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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
二.花と貴方へ
59/145

59.

 恥ずかしい、声を荒げて、駄々をこねて、また暗がりが来る前に逃げているなんて。


 ――薬品の匂い。


 息が上がった。灯りの消えた廊下、柱にもたれかかると耳が馴染んだ音を拾う。

 やわらかにひややかに、追い詰めるようにじわじわと音が身体に染み込んでゆく。血の噎せる身体に、欲してはいけない何か。


「無理はするなと言っているだろう」

「いや、です……」


 杯の低い声。眼に浮かぶ表情。静かな、静かな薄い雲を融かしたような眼。


「たまの旅行も断ると」

「お断り、いたします」


 かさりと、紙袋が差し出される。

 振り向くのが怖い。どのような顔で、答えたらよいのか。――応えたらよいのか。それを嫌うことを、知っていながら。


「今月分だ。変わりないか」


 行ってしまう――振り向くのが怖い。行ってしまう。何のもてなしもせずに、違う、醜態ばかり晒して、違う、応えるのが、怖い。


「杯様」


 返答はない。そのような男である。多忙で、足を運ぶなど薬を渡しに来る時ばかりの。多忙なくせに、送らずにわざわざ届けに来るような、そのような男である。

 挨拶ぐらいせねばと振り返ると、薬品の匂いが顔を埋めた。


「ひぃ」

「珍しいこともあるものだな」

「申し訳ありませぬ……!!」


 勢い余って杯のシャツにぶつかった顔を慌てて離しては詫びるも、何やら冷静に笑われているような気がする。

 背丈のある杯をいつも見上げることとなるのだが、ふと胸の辺りにぶつかったのだと思い至ると途端に恥ずかしくなった。


「御無礼を……!!」

「そう思うならたまには付き合え」


 差し出された紙袋がいつもより僅かに重い。覗くと薬とは別に手のひらに収まるほどの箱が入っている。紐が巻かれ、蝶の印の――和菓子である。


「杯様これは……」


 たまに菓子を差し入れる、その気持ちが有り難い。


「全国御茶展という催し物があるそうだが」

「え!!」

「生産者と直接話ができる上飲み比べることもできるそうだ」

「……!! 行きたいです……!!」

「先程断られたばかりだが」

「……もしや遠いのですか」

「一泊二日」

「日帰りになりませぬでしょうか」

「お前が走り回れるならな」

「それは無理です」

「では止めるか」

「……連れていってください」


 暗がりでよかった。何やら身体が熱い。薬品の匂いがまとわりつく。それに先程、ぶつかった時の。


(杯様の匂い……)

「明後日門まで来る。朝までには済ませておけ」

「はい、杯様」


 

 慣れぬように馴れぬように逃げ回れども、慣れてしまっていたのだ。

 




 

 


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