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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
二.花と貴方へ
72/145

72.

 教室の自分の机に頬杖をついてぼんやり考えていた羽鶴は補習効果のお陰もありなんとかついていけている授業を聞きながら、ノートの端に単語を並べては思考をぐるぐると巡らせる。


 橋 刀 脚


 夢を見て、大瑠璃に聞いてもらえて安堵したが、あの時の引っ掛かりはなんだったのだろう。


(僕を追いかけてきていた引き寄せ刀は大瑠璃に近付く奴に嫉妬して来るって言ってたけど、今は店長が祓ってくれたから大丈夫で? そいつは硝玻の兄で? ていうか大瑠璃は即ち未亡人で???)


 美人はするすると己の過去を語ってくれたが、何か一つ、逸らされているような気が。

 疑るのではなく、なんとなく、そうなのではないかと。


(ううん……橋? 橋っていったら宵ノ進がよく飛び降りるって大瑠璃が言ってた……でも明日から杯さんと旅行だし大丈夫そう……ていうかあの夢怖かった……ぶったぎられるかと思った。前にも小刀で刺される夢見たしもう)


 悪夢の多さにうんざりしていると、ふとノートを取っていた手が止まった。


(小刀が、刀になってる……)




 次の授業が始まるまでの間、ノートを閉じて小難しい顔をしている羽鶴に榊が飴を差し出しながら向かいの席を借り陣取った。


「籠屋の悩み事か?」

「そう。榊、夢解きしてたんだけどなんとなくまずい気がするんだよね。だんだん、大きくなってる。迫ってきている。お陰さまで僕学校二日出た気分だし」

「引き寄せ刀か。だいぶしつこいな」


 二人で飴を転がしながら、しばし間が空く。


「あいつは僕と榊を追いかけたでしょう。まあ、狙いは僕なんだけど。しつこく狙って、より強いものを持ち出すって多分、こういうことなんじゃないかな」


 羽鶴は臆した風もなく、飴を転がしながらぽつりと言った。


「おまえさえいなければ。って。僕もそうなろうとしている」

「策は」

「何も。思い付かなくて。あの黒巻き包帯、戦って勝てる感じかな? 映画とかなら岩に潰されたり自爆したりで解決するじゃん。どっちかっていうとゾンビが近そう」

「焼くのは?」

「……それ以外で。神出鬼没のゾンビお化けってだいぶきてるよね」

「俺も考えとくが、もう少し引き寄せ刀について情報があった方がいいな」


 物騒な話題をチャイムが切る。授業を聞きながら考える羽鶴は、右腕に走った小さな痛みに瞬いた。

 








「よかった、事故のことは覚えていないみたい」


 自室で小鳥を撫でながら、一人呟いた大瑠璃は餌の粒をつまむと、器用に拐っていく嘴にほんの少し笑った。

 殆ど覚えていないようだ、羽鶴の性格ならば、夢見の話をしたように、真っ先に訊きにくるだろう。


「あんなの、覚えていない方がいい。ねえ、しらたき。これからたくさん良いことで、あの子の身体を埋めればいい」


 小鳥は首をかしげた。ちょんと大瑠璃の指に乗り、気の抜けた声で鳴く。

 小柄なもう一羽は羽鶴が寝ていた箇所をつついて回っている。


「……次に来たときには、今までのようにはいかないのだろうね」

「大瑠璃、入りますよ」


 返事を待たずに引き戸を開けて、幼馴染の片三つ編みは近くにお膳を下ろした。

 大瑠璃がそうであるように、宵ノ進もまた一切の遠慮なく部屋を訪ね接するが、他の者ならば返事を待たない時点で腕組みした大瑠璃の文句を頭から浴びる羽目になる。


「丹精込めて拵えましたのに、冷めてしまっては心苦しいものがあります」

「冷めても美味しいように作っているくせに。ああそんなに怒らないで」

「わたくし怒ってなどおりませぬ」

「宵は拗ねるとめんどくさいなあ」

「拗ねてもおりませぬ。大瑠璃、明日からは厨房は香炉なのです。部屋まで持ってきてはくれぬのですよ?」

「まったく人の世話ばかり。荷造りもまだなんでしょ。大丈夫遅く起きても何か勝手につまむから」


 呆れたように言いながら、軽口を叩いては口で笑う大瑠璃に、宵ノ進は小首をかしげ悪戯っぽく笑って返す。


「たまには、早起きもいいものですよ。香炉の驚いた顔なんて、めったに見れるものではないのですから」

「宵のそういうところを知ったら、鶴の方が腰を抜かしそうなものを」

「大袈裟ではないです? ところで碗物は丁度良い頃合いかと」


 話していてすっかり忘れていたが、お膳に乗る料理は湯気が立っている。一度冷めた料理など他者に出さない板前は、わざわざ作り直して自ら運んできたのである。


「遅くなったのは悪かったよ。また、一人で食べたの?」


 きちんと膝を折って箸を取る大瑠璃に、ふんわり笑って宵ノ進は味見です、と返す。


「夏場のお料理に活かせましょう。そういえば、虎雄様が今日くらいは受付を大瑠璃に任せたいと仰っていましたよ。顔馴染みだから良いだろうと」

「ちょっと待て宵それが先じゃないのか。急すぎる。きっちり着たくない」

「おあいこです」

「受付好きじゃないんだけど……」

「ふふ、白鈴も配膳に回りますから。うんとおめかししてくださいな」


 遂に無言になった大瑠璃に可笑しい、と少し笑った宵ノ進はお膳はそのままで良いと告げ顔に出ぬままむくれる幼馴染を残し部屋を後にした。


 

 



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