97 モナットさんの取り調べ
「来たな。ずいぶんのんびりしてたじゃねぇか」
大僧正さんのお部屋に入ったとたん、チクリと痛いお言葉が。
どうやら私たち、最後だったみたいです。
「あわわ、ごめんなさいっ」
「あー、責めてるわけじゃねぇさ。それだけ昨夜、大変な目にあったわけだしな」
「そうよ、トリス。主役は遅れて登場するもの。『零席』であるこの私や、あなたにふさわしいと思いなさい」
「いやいや、主役ならユウナ様のことだと思うなー」
「お姉さまですよぉ!!」
「……お前らさぁ、そんなに責められてぇか? 糾弾されてぇか? あ?」
ティアと同じくユウナさんも、大僧正さんの額に青筋を作るタイプのようです。
あとテルマちゃんまで乗らないで……。
ティアたちを引っぱりつつそそくさとすみっこの方へ行ってから、部屋にいる面々を見回します。
まずはセレッサさんにメフィちゃん。
昨夜、『スサノオ』と戦ったメンバーです。
大僧正さんと、護衛についていた葬霊士さん二人もいます。
ユーヴァライトさんとマリアナさんでしたっけ。
「さて、そろったところで始めさせてもらおうか。まずは今回の『スサノオ』の騒動。みな、よく頑張ってくれた。ブランカインドだけじゃない。世界を救ったと言っても過言じゃない働き、誇りに思う」
大僧正さん、いつになく優しい表情です。
さすがのティアも今回ばかりはつっかかりません。
「特にメフィ。アンタの活躍、特筆にあたいする。近々昇進するかもしれねぇぜ?」
「えっ、えぇっ!? 十席でも恐れ多いのにぃ!?」
「それだけのことをしたんだ、胸張りな」
「は、はいぃっ!!」
ビシっ、と背筋をのばすメフィちゃん。
じっさい、あの子の活躍もすごかったですよねぇ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。『スサノオ』を開放した実行犯、アネット。ヤツが何者か、なにを目的に動いていたのか」
「ルナですら知らないことでしょう? それこそ当人にしかわからない。アネットの行方がわからない以上、どうしようもないじゃない」
「なぁに、やりようならあるさ。関係者に直接聞けばいいだけだ」
大僧正さん、黒い棺を取り出しました。
おもむろにフタを開いて、なにを呼び出すのかと思ったら……。
『あ゛……、あ゛ぁ……』
なんと、モナットさんの顔がついた人魂が飛び出てきました。
うつろな表情でうめき声をあげているあたり、正気にもどれていない様子ですが、前よりほんの少しは回復したみたいです。
「……大僧正、葬送してなかったのね」
「正気に戻せれば、この上ない情報源だろ? そろそろ再生も進んできたんでな。ってなわけだ、トリス。『太陽の瞳』なら、狂気をなんとかできるんじゃないかい?」
「え、えぇと、どうなんだろ……。あれってですね、月の瞳の狂気の力を太陽の力で打ち消してるだけなんです。だから狂気ならなんでも払えるわけじゃない、のかな……って」
「そうかい。だったらショック療法しかねぇな」
「ショック療法……?」
「コイツぁジャニュアーレとちがって、月の狂気にやられたわけじゃねぇ。聖霊の体内に取り込まれたショックで廃人同然になってるだけだ。同じくらいのショックを与えりゃ、目ぇ覚ますと思わねぇか? キーィッヒッひっひっひっひ」
「そういうことなら、このマリアナにおまかせを♪」
マリアナさん、ウインクしながら名乗り出ました。
いったいなにをするつもりなのでしょうか……。
「ほらよ。遠慮なくやりな」
大僧正さん、人魂のしっぽをふん捕まえてぶん投げます。
キャッチしたマリアナさん、ふところから小袋を取り出して、中身の粉をパラパラとまぶし始めましたよ……!
「うっふふふふ……。昨日使ったお香とサンクトリュフを混ぜ合わせた粉末よぉ。とってもいい香りがするでしょう? どーぉかしらぁ??」
『……いっ、いっ、いぎゃぁぁぁぁぁ!! 痛ああぁぁぁぁ!!!』
すぐに耳をつんざくような悲鳴が起こり、私もテルマちゃんもギョッとしてしまいます。
「ククク……。除霊に使う香の味。ニオイだけでもたまらず飛び出てくるってぇのに、直接ブッかけられたらどうなっちまうのかねぇ?」
『あぁぁああぁぁぁ!! 死ぬ゛っ、死んじゃう゛うぅ゛ぅぅ!!』
「あらあら、面白いジョーク。もうとっくに死んでるのに♪」
霊にとってアレがどれだけ辛いのかわかりませんが、ただひとつだけハッキリしていることがあります。
大僧正さんとマリアナさん、とってもとっても楽しそう……。
『正気に、正気にもどった! もどったからもうやめてぇぇ゛ぇえぇ!!』
「やればできるじゃない」
ポイッ、と放り投げれたモナットさん、幽霊ながら顔色が真っ青です。
どんな地獄だったのでしょう。
本物の地獄よりはマシだと思いますが。
「さてモナット。正気に戻ったところで教えてもらおうか。アンタたち姉妹が誰の命令で、あるいはどんな意思を持って動いていたのか、をね」
『バ、バカ言うんじゃない! 教えられるわけが――』
「言っとくが、スサノオなら封印しなおしたぜ?」
『!?』
「お前の姉であるアネットも、お前と同じ幽霊だ。もっとも、どこに行っちまったか知らねぇが……」
『そ、そんな……。失敗したの……!? ……だったら【聖霊像】も……!』
聖霊像……?
