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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
一.後ろを振り向くことなかれ
9/145

9.

「羽鶴、座れ」

「羽鶴」

「うああ……!」


 羽鶴がうろうろしていると、榊が袖を引っ張って畳の上に座らされる。黒髪赤メッシュは胡座をかいて腕を組み、携帯で連絡を取っている。


「榊、どこへ……?」

「家だ家。俺と羽鶴の。ああこんばんは榊ですけどええ、そうなんです泊まり込みになりましてええ学校は幸いにも明日は休みですし夕方頃にはお返しします、わははそうですかそれは助かります今度お菓子とご一緒で宜しければお邪魔させていただきます、では」

「あ、姉貴明日の夕方帰るわ、じゃ」


 何事もなくおっけーと言う榊にぽかんとしている羽鶴だが、そういえば榊は口を開かせればすらすら言葉が出てくるやつなのだ。人当たりもよく、スポーツ勉学見た目申し分なしの男が榊なのだ。

 着信音がピロリロリン一択らしいが、交遊関係のきっかけがそういえばその着信音に羽鶴が吹いたことによる。

 メールを早打ちし返事を見て携帯をポケットへ突っ込んだ榊はそれで、と訊いてきた。


「え、いや電話に出たのが母さんだってのはわかった……ありがとう榊、少し落ち着いた」

「おしあとはひねくれ美人が良くなりゃ大丈夫だな。あー腹へった」

「榊食べてなかったの?」

「話の途中で変なのが飛び込んできたろ、それで一口も」


 寝るには早すぎる、そう洩らす榊に羽鶴は少し考え部屋を見回すも、箪笥と文台があるだけの和室は天井から行灯がぶら下がりゆらゆらと揺れる灯りがどうも気を逸らす。

 壁に掛かった小さな鈴を見つけた羽鶴が手に取ると、澄んだ音が響いた。


「鳴らせばいいよって言ってたよね。ご飯頼もうよ榊」

「だな頭回らんわ」

「ンだよ宵ノ進板前のくせに急にいなくなりやがって味が違うって杯の坊っちゃンが駄々こねて香炉が困ってンだろうがとっとと戻りやがれ……お?」


 襖がピシャンと開かれピンクの短髪をオールバックにした和装の女の子が水色の眼をぱちくりさせた。


「きゃっお客様いらっしゃいませぇ! 今のは忘れてね雨麟困っちゃう!」

「………………………………」


 物凄く可愛らしい顔をしてウインクとちらりと舌を覗かせたピンク頭の女の子の懐から朱色の煙管が落ちた。


「こ・れ・は雨麟の相棒!」

「煙管……」

「喫煙者か……」


 羽鶴と榊が畳の上に転がる朱色の煙管を遠い目で見つめながら言うと、ピンク頭の子もとい雨麟はさっさと拾いくるくる回して可愛らしい笑顔を向けた。かろうじて肩に引っ掛かる躑躅色の着物が滑らかな肌や鎖骨を惜しみ無くさらすその姿は、遊女のようであったけれども。


「雨麟が生きるには必要なのですお客様! それでっご用は何でらっしゃいますかぁ!」


 常に星が飛びそうな声の高さで話す雨麟は、躑躅色の着物に映える水色の眼をぱちくりさせている。


「おなかがすきました」

「いやそれはこの際いいわ」

「えっ違うの榊」

「なぁ、引き寄せ刀って何なんだ」

「なンだ、見たの」


 可愛らしい声と顔の雨麟は煙管を懐に仕舞い襖に寄り掛かった。

「一度出たら朝方まで彷徨くお化けですよお客様」


 くすくすと笑いながら、半分嘘ですけどなんていう雨麟に羽鶴は息を飲む。可愛らしく笑いながら、小さな体が言葉をこぼす度に離れていく気がするのだ。


「出歩かずお待ちくださいな。おなか、すいてるンでしょう」

 ふわりと笑んだ雨麟に返す言葉が見つからない。かける言葉を探そうが、返ってくるのは同じ音のような気がして。

 襖も閉めずに部屋を出ていった華奢な背の覗く後ろ姿が頭の中から消えぬうちに、雨麟は二人分の朱色の御膳を手に戻る。


「召し上がれ。お客様」


 すとんと襖が閉められ部屋には料理の良い香りが漂った。

 用が済めばさっさと去る雨麟に羽鶴はぽかんとしていたが、宵ノ進もそうだった気がする。

 宵ノ進の運んできた膳よりも、些か質素に感じるのは何故だろう。羽鶴は首をかしげながらも、朱色の箸を取る。口へ運べば上品に、すっと消えていく味が箸を進め、程好い量に隣をちらりと見れば無言で食べる榊の姿。


「美味いな」と一言告げた榊は何やら神妙に、それはもう口数を減らすほどに何かを考え込んでいた。

 羽鶴は頷きながら、汁物を口へ運ぶ。僅かに、味が違う。

 たしかにそう、思うのだ。


「ねえ、榊」

「妙だと思わないか、あいつ、ひねくれ美人が寝たままでも顔色すら変わらなかった」


 真剣な光を宿す榊の眼に、羽鶴は些細な料理の話を飲み込んだ。


「宵ノ進も、落ち着いてたと思うけれど」

「あれは別だ。さっきのピンク頭は引き寄せ刀の名前を出したら全部飲み込んだだろ、だからもしかしたら、よくあることなんじゃないかってな」


 羽鶴はちらりと大瑠璃に視線をやった。

 何の感情も乗せないような、ただ寝かされているような、血の気が引いた顔。


「お水、もらってくる」

「羽鶴」

「刺されるのがよくあるなんて、いいはずないんだ」


 襖を開けた羽鶴は音をすべて吸い込んでしまうような静かな廊下を進んでいった。

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