第十五話 魔化、ラードルフ
「ま、まだ魔族の生き残りがいたのか!」
腰を探るが、今は何も帯びていない。
なら、魔法で……!
「落ち着け……私はお前の敵ではない」
なんだと?
「ラードルフと言ったか。
魔王様は、まだ完全には滅んではおらぬ……時が流れすぎ、人間どもから伝承が失われたのか……
魔王様への、真のとどめが成されぬままとなったのは……僥倖でしかない……」
……魔王は、滅んでいない?
そ、それなら! その真のとどめとやらは、私が遂行する事も可能なのか?
まだ、返り咲くことは、出来るというのか!
ダルランと名乗った魔族は、両手に持った黒い灰を私にさしだし、
「くくく、何を考えているか分かるぞ。その浅ましい欲望。
この男の闇、魔王様のとりあえずの依り代として、使えるかもしれん……」
ふっと息を吹き、私はその灰を全身に浴びる事になった。
「な、なにをする……! ぐっ……!」
どくん、と私の心臓が高鳴り、体内に何かが侵入してくるような感覚があった。
「あ……後は……この男次第……
人界を滅ぼす事はかなわなくとも、可能な限り、暴れまわってもらおう……
それが、私の最後の……」
ニヤリとダルランが笑い、前のめりに倒れて二度と動かなくなった。
▽
「うわっ……なんだこれ」
俺たちは、大森林ダンジョンの、例の泉まで来ていた。
女神のノルマは完全達成され、魔王すら討伐完了した。
しかし、カリンの前に姿を現すはずの神とやらは、全く降臨する気配がない。
あの泉に来ているのかも、というエルナの言葉で、試しに泉までやってきたのだが……
「神がおらんどころか、泉、めっちゃ汚くなっとるのー!
というか、これでは沼じゃ!」
カリンの言う通り、そこそこ綺麗だった元女神の泉は、細かい草に覆いつくされ、泥深い沼と化していた。
「ずいぶんな変わりようですね……
わたくし達が脱出してから、ほんのちょっとしか経ってないのに」
これも何かの不具合なんだろうか。
「まるで魔神の沼ですわね」
とエルナ。なんだそれ?
「わが家に伝わる話ですが……簡単に言えば、女神の泉に相対する存在です。
そこに物を落とすと、魔神が現れ……力か不幸かを与えるとか」
女神の次は魔神と来たか。
女神の泉が、魔王と戦う勇者支援のためのものなら、魔神の沼は、魔王でも支援するんだろうか。
「しかしなんだか、くれる物があいまいじゃのー!」
「すみません。古い文献にちらっと記されていただけですので……」
「エルナは悪くないが……まさか女神の泉が魔神の沼に変化した、なんてことは」
とカリンを振り返る。
「さてのう、というかそんな話は神からは聞いてはおらん。
何か投げ込んで確かめてみるか?」
とカリンがそこらの石を放り込もうとするので、
「やめとけ、泥が跳ねるだけだ。あと、わざと放り込むのは無効なんじゃないのか」
と腕を掴んで止めた、その時……
ドーン! と周囲のものすべてを揺るがす、音と衝撃が背後で起こった。
振り返ると、男が紫の稲妻を周囲にまといながら立っている。
男の姿格好には見覚えがあった。
銀と青の基調の鎧、赤みがかかった金髪……
「まさか。ラードルフ……!?」
「おおおおおおあああああああ!!」
突然現れたラードルフは、返事の代わりに濁った叫びを返した。
その目は敵意にギラギラと赤く輝き、口からは煙が立ち上っている。
「なんじゃこやつは!? なんか人間やめてる感じがするのじゃが!?」
カリンが一歩後ずさる。
「……とても邪悪な気配を感じます。
カリンちゃんの言う通り、この方、何かとてつもない魔と同化しているようです」
エルナが神聖魔法発動の構えを取りながら言った。
……魔と同化だって!?
「ティムううううう!! き、ききききき貴様さえいなければああああああああ!!」
口から煙とよだれをまき散らしながらラードルフが叫んだ。
なんだなんだ、ラードルフはその身を悪魔か何かにゆだねるくらい、俺を憎んでいたのか!?
「おおおおおおおおお!!」
沼に向かって手を伸ばすラードルフ。
すると、にぶい音と共に沼から何かが飛び出してきた。
飛んできた何かを右手に掴むラードルフ。
「それは……アダマンティンの剣?」
誇らしげに持ってた剣を、なんで沼に捨てたんだ。
って、そうだった。
女神の泉が打ち止めになったあと、こいつ自身が放り込んだんだっけ。
「はははははあ! この力、素晴らしいな!
魔王の力! 私が、それを、自由に使えればああああああ!!
ティムなど、平民など、下賤の者など! 敵ではなあああああい!!」
魔王の力!?
こいつ、自身をゆだねたのは、討伐されたはずの魔王だっていうのか?
「や、やはり……魔王はただ、オリハルコンとミスリルの剣だけで倒すものではなかったのです!
我が家に伝わる、最後の、真なるとどめの儀式魔法を使わなければ……!」
あの時、エルナが言っていたのは本当だったのか。
くそ、なんてしつこい存在なんだ……!
「だが……魔王の力なんて、とてつもないものなんじゃないのか?
確かに今のラードルフは、昔より強くなってる感じはするが……
魔王の力というには、そこまでの圧を感じないぞ」
と俺がひとりごちた時。
ラードルフの体から、何かぼんやりとした影が浮き上がるのが見えた。
そしてその影は、ラードルフとは全く違う声色で言葉を発した。
「こ、この男! せっかく得た我が力、ただの一人の男への復讐のみに使うつもりか!
殺された同胞の分、人間を殺すのだ! それが貴様の使命だ!」
「うるさい! うるさいうるさい!
まずはティムだ、ティムなんだ! 貴様は黙って力だけ貸せ!
ティムを片付けたら、望み通りの事をしてやるとも!
いや、ティムの次は、父だ、兄たちだ! 我を出し抜いた冒険者どもだあああああ!」
「ええい、ダルランめ、扱いにくい男を依り代にしおって……!
我が最後の力、無駄に消耗するわけにはいかん、やるならさっさとやれい!」
影がひっこむ。
会話内容からすると、やはりラードルフに力を与えているのは魔王のようだ。
そして、得たと言っても消滅寸前の魔王の力。
その上こいつら、不完全な関係にも見える。
戦いようはありそうだ……!