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98 月の光が照らす下



 名前もチカラもわからない『聖霊の神』。

 すべての聖霊を統べ、よみがえったならこの世が聖霊の支配する世界になると言い伝えられているらしいです。


 『シャルガ族』の目的とはまさに、聖霊の支配する太古の時代に世界をもどすこと。

 そのためにアネットさん、命をかけて戦っていたわけですね。


『ま、こんなところ。ほら、全部しゃべったんだからとっとと葬霊しなさいよ』


「態度のでけぇ霊だな、まったくよぉ。……ま、大人しくペラペラしゃべってくれたんだ。丁重に葬送してやんよ」


 情報引き出し終えてお開きムード。

 めでたしめでたし……の気配がするけどちょっと待ってください。


「あ、あのー、モナットさん……?」


『なに。襲ったこと根に持ってるなら謝るからさー。早くあの世に逝きたいんだよね、こっちは』


「そうじゃなくって。あのね、『聖霊像』ってなに……?」


『――っ!!? な、なぜそれを……っ!?』


 あ、露骨に顔色が変わった。

 やっぱりこの秘密だけ、黙ってあの世にもっていこうとしてましたね。

 そうはいきません、逃がしません。


「さっきボソッとつぶやいたのが聞こえちゃって」


『クソ、地獄耳ッ!!』


「……おい、どういうことだぁ?」


『ヒ……っ!』


 当然ながらこうなりますよね。

 わざわざ黙っていたんだもん。


 大僧正さんにこわーい顔で凄まれて悲鳴をあげるモナットさん、さっきの粉がトラウマになってるみたいです。


「全部しゃべったっつったよなーぁ? 全部って言葉の意味、知ってっか? あ?」


『しゃ、しゃべる! 今度こそ全部しゃべるから粉やめてぇ!!』




『……聖霊像。集落を出て中央都にむかう道中、アネットが見つけたの。南にある「エンシャン湖」の底だった。神聖な聖霊様の気を感じるって吸い寄せられるようにとつぜんもぐって、湖底から拾ってきた』


「『記憶の世界』で私が見た像、ヤタガラスが封印されてた像にそっくりだったんだ。なにかヤタガラスと関係があるの?」


『わからない。なんにもわからない。ただアネットがそれをとっても大事にして、拾ってから時々姿を消すようになった。戻るたびに聖霊像は増えていって、最終的に6つになった』