今、たぶん私にしか聞こえてない小さな声で、聖霊像って言いました。
像と聞いて思い出すのが、アネットさんがジャニュアーレさんを死なせる原因になった、ヤタガラスのような小さな像。
たぶん関係大アリです。
黙ったままならキッチリ問い詰めてあげるとして、話の腰を折らないためにひとまず静観しておきましょう。
「さぁ、とっとと話してもらおうかい。それとも、また粉末のシャワーをご所望で?」
『……っ、だ、誰が話すもんかっ!! 粉だってもうゴメンだしっ!!!』
あ、逃げようとしてます。
マドにむかって一目散に飛んでいきますよ、あのヒト。
しかし、ここに集うはブランカインドの精鋭たち。
逃げられるはずがありません。
「逃がすもんかよっ!」
ヒュンッ、ギュルギュルっ。
『ぎえっ』
セレッサさんが放り投げた銀の鎖にからまって、グイっと引っ張られるモナットさん。
あわれ、吸い込まれるようにタントさんの腕の中へ。
「逃走失敗だねぇ。まだ悪あがきするかい?」
『は、話さないっつってんでしょ! 一族の悲願、使命をうけて、誇りを賭けてやって来てんだよこっちは!』
「大したもんだ、ご立派だ。ところで、アンタを捕まえているタントだが。じつは『煉獄の炎』を呼び出すことができてねぇ」
『れ、煉獄……? ま、まさかそんなこと、できるわけ……』
「できますよ、ほらこのとおり」
サーっと青ざめるモナットさん。
一方のタントさん、ニコニコしながら左手に煉獄の『浄化の炎』を呼び出します。
「ドライクレイア式召霊術――『煉獄の炎』」
ボゥっ。
手のひらであやしくゆらめく浄化の炎。
とってもキレイな光に照らされ、幽霊ながら真っ青になるモナットさんが、とっても哀れに思えます……。
「どうです? 美しい炎でしょう。ところであなた、浄化の炎の持つ力、ご存じですか?」
『ひっ、ち、近づけないで……!』
「その様子ならご存じですね。そう、『魂の初期化』です。この炎に燃やされたが最期、あなたはあなたじゃなくなるんですね。怖いですねー」
タ、タントさんが怖い……。
人当たりの良いいつもの笑顔が、今はとっても怖いです……。
「さぁどうするね、モナットさん。こっちとしちゃ、別に二度としゃべれなくなっちまってもいいんだぜぇ? 少し調べる手間が増えるだけなんだからよーぉ」
『しゃ、しゃべる、しゃべりますぅ!! しゃべるから焼かないでぇ!!!』
はい、折れました。
心も誇りもへし折れました。
わるーい笑みを浮かべる大僧正さんとマリアナさん、それからタントさん。
ヒトの笑顔というものに、悪霊以上の恐怖を抱いたかもしれないひとときでした。
『私たち姉妹が、南方の少数民族の出身だというのは本当。【シャルガ族】という民族よ』
「どういう部族なのかしら」
『聖霊をあがめ、自然とともに生き、聖霊に仕えることを良しとする集団。正直、私は好きじゃないなー。泥臭いしダッサイし』
たしかにこのヒト、聖霊をあがめてる感じがしなかったなぁ。
むしろ道具扱いしていく、ブランカインドの葬霊士さんと似たタイプだ。
『で、使命ってのがスサノオの解放。世界を変えるという言い伝えが残るスサノオの力をつかって、聖霊の支配する世界を取り戻す』
「なぜスサノオが、聖霊の墓場に封じられていると知っていた?」
『いつかスサノオを解放するために、長から長へ必死で言い伝えてきたらしい。涙ぐましい努力だと思わない?』
情報を隠そうとしたあたり、使命感を持ってはいるようですが、どうも言葉の端々(はしばし)から故郷嫌いが見えますね。
「なるほどねぇ、極秘の口伝とは。この俺でも知らねぇはずだ」
「しかし、わかりませんね。長年言い伝えてきたというのに、なぜこのタイミングで動いたのです?」
『簡単なこと。状況が変わったの。ずっと行方不明だった、ヤタガラスとツクヨミが見つかったから』
「……やっぱり、そうだったんだ」
『スサノオ』の能力を見たときから、うすうすそうじゃないかって思っていました。
レスターさんから教えてもらったあの伝承。
「なにか知ってるのかい? トリス」
「遠い異国から渡ってきた三大聖霊。願いを叶える『ヤタガラス』。死者を蘇生する『ツクヨミ』。そして世界を変える――『スサノオ』」
『……おどろいた。なんで知ってるわけ?』
「レスターさんから教えてもらって……」
いったいどこの古文書に、こんなことが書かれていたのでしょうか。
フレンちゃんを生き返らせようとするレスターさんの執念、おそるべし。
『あの男、どういう……。まぁいっか、今さら』
モナットさんもビックリの様子。
ほんと、どこに書いてあったのやらです。
『そう、スサノオも三大聖霊の一角。そして三体の聖霊がそろったとき、「神」が降臨すると伝えられているの』
「神……!?」
『神よ。三体の聖霊を統べる、聖霊の中の「神」』