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表彰状

作者: タク@h.i.c

「表彰状。貴殿は〜…」



私はこの表彰状授与という儀が大嫌いだった。

朝早くから学校に集められ、授業を早くから始めるわけでもなくまずはと校庭に集められ、くどくどと説教臭い長い校長の話をきかされ、漸く終わったと思ったら、表彰状授与。

いい加減にしろと何度思ったことか。

くどくどと話した後賞状渡す校長にも腹が立ったが、何より賞状を貰う人間の態度が気に食わなかった。

ある者は貰って当然という雰囲気を出し、ある者は退屈そうな雰囲気を出し、ある者は何も考えてなさそうな雰囲気を出し、壇上へ上がる。

衆人環視の中壇上に立ち表彰状を貰うのなら、せめて誇らしく、真摯に貰う素振りを見せてほしい。

もっとも貰う側の生徒もわざわざ壇上に上がり、賞状を貰うために功績をあげてはいないのだろうが。


どうせ大会当日にも大会主催者だか運営者だかのお偉いさんに一度貰う儀は済ませているというのに、あまり関係のない学校中の生徒を集めて改めて賞状を渡す必要がどこにあるのだろうか。

誰も得をしないと感じるこの儀には毎度ながら反吐がでる。


しかし、今私は表彰状授与を壇下から見守る役ではなく、表彰状を渡す役としてこの儀に参加している。

表彰状授与という儀に参加させられてる側の人間ではなく、参加させている側の人間になってしまったのだ。


そう、私は今校長として壇上に立っている。


何度も表彰状授与はやる必要はないと発案したのだが、PTAと一部の教員たちに猛反対を喰らい、今年も表彰状授与の当事者として関わっている。


そして今、テニスだか何だか知らないが関東大会個人戦を優勝した目の前の男子生徒に表彰状を受け渡す役として、手に持っている賞状を、壇下の生徒はおろか、教員まで退屈そうな表情を浮かべる中、渡さなければならない。