「複数個ある、ってことか。ソイツぁ今、『ツクヨミ』の本部に?」


『どこかに隠した、とだけ聞いている。どうして集めているのか、いったいどんなものなのか、まったくわからない。……それに、アネットが大事にしていたものだから』


「モナットさん……」


『……こほんっ! だから黙っていただけ。関係ありそうでなさそうな話だったでしょ!』


「関係があるかないかは俺らで決める。……もう隠してること、ねぇな?」


『今度こそ、ほんっとうに、無い!!』


 大僧正さんが私に目をむけます。

 モナットさんがまだなにか隠していそうか、だよね。


 大丈夫、もうウソをついているような表情じゃありません。

 うなずき返すと、大僧正さんは目を閉じて小さく息を吐きました。


「よし。ユーヴァライト、丁重に葬送してやんな」


うけたまわった」


 大きな動作でうなずいたユーヴァライトさん。

 このヒト、この場で初めてしゃべりました。

 物静かなヒトみたいですね。



 彼の印象通りのおごそかな葬送で、モナットさんは光の道を天へと昇っていきました。


 最期に見せたお姉さんへの気持ち。

 故郷の目的をしゃべっても、そっちは秘密にしたかった。

 家族を思う気持ちって、やっぱり誰もいっしょなのかな、って思います。


 アネットさんはモナットさんの死を悲しんだのでしょうか。

 今ごろ、どこでなにをしているのでしょうか。

 葬送の光を見上げつつ、そんなことを考えてしまうのでした。



 ★☆★



 月。

 暗い夜空にぽつんと浮かんで輝く白い光の玉。


 見上げているとなんとなく、さみしさなんかを感じます。

 同時に心が落ち着くようなカンジも。


「……お待たせ。本当にひとりで来たのね」


「うん。ひとりだよ」


 本殿の前、ベンチに座って月を見上げていた私。

 後ろからの声にふりかえると、私とまったく同じ顔の女の子がいます。


「正直、意外。あの葬霊士や幽霊が、私とあなたがひとりで会うのを許すだなんて思わなかった」


「反対されたよ。でも、大丈夫なんでしょう? だったら言われたとおり、ひとりで来るよ」


 もうルナから、私への敵意なんて感じない。

 だからティアとテルマちゃんには、おうちに残ってもらいました。


 それにしてもテルマちゃんと離れるなんて、なかなかないことだよねぇ。

 貴族屋敷みっつぶんくらいの距離を離れたら、ひもがのびきったワンちゃんみたいに引っ張られちゃうらしいし。


「本当、底抜けのお人よし。となり、座るよ」


 ルナがすっ、と隣に腰を下ろして、同じく月を見上げます。

 しばらくそのまま、沈黙が続いて。


「……あの、大丈夫だった?」


 静寂を、やぶったのは私の方。

 どうしても気になることがあったから。


「……? なにが?」


「アネットさんにつけてた分霊わけみたま、だっけ。アネットさん、スサノオにこねこねされて変質しちゃったから、その中に入っていたなら影響出てないかな、って」


 ティアの魂削りの刃(ソウル・イレイザー)で除霊されたあと、きっとモナットさんのときと同じように本体のところへもどっていったはず。

 悪い影響がでてないか、心配だったのです。


「べつに。分霊わけみたまになにがあろうが本体に影響ないから」


「そうなの?」


「記憶と性質を振り分けた、文字通りの分霊。冒険者の中にシノビって奴らいるでしょう? そいつらの使う『分身の術』と似たようなものなの。あくまでコピー。戻ってくるのは何が起きたか、記憶を本体に伝えるため」


「そうなんだ」


 分霊わけみたまがどんなヒドイ目にあっても、本体に特に影響ないんだね。

 だったら便利……かどうかわかんないけど、安全ではあるわけだ。


「……あのね、これってもしかして、なんだけど」


 ここまでの説明で、思い当たるフシがあります。

 なのでルナに聞かせてみました。

 あの『奇妙な夢』のこと。


「……間違いなく、分霊わけみたまを飛ばしていたね。しかも意識をそっちに移して」


「やっぱり!」


「『太陽の瞳』の萌芽ほうが。力を制御できずに暴発したのでしょう。その結果、分霊わけみたまに意識がうつって遠く聖霊の墓場まで飛ばされた」


「なんだって、よりによって聖霊の墓場だったんだろ」


「このあたりでもっとも強い霊力溜まりだったからでしょ」


「なるほどねぇ、吸い寄せられて……」


 おかげで私、ネフィリムに捻り殺される疑似体験をしちゃったのか。

 あんな怖い体験、二度とゴメンです。

 暴発しないよう、しっかり使いこなさなきゃ。


「あなたの『太陽の瞳』。まだまだ未知の力が隠されていそうね。使いこなしてしっかりと、私の体を守りなさい」


「もっちろん! ……あのさ、ホントにいいの? 私の体に入って暮らすことだって――」


 それこそタントさんとユウナさんみたいに、ひとつの体にふたりが共存することもできる。

 ふたりを見た今だからこそ、もう一度念を押して聞きたくなります。


「もういいの。私は『ルナ』として生きたい。トリスとしての生なんて望んでない」


「そっか……」


「だからこれからも『ツクヨミ』の聖女ルナとして、お人よしのレスターを助けてやろうと思ってる。この世に影響を与え続けて、生きているって――存在しているんだって証明し続ける」


「うんっ、頑張って!」


「……不思議ね。あれほど憎んだあなただったのに。今はエールを素直に受け止められる」


「『生きてる』からだよ、きっと」


「そう、ね……。あなたたちと、なによりレスターのおかげで、心だけでも生き返れたのかも」


 フレンちゃんを生き返らせるために始めた、レスターさんの狂気に片足突っ込んだような探求と研究。

 その成果が、私の肉親が生み出した狂気の被害者である女の子を救った。

 世の中、なにがどう転がるかわからないものです。


「私ね、親も兄弟もいない、天涯孤独の身だったの。路地裏で暮らして、残飯をあさったり露店から食べ物をくすねて暮らしてた」


「……うん」


「『月の瞳』の力があったから、なんとか死なずにやってこられた。けれど、その力のせいでドライクに目をつけられた。あなたと髪色、雰囲気が似ていたのも、理由のひとつだったのかもしれない」


 家族がいない孤児だったら、死んでも誰も悲しむヒトがいない。

 そんな相手を選んで狙ったんだ。


 私への愛情が強すぎて狂気に走ったドライク。

 考えるたび、思い出すたび、胸の奥がグルグル、モヤモヤ、ムカムカします。


「日々を生きるのに必死だった。いつか人生が好転するって信じて、いいことがきっとあるって信じて生きてきた。だからひとつもいいことがなく、無理やりドライクに終わらせられてガマンならなかった」


「……好転、した?」


「今思えば、レスターが手を差し伸べたあのときから、もう好転していたのかも。もっと早くに気付ければよかったのに」


「これから、もっともっと良くなるよ。応援してるっ」


「無責任な応援だこと。……ま、ありがたく受け取っておく」


 そこでまた、会話が途切れます。

 見上げれば、暗い夜空にぽつんと浮かぶお月さま。


 孤独に光っているようでも、聞けばあの光、どうやら太陽の光らしいです。

 自分じゃ光を放てなくても、いつでも太陽が照らしてくれている。

 だから輝ける。


 『月の瞳』を持つこの子にも、照らしてくれる太陽が現れたのでしょうか。

 心の中で、ひそかに祈りをささげます。


 私にそっくりな幽霊の女の子に、奪われたぶん以上の幸せがおとずれますように、と。



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