第一話 本当にあった女神の泉
「……悪く思わないでくれたまえよ。ティムくん。
しょせん貴殿と私とでは、元々身分が違う。同席する資格など、もとよりなかったのさ」
パーティリーダーである勇者ラードルフが、冷たく吐き捨てた。
そして、彼の魔法で身動きが取れずにいる俺に対し、
「それではさらばだ。永遠に眠っていたまえ」
俺の体がふっと宙に浮かんだ。
ラードルフの浮遊魔法により、俺は固まったまま、深そうな泉の上へと移動させられる。
そして泉の中心あたりで、俺を掴んでいた見えない手がぱっと開かれ……
どぼーん。
盛大に水しぶきをあげて、俺は森の泉に沈むことになったのだった。
――ここは、大森林ダンジョン。
その名の通り、巨大樹が複雑に連なり、天然の迷宮を形成している森だ。
ここを突破すれば、魔王城までもう一息。
とはいえ、まだ力不足の俺たちは、森の中で探索かつ鍛錬を行っていた。
しかし、その休憩中。
同じパーティメンバーである、聖女エルナがお花摘み(暗喩)に行った時。
「ティムくん。唐突だが、このパーティから抜けてくれないか」
ラードルフがそんな事を言ってきた。
何のことか分らず「は?」と返答すると、
「今回の探索で、私はSランクの武器を手にすることが出来た。
これで我がパーティはもはや敵なし、魔王城に挑む資格が出来たというものだ」
確かに、森の強敵オークキングが持っていた剣は、武器ランクでいえば最強クラス。
これで勇者の攻撃力は、以前とは比べ物にならなくなった。
まさに一騎当千だろう……
「しかし、それで何で俺が抜ける、って話に?」
と問うと、
「以前から考えていたことだ。貴殿の職業は何かね?
弱体士だ。字面もやる事もまさに下級職!
上級職たる私たちとは、全く釣り合わないとは考えなかったのかな?」
確かに俺の職は【弱体士】だ。
弱体士とは、敵の力を減衰させて、味方のサポートをするのが主な仕事。
俺の固有スキルが【ドロップ】だったゆえに出来た職だ。俺だけの、唯一の職。
このスキルは、敵の攻撃力を『落とす』、防御力を『落とす』だけでなく……
持っている武器さえ、物理的に落とさせることの出来るスキルである。
「いや、下級職呼ばわりは酷いだろ。そんなものはない、通常職ってのが一般的だ」
「ふん……弱体士なぞ、相手の足を引っ張る事に特化した職。
やる事が卑しいのだよ!」
それは、やや耳に痛い話だった。
俺は自分のスキルを気に入ってはいない……
弱体サポート特化、それは『相手を不幸にする』スキルのように思えてしまう。
かける相手はモンスターだけだが、誇れるスキルとは言い切れないものがある……
「しかし……オークキングの武器は、俺が【ドロップ】させたから、」
「黙りたまえ下種が」
ラードルフが俺の言葉をさえぎる。
そして、エルナが歩いて行った方向をちらりと見て、
「それ以前に! 貴殿の目、エルナを見る目が気に食わないのだよ!
破廉恥な考えを秘めた目で、彼女を見るのが私には耐えられぬ。
彼女を守る意味でも、貴殿には抜けてもらった方が良いのだよ」
なんだって!?
俺はエルナに対して、仲間以上の感情を抱いた事なんてないぞ!
むしろラードルフの方が、ときどき彼女を食事に誘ったり過度なスキンシップを行ってたじゃないか!
「彼女は私に気があるのだよ! 邪魔しないでくれたまえ!」
「はあ? 君はとんでもない勘違いをしている、」
そこまで言った時点で、俺は身動きが取れなくなった。
突然、ラードルフが俺に『鉄化魔法』をかけたのだ。
鉄化魔法は基本的に防御目的で使用する魔法だが、動けなくなるという弱点もある。
ラードルフはそれを悪用している……!
「貴殿に『君』呼ばわりされるいわれはない!
ふう。大人しく従ってもらえれば、何の問題も起きなかったものを……
やむを得ん。こうなったのは、貴殿の責任だ」
「……」
鉄化した俺は言葉も返せずにいる。
「なに、これからちょっとした事故が起きる。悲しい事故がね。
貴殿の後ろに、なかなか深そうな泉があるのが分かるかね……?」
――そうして、俺は森の泉に沈むことになったのだった。
しかし。
意外にも、その泉は『深く』はなかった。
「……うわ!? ……いてっ!」
とつぜん水の抵抗感がなくなり、体が宙に浮いたと思った瞬間、頭と背中に固いものがぶつかった。
なんだ!? ……落ちた?
「な、なんだここは!?」
むくりと起き上がり、周囲を見回す。
そこは殺風景な白い空間だった。広さは宿屋の一等客室くらいか。
ただただ四角く、そして何もない場所だ。
「俺は泉に沈んだはずじゃ? ……息が出来る。鉄化魔法の効果も切れてる……」
いったい、何が起こったというのか。
俺は上を見上げると同時に、さらなる混乱に叩き込まれた。
「……!?!??」
天井に、人の足が生えている。
膝から下の、小さい素足が。おそらくは子供のもの。
なんなんだ、これは!?
「これ、引っこ抜いた方が良いのかな……?
ジャンプしたら勢い余って天井に突き刺さったとか。いや無いな。
それともこういう芸術なんだろうか。理解できない……」
頭上の足を眺めながら悩んでいると、突然その足が下へと動き出しはじめた。
徐々に下半身が現れ、上半身、そして頭部があらわになる。
「変な前衛芸術とかじゃない。人間の、女の子だ……」
白い薄物に包まれた、幼く細い身体。
腰まで伸びるつややかな金髪、ぱっちりとした目。
奇跡の造形と言って差し支えない、驚くほど美しい顔立ち……
しかし。
外見に見とれる以前に、俺はまたしても混乱の渦に見舞われた。
幼女は、金と銀に輝く、二体の『俺』を両手に抱えていたのである。
ごどーん。
めちゃめちゃ重量感のある音と共に、金と銀の『俺』を床に放り出した幼女は、
「ふいー。やれやれ、バッカな奴じゃのー!!
まさか、金のほうを指定してくるとは……
有名な逸話を知らんのか!? 嘘をつかれたら全部没収するに決まっとろうが!! ぼけぇ!!」
とわめき散らした。
「せっかくのチャンスを逃しおって……そもそも、落とすなら武器じゃろ!
なんで鉄の像を落とすんじゃ! 泉は処分に困ったインテリアを捨てる場所ではない!
わしが現世へ戻れるのは、いつの日になるんじゃー!!
んのおおおおおお!! ダブル・カリーン・トマホゥーク!」
と叫び、どこから取り出したのか二本の斧を壁に向かってぶん投げた。
ドカッと音を立てて壁に突き刺さった斧は、なぜか壁に押し出されて床に転がった。
その斧も金と銀に光っている。
なんなんだ、こいつは……そして、この部屋はいったい……?
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