校長という身分でこのようなことをいうのはおかしいかもしれないが、憂鬱で仕方がない。


「表彰状。貴殿は第82回高校硬式庭球関東大会新人戦個人の部において頭書の成績を収めました。その栄誉を讃え、これを表彰いたします……。」


面倒に思いながらも淡々と読み進める。


どうせこの男子生徒も賞状を貰うことを面倒に感じているのだろう。

壇上に上がる様からはとても誇らしげな様子を伺えなかった。


そう思い、賞状の文を読みながらちらちらと男子生徒を見る。

男子生徒は賞状を穴が開くくらいじーっと見つめていた。

おっと、珍しいタイプだ。

大抵の生徒は貰う際は少し緊張しながら私を見るか、下を見てつまらなそうにしているかなのに、この男子生徒ばじっと賞状だけを見つめている。


賞状を見ることにだけ集中している。


私が読み終え、表彰状を渡すと男子生徒は軽く一礼し、賞状をじっと見つめながら、壇下へと降りていった。


不思議なのは賞状の内容を見ることなくその裏面や賞状の形を気にしているところだ。

触った感じ、特に変わったところのない賞状だが、彼は何を気にしているのか。私はその後の自分の話をてきとうにしながら彼の真意について考えた。




「校長先生〜〜社からお電話です。」

「はいはい。」

「校長先生、〜〜校の校長先生がお見えになりました。」

「はいはい。」

「校長先生PTAの会長が〜」

「はいはい。」

「校長先生、来年の受験日程ですが〜」

「はいはい。」


あれから数日経った。私は校長という肩書きの下、様々な案件に振り回されている。

といってもほとんどは教頭を中心に他の教員たちが事前に仕事をしているので、私は承認や少しの対談をするといった簡単な仕事をしているだけなのだが。


自分自身の能力はさほど高くないものの、人をうまく扱う術が運良くあったため、私は校長になれた。

教員としての努力など何一つしていないのに、他に才能のある者がたくさんいるのに、運良くことは進み、出世をした。

表彰状を渡すべき者、渡されるべき者がたくさんいる中で、私は人に称されることなど何一つせず、ただその儀に疑問を持ち、当事者としてのうのうとその地位にい続けている。

こんなことを言ったらバチが当たりそうだが、自身の場違いな身分が自身を縛り付けているような今の感覚から早く解放されたかった。


それだけに、あの時の男子生徒のちょっとした様子の違いがひどく気になった。


御門 啓介。


2年8組でテニス部員。中学の時からテニスを始め、この5年で数々の大会を優勝してきた猛者。

成績は中の上。

クラスでは特に目立つことなく、かといってずっと一人でいることも少ない普通の生徒だ。

教師たちはスペックが高いわりには地味な生徒だと言っていた。

面談の際は可もなく不可もなく受け答えをしていたので、彼に対し特にこれといった印象を抱かなかったそうだ。

大会優勝の常連とはいえ、まだ高校生。

オーラだとか雰囲気だとかそういうものを放つにはまだ早いのかもしれない。

それでも私は彼のことが気になった。彼の能力ではなく、あの時の彼の行動に興味があった。




キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン。



終業のチャイムが校内に鳴り響く。


そろそろ仕事を片付けないとな。


廊下をゆっくりと歩きながら校長室へ向かう。


ガヤガヤっガヤガヤっ


校長室へと向かう途中、何人もの生徒たちとすれ違った。

まだ自分に特別大きなレッテルを貼られていない齢の若者。

総じてみな高校生という枠組みの中にいる。

その枠組みの中でお互いにお互いを決めつけてレッテルを貼っている節はあるものの、彼らは校長や教頭のようにただの地位で呼ばれることはなく、名前や苗字、あだ名で呼び合っている。

