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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
二.花と貴方へ
94/145

94.

「門まで送って頂いて……」

「迎えに来たからな。帰すまでが旅行だ」


 真昼、籠屋の門前で土産の詰まった紙手提げを宵ノ進へ渡した杯は、お礼を言いながら申し訳なさそうに受け取る様子にほんの少し笑う。隣町へ駐めた自車へ荷物は積んだままなので、両手の空いた杯が半分荷物を持つと言えば宵ノ進は真っ赤になり慌ただしく慎ましやかに言葉を並べるも無言の圧力に負けここまで会話を楽しみながら歩いてきた訳だが。

 

「杯様はこれからお車まで荷物を取りに戻られるのでしょう……? わたくしも御手伝い致しますゆえ……」

「気負うな。たまには歩かねば。また誘われてくれるか」

「ええ、お誘いくださるならば……」

「では」

「はい」


 来た道を戻る後ろ姿が遠退いて、見えなくなるまでに幾度失礼承知で声を掛けようか迷ったことだろう。


(いけませんね、これでは……)


 門へ向き直ると火の消えた籠屋の大提灯と閉じた扉に小首をかしげる。


(そういえば、午刻ですのに何故店を開けていないのでしょう……? また御休みにしても何の報せも出さぬままとは……)


 潜り戸に古い鍵を挿し込んで入った宵ノ進は、内側から鍵をかけ直すと玄関へ向かう。朝日が趣味で組んだ絡繰の鍵にはつまみ細工の花飾りがついており、二本で一組となっている。

 嬉しそうにできたばかりの鍵を持ってきた朝日を思い起こしていた宵ノ進の下駄が枯れ葉を踏み、ぱちりと瞬いて足元や左右を見ると掃かれていない飛び石と庭。


(何か、あったのでしょうか……)


 早足に、玄関の鍵を開けからからと戸を引いた宵ノ進は金の眼をまんまるに見開いた。


「おかえり、宵ノ進」

「あぁ板前さんお邪魔してます~」


 遠い眼をした羽鶴がドピンク頭の青年に抱きつかれたまま床に座っている。幼子が大きなぬいぐるみを抱きしめているならばまだしも、そこのにこにこ顔のドピンク頭はおそらく熊を投げ飛ばせる程には筋力がある。それはそうとあまり自ら顔を出すような人物ではない彼が山に囲まれた農地から下りて来たのであれば有事なのだろう。


「只今戻りました……つつじ様、久しゅうございますね」

「えぇえぇ久しぶりですねえ。羽鶴くんのボディーガードを務めましたよお~」

「ぼ……?」

「いやなんか気が付いたらこんな感じで雨麟の部屋で寝てたんだよね。謎の川の字にも程が」

「生きる芳香剤の自信がありますわぁ」

「いえツツジさんは不良の怪力を隠しきれなかった時点でデスフレーバーです」

「……何を申しておられるのか存じ上げませんが、つつじ様は祓い魔師ですよ」


 沈黙の後、真顔の羽鶴が横を向くとにこにこ顔のツツジが顔を逸らしふわりと短髪と桃の香りが舞う。


「板前さんなんてこと」

「ツツジさん僕また何か引き連れてた系なんですか雨麟の部屋で起きる前怖い目に遭ったの夢じゃなかったんですかていうか隠し通すつもりだったんですか」

「はれわかりませんわぁ仲良ぅ雨麟と寝てましたんに、はぁ、祓い魔師って、名乗ったことはないんですけどねぇ。勝手に呼ばれているだけですよ。どうも、ただいるだけで大抵のものは逃げ出すらしい体質か何かというだけで。こんなにぴったりくっついていたら、悪夢すら見ませんよ。生きてるお守りみたいなもんです。板前さん、ちょっといじわるでしたねえ」

「昼餉を御用意致しますゆえ」

「ほんに、波のあるひとですわぁ。はあ、羽鶴くんいい匂いがしますねぇ。愛されとります」


 ツツジが羽鶴のモフモフした銀髪に顔を埋めると、小言が飛ぶかと思いきや俯いた顔は耳まで赤い。


「…………ありがとう、ございます」


 顔を向けずに呟く様が愛しくて堪らない弟と似ている。


「はれ、なんのことでしょうかねぇ」

「嫌なこと、我慢してまで来てくれたんだってわかったから……」

「ふふふふ。みんな、いい子ばかりで幸せ者ですねぇ。来て、良かったですよ。弟がふたり、できたみたいで」


 言えば、羽鶴は真っ赤になったまま押し黙ってしまった。


「そういえば板前さん…………あれまぁ」


 ツツジがモフモフを堪能している間に、宵ノ進は奥へ行ってしまったようである。


(お客さんにはやらんのでしょうけど、いいえ、信頼されとるということでしょうかねぇ。ただ、羽鶴くんへの隠し事、いつまでもつのやら)







「鯛茶漬けだああ……!!!」

「鶴よだれ」


 旅の荷物を隅に纏めて降ろした宵ノ進がすぐさま用意した昼食を朝日と虎雄以外で囲み、雨麟と羽鶴の間に座って始終ご機嫌でお喋りしていたツツジが帰ると一気に静かになった。


「はあ、つつ兄もンのすげえ元気だった……よかったけどよ……」

「雨麟ことあるごとにハグされてたよね。ハグからの頬ずり……」

「羽鶴も抱き枕にされてただろーが。うン、昔からなンだよ。寝れねえ時とかまあ特に理由はなくてもひっついてくるンだがよ。今度土産持って帰ってやるかなあ」

「一緒には住まないの?」

「俺が籠屋で働くって決めたようなもンだからな。うーン、どっちも実家、みたいなカンジだなあ」

「雨麟もお兄さんくらいになったら人とか投げちゃうのかな、ポーンって」

「ちょ、うわ羽鶴ああ……」

「え、何……」


 朝日への粥を乗せた膳を持ったまま宵ノ進が真顔でこちらを見ている。隣で指の怪我を心配されたばかりの大瑠璃がうわあ……という顔をしながらあらぬ方を向いた。


「羽鶴様、そのお話詳しくお聞かせ願えませんでしょうか。雨麟もいらっしゃい」

「不可抗力!!」

「正当防衛!!」







 草履を地面に擦りながら、ツツジは長閑な帰り道をゆるゆると歩いていた。当人は緩やかに歩いているつもりだが、背丈と歩幅が大きいので気が付けば目的地、なんてことはよくある。田畑の間に伸びる一本道をまっすぐ行けばだんだんと山へ行く上り坂になるのだが、坂の存在を思い出し手頃の岩に腰掛けると秋晴れを仰いだ。


(そういえば、五両に干物を忘れましたねぇ。どやされそう。籠屋の干物も好きですからねぇ)


 すん、と鼻先を冷えた空気が擽る。山からの澄んだ空気が、人里の匂いを押し返す。


(羽鶴くんの足、結構深く切っていましたねえ。何を踏んだのかは、わかりませんけれど。ほんに、どやされそう)


 左の足裏がじくりと痛む。黒足袋の下で幾重にも包帯を巻いているが草履にまで染みねばいいのだが。


(雨麟と仲良ぉしてくれてましたから。身代わりなんて、いつぶりでしょうねぇ。……外の連中、板前さんが帰ってきたら一気に逃げていきよった。ずっと、長閑なまんまだといいのですけれどねぇ)


 ツツジは重い腰を上げ、一本道を歩き出す。


(できることがあれば、また顔を出すかもしれませんけれど。どうか、無事で)
















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