96 あたらしい朝が来た
結論から言いますと、私たち三人は無事でした。
テルマちゃんの全力の『神護の衣』で、なんとか、なんとか爆発を耐えきれたんです。
武器も壊れたりしてないみたい。
聖霊を三体も宿らせた成果でしょう。
『はぁ、はぁ、はぁ……。テ、テルマ、もう、ダメですっ、はひ、はひ……』
「ありがとう、テルマ。命拾いしたわ」
『ホント、ありがとね、テルマちゃん』
ティアの命の恩人です。
あとでいっぱいご褒美あげましょう。
『でも、みんなは無事かなぁ……』
「……わからないわ」
うまく逃げられたならいいんだけど……。
土煙はすぐに晴れて、爆発後の光景があらわになります。
『スサノオ』がいた場所に、ものすっごく大きな地面のへこみ。
岩盤とか根こそぎ吹き飛んじゃってそうです。
へこみの上には紫色の、とっても大きなモヤが浮かんでいます。
『スサノオ』のもやもやですね。
ひとまず倒せたことだけハッキリしました。
ですが……