経済的に自立は出来ず、そういった意味では自由ではない彼らだが、時間的・身分的な意味では縛られるものが少ない歳でもある。

私はそんな彼らを心の底から羨ましく見ていた。


おや?あそこにいるのは……。


あの男子生徒、御門啓介だ。


チャイムが鳴り、他の生徒出口へ向かう中、彼は逆行し、階段を登っていった。

その手に例の賞状を携えて。


私はどうしても気になり御門を追った。何故賞状を持って歩いているのか、彼がどこに向かっているのか無性に気になった。


御門は階段を一つまた一つとずんずん登っていった。一階に位置する彼のクラスからは遠のいていくばかり。既に三階を通り過ぎた。


一体どこへ向かっているのか。


三階を通り過ぎ、四階に用があるのかと思ったが、御門は更に階段を登り進めた。


この校内ではもう行ける場所は一つしかない。


案の定御門はそこにたどり着いた。


屋上だ。


何のために屋上へ向かったのかは分からないが、彼が屋上に向かったことには非常に興味が湧いた。


男子高校生×賞状×屋上


見たこともきいたことも考えたこともない構図。

これから彼が何をするのか私はどうしてもみたくなり、彼が屋上へ出た少しした後にそっとドアを開け屋上へ出た。


ビューーーッ。


強い追い風が私を吹きつけた。


思わず目を瞑る。


風はしばらくビューーーッビューーーッっと吹き続けた。


しばらくすると風が止んだ。


途端に周囲が静かになったように感じた。


私は瞑っていた目をゆっくりと開けた。


その瞬間御門の手から何かが解き放たれた。


スーッとそれは風に乗り、飛んでいった。


私はそれをしっかりと認識すると「こらっ、何をやっている!」と思わず怒鳴り声を上げてしまった。


御門がビクッと身体を震わせゆっくりと私の方を振り返る。


「げっ、校長……。」


彼はめんどくさそうな表情を浮かべ私を見た。

彼の表情と私の表情は悪いことをして怒られた子どもとそれを叱る大人そのものだった。

空気がピリついている。もっとも空気をピリつかせているのは私自身なのだが。

彼と私の緊張感ある雰囲気とは裏腹に、御門の解き放ったものはゆっくりと滑空し、学校のすぐそばにある海へと消えていった。


彼の解き放ったもの、それは賞状で作った紙飛行機だった。


私は何で自分が怒鳴ってしまったのか分からなかった。

本当に思わず声を出してしまったのだ。

その地位を憂いながらも教育者として長年携わっていたため、不謹慎なことにはつい身体が反応してしまう。


御門はバツが悪そうに私を見ながら、私の次の言葉を待った。流石に屋上のドアの前にいる私を避けて校内に戻ろうとはしなかった。


私は二の句が告げずにいた。

怒鳴ってしまいはしたが、私は御門の行動に腹を立ててはいなかった。

腹を立てるどころか感動すら覚えていた。

しかし、怒鳴ってしまった手前そのことを告げることはできない。

私もまた御門の次の言動を見守った。


「すみませんでした。」


少しの沈黙を破り、御門は頭を下げた。


「何がだ?」


先ほどの勢いで口調が荒くなってしまう。


「賞状を紙飛行機にして…飛ばしたこと…です。」


御門は正直に自身のとった行動を口にした。


「反省しているのか?」


尋問みたいになってしまった。

思ったことと違う言葉が口から出てしまう。

校長というレッテルが自身の言動を勝手に決めている、そんな感覚があった。


「正直そんなには…。」


御門は小さい声だが、はっきりと答えた。


「そうか…。」


私は御門にそれ以上のことを言えず、口を紡いだ。

御門も言葉を続けることなく、私の足元をじっと見つめていた。

しばらく沈黙が訪れる。


「…なんで賞状を紙飛行機にして投げたんだ?」


今度は自身の疑問を素直に投げかけることが出来た。もっともこれは校長として訊いたということもできるが。


「なんかよく飛ぶ気がして。」

「なに?」

「賞状って紙が丈夫だし、なんか価値の高いものを紙飛行機にして投げたらよく飛ぶ気がしたから。」


御門は子どもが言い訳をするように呟いた。


「そうか……。」


私は彼の言葉に頷くことしかできなかった。


ビューーーッ。


先ほどと同じくらい強い風が、私と御門に吹きつけた。

夏が終わり、少しずつ秋の寒さを感じるようになった。日も少しずつ短くなり、屋上から見る海景色からは少し日が沈んでいる様子が伺えた。

御門にとって今日は自身の行為をただ後悔する日になってしまうのだろうか。私の行動次第ではそうなるかもしれない。

だが、それは私自身にも言えることだ。今日彼を叱りつけるだけで終わってしまったら、今後今まで以上に自身の地位を呪うことになる。


風が吹き終わると私は


「私も…投げてみたいな。」


と思わず口にしてしまった。


御門は目を見開き私を見た。

やってしまったか……。そう思いながらも私は自身の言葉を取り消さず、御門を見つめた。


「……投げたい…んですか…?」


御門は恐る恐るだが、私に訊いた。少し疑った目をしている。私にまた怒鳴られるのではないか、そんな目だ。


「私は生まれてこの方、賞状というものを貰ったことがない。だから君みたいにやりたくてもできない。だが、もし賞状をもらって屋上から紙飛行機を投げたいとふと思ったなら、君と同じことをすると思う。」


もはや自分でなにを言っているのか分からなかったが、私は正直に話した。

御門はそんな私を見て、


「来週私学大会の個人戦があるんです。」


と言った。


そして


「私学大会で優勝したらまた賞状を貰えるはずです。もし良かったらその賞状で投げてみますか?」


と続けた。


私は少し戸惑った。何馬鹿なことを言っているんだとも少し思った。

だが


「それは楽しみだな」


と返した。


他の教員にこの光景を見られたら何を言われるか分かったもんじゃないが、私は彼との約束が自分の何かを変えてくれると強く期待していた。


自分の不相応な地位に対する気持ちが少しでも紛れるんじゃないか、そんな想いがあった。

そして御門と自分の関係に友情にも似た感覚を持った。大人と子ども、校長と生徒という立場的違いがあるはずなのに、昔から共に悪さをしていた悪友のような感覚。

私はその関係性に少しだが、居心地の良さを感じた。



一週間後、御門は私学大会を難なく優勝した。テニスを始めて既に20回目の賞状だそうだ。

彼の華麗なる実績に私は嫉妬したり嫌に感じるようなことはなかった。

校長として彼に賞状を渡すことにも何も抵抗がなかった。

御門が壇上に上がった時、私は初めて表彰状授与の儀に素直に向き合えたのだ。


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