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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
一.後ろを振り向くことなかれ
43/145

43.髪

 二人は走った。日は沈み行く最後の輝きを放って、暗闇を呼び込んだ。同時に、二人の背を遠くから見続け貼り付く視線を感じた。

 距離は一定を保たれたまま、視線だけが付いてくる。榊、と羽鶴が名を溢すと、彼は振り向くなと強く言った。

 旅行鞄の砂利を弾く音が響いて、ずらりと提灯の灯る商店街へ出ると、貼り付く視線が強まった気がした。商店街はちらほらと人がいる。走りながら目をやると、そのすべてが夏祭りで見た白い面をつけていた。

 ――ここで捕まれば終わる。そうなのだと思った。途中から榊が羽鶴の手を引いた。縺れそうになっても、それを感じとり支えながら走る。

 緩い坂へ差し掛かると、背後に走る気配を感じた。視線は更に強く、それだけでも息を詰まらせた。

 籠屋の屋根が見えると、襟を何かが引っ掻いた。


「羽鶴!!」


 榊の叫ぶ声に、羽鶴は背後を気にすることをやめ、引かれるまま懸命に走った。

 籠屋には灯りが入っている。階を追い、開いた門と提灯が見えると、息の上がっている榊が強く羽鶴を引いた。

 羽鶴は息が詰まった。強く襟を引かれ、喉が潰されるのではないかと思った。前へと引いてくれている榊の姿が霞む。彼の強く掴んだ手の感触だけが、羽鶴の意識を繋ぎ止めた。

 耳元でごうごうと音がした。それが燃え盛る炎の音に似ていると思えば、脳裏に大瑠璃の姿が浮かんだ。

 顔を覗き込まれれば、もう榊も見えなくなってしまう。


 二人が門の敷居を越える間際に、激しい地鳴りと怒号が響いた。


「これ以上ウチの家族追い回すんじゃないわよ」


 久しく聞いた店主の声だった。

 門を越え、丸石の上で息を整えている榊と羽鶴に、白鈴が手拭いを差し出した。


「おかえりなさい。虎雄様が羽鶴さんから引き剥がしてくれたよ。籠屋にいれば、大丈夫だからね」


 榊が黒い目を寄越した。羽鶴も息を切らしながらそれに応えると、二人で少し笑った。


「おかえり」

「――大瑠璃……」


 羽鶴は言葉をなくした。玄関先に立つ大瑠璃は、髪がうんと短くなってしまっていた。その上、切り揃える訳でもなく輪郭の辺りで不揃いのまま、本人はどうということはないという顔をしている。


「自分で髪を切ったのよ。あいつを黙らせるのに使えって。あんた、小刀なんて使うもんじゃないわよ」

「煩いな。剥がれたんだからいいじゃない」

「羽鶴さん、大瑠璃、あれで物凄く心配してたんですよ。死ににいく馬鹿があるかーって」

「鈴に電話で聞いたら、門を開けといてくれるから飛び込めって話でな。こっちも大変だったらしい」

「まァ皆中へ入んなさい。今日は香炉ちゃんがもてなすわよォ。羽鶴、あんたは飛び出したりしないで、ウチにいて頂戴。部屋は後から選ぶといいわ」


 羽鶴は言葉にならずにそれぞれの顔を見ながら泣いた。まだこんなに人がいた。いてもいいのだと言ってくれるような人たちがいた。それが、言葉にしない形でも。


「泣き虫だな鶴」

「うるせえよ髪整えろよ大瑠璃いい……!」

「泣き虫に言われたくないね」


 力の入らぬ羽鶴を、榊と大瑠璃が支えながら中へと連れていった。

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