、か?」
「……ええ。これで完全に、魔王は消滅しました」
ほっとため息をついて、地面にくずおれるエルナ。
「お疲れ……これで、真に魔王討伐は行われた、ってわけか。ふう……」
天を仰いで、俺もため息をつく。
「なんじゃなんじゃ! わしの金と銀の斧の出番はなかったではないか!
全く、魔王というのも大したことなかったのう! はっはっは!」
カリンの大口に、俺たちも声を揃えて笑い合うのだった。