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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
一.後ろを振り向くことなかれ
41/145

41.

 羽鶴はがらがらと旅行鞄を引いて歩いた。キャスターは舗装された道では滑らかに、次第にもたつきながらも羽鶴の後を付いてくる。砂利を弾き、時折羽鶴に持ち上げられ、橋を渡り、玉砂利に出くわすと遂にぬかった。


「ぐっ……そんなに重くはないはずだけど」


 鞄は両腕で囲める程度、しゃがんだ羽鶴の背丈位の大きさである。そもそも大量に持ち歩くのは気が進まない気性であるから、中身は必要最低限の筈なのだが。学校用の鞄を放り出したまま来たことを思えば、それは幸いだったろう。私物には違いないが、貴重品は持ち合わせていない上、今手元にあっても荷物が一つ増えるくらいだからだ。紛失しても困りはしないのだろうが、榊が何ともない顔をして寄せているのかもしれない。

 旅行鞄を持ち上げると、両親を思った。普段通りに昼食を食べ、何気ない会話をし、いってらっしゃいと送られ。おそらくは、次に会ったならおかえりなさいと言われる。普段と何も変わらなかった。普段の括りから人が一人別の環境へと移っていく事への、できる限りの配慮だった。そうすることで、背を押してやれる。送り出す大切な人を損なわないために。

 籠屋へ行って、住む場所がある保証などなかった。部屋が与えられるわけでも、食事が与えられるわけでもないのだろう。それはあまりに身勝手で、普段は入れるはずのない引き寄せ刀を連れ込んだという羽鶴からすれば、これ以上向こうの負担になどなりたくもない。

 籠屋へ一度戻るのは、別れの挨拶の為だった。御守りを返し、今までを詫び、ありがとうとお礼を言う為に。その足で榊の家へ向かい、経緯を話し、今までの感謝を伝える。

 これは間違っているのだろうと思った。感謝を伝えるならば、喜ばしく過ごす姿を見せた方がきっと良いのだ。相手が胸を撫で下ろすくらいに、共に笑えるくらいに、また会おうと言い合えるくらいに。

 けれど今夜で最後なのだ。引き寄せ刀は羽鶴を刺しに来る。そのようにできている。夢で見たあれが事実ならば、抵抗どころの話ではない。現に、身代わりになったのだという宵ノ進は肩を貸して歩くにも力の入らぬ脚を引き摺る有り様だったのだから。

 とっくに麻痺していた。知らないふりをした。理解しようとした。淡々とした自分に色を添える為。感情を繋ぎ合わせ、考え、また自分である為に。壊されてしまってよかった。所詮は拙い作り物であったから。

 だから大瑠璃に会ったのだと思った。彼は言った。“観たいのなら”と。

 羽鶴は足を止めた。この世のものとは思えない程の美人が、門前に立っている。


「引きこもりなんじゃなかったの」

「他人に見つからない引きこもりなんだよ」

「これ、返すよ。返しておいて」

「この大瑠璃を使う気か。自分で返せ」

「上がる気ないんだよ。僕は用がある。今までありがとう。じゃあな」



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