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籠屋  作者: 天月ヒヨリ
一.後ろを振り向くことなかれ
15/145

15.

 気が付くと、部屋は明るく開け放たれた窓枠から心地の良い風が吹いていた。

 籠屋には硝子がない。木組みの枠には花を象った彫刻が嵌め込まれ、模様の隙間から白む雲に溶けそうな空が見え、風がよく通る。木組みの枠は二枚重ねになっており、外側を閉じれば外壁の役割も果たす。


 いつの間に眠ったのだろうか、羽鶴が記憶を手繰り寄せると、しっかり夜着を着ていながらも宵ノ進との会話の後を覚えていない。首を傾げながら、朝までぐっすり眠ったおかげで何やら体は軽いなどと思い両腕を上げ伸びると、寝返りをうったらしい大瑠璃が背を向けていた。


「まだ寝てる……」



 羽鶴が艶のある烏羽の髪と白い肌を覗き込めば、睫の長い彼はそれはもう安らかに、寝返りでずり落ちたらしい手拭いを握りながら目を閉じている。

 細い指は触れたなら壊れてしまいそうな、けれども彼に言ったなら、見透かすような微笑みと、皮肉を交えた言葉が返ってくるのだろう。


「おはよ、羽鶴」

「うぉおおお榊ぃいいぃい」


 がらりと開いた奥の扉から、首に金魚の絵が描かれた手拭いを引っ提げた榊が浴衣姿で畳を歩く。なんだか、いい香りがする。


「風呂借りた。好きに使っていいんだとよ。新しく入れ直すか? かけ流しにもできるらしいが」

「おはよう榊。いいよそのまま入ってくる。昨日はぐっすりだったね」

「俺としたことが着替えもしないで。覚えてないんだよな、寝る前どうだったとか」

「榊も? 僕もそうなんだよね。おかげで体は軽いけど」

「ひっくるめて話を聞くか。美人はまだ寝てるしよ」

「寝る子は育つって本当かな」

「美人はその割身長ねえわな」

「聞こえてたら物凄い言葉が返ってきそうだよ榊」

「事実だろ。風呂ってこい羽鶴」


 欠伸をひとつした榊の生活感に羽鶴は穏やかな気持ちで風呂へ向かった。

 引き戸を閉め、またひとつ戸を開ければ木製の浴室に張られた湯が、なんとも良い香りをしている。そそくさと整えて頂いてしまおう。そんなことを考えながら、羽鶴はなんともいえぬ気持ちになった。


 ――ああ、僕はまた、流されている。



 羽鶴が風呂を済ませ部屋へ戻ると、既に食事が運ばれ丁寧に頭を下げる宵ノ進が映った。


「おはようございます、羽鶴様。お食事のあとにお話を致しますゆえ」

「おはよう、宵ノ進。その話なんだけど、僕は大瑠璃の怪我が治ったらそれでいいって……」

「宵ちゃーん!! 虎雄様が帰ってきたよー!!」


 ぱたぱたと金赤の振袖姿の女の子が、牡丹柄の丸箱を抱えながら飛び込んできた。漆黒の髪は肩上で切り揃えられ後ろが長く、前髪が斜めという奇抜な髪型だが、明るいのでどうでもよくなる。


「朝日、お客様の前です」

「それがぁ、虎雄様もきちゃったー!」


 朝日と呼ばれた女の子は、膝を折ったまま見上げる宵ノ進を気にせず牡丹の丸箱から細かく切られた和紙を高く上げ撒いた。


「セクシィト・ラ・オ~!!」

「私がァ! 籠屋の店主! 以後お見知りおきを」


 忘れられないけどねェーいなどと言う長身でガタイのいい大男は紙吹雪の中から現れ激しいピンクの着物を脱いだ。鯉の刺青と眼が合った羽鶴は思わず逸らし、榊を見れば遠い目をしている。更に宵ノ進を見れば、ただただ見上げるばかりでああこれが言葉をなくしていると言うのかと羽鶴は思った。


「羽鶴といったわねあんた、うちで雑用なさい」

「え、は……?」

「杯の坊っちゃんがねェ、俺も俺もって煩いのよォ。ウチは一人で手一杯ってお断りしたら俺が見てやるとか言い出しちゃって。お客で来たときにあんたを見るんだって張り切っちゃってねェ」

「いや理由になってないです」

「彼は御得意様で、癇癪起こすと物騒なのよ。あんたに何かあっちゃいけないから、しばらくウチにいて頂戴。昨日、雨麟がオシゴト体験って言ったのを真に受けてるのよ。学校に話はつけてあるから、あとは羽鶴チャン家にご挨拶にいくわァ。宵ノ進、任せたわよ」

「はい、虎雄様」

「虎雄様ぁ! 朝日花札がしたいですー!」

「あら朝日、虎雄は負けないわよォ!」

「腕にぶら下がりたいです虎雄様ぁ!」

「さぁおいで!! 朝日おいで!!」


 ばたばたと騒がしいのが去った後、誰よりも先に口を開いたのは榊だった。


「大変だな、羽鶴……」

「ねぇ僕の意見は無視なの……? 雑用とか家に挨拶とかなんなの……?」

「申し訳、ございません。わたくし共は住み込みで仕えておりますが、羽鶴様は御自宅からでも通っていただけましたらと」

「宵ノ進もちょっとずれてる!!」


 丸みのある金色の眼をぱちくりした宵ノ進と、思わず乾いた笑いをした榊に羽鶴は涙目で叫んだ。


「考え事タイムぅう!!」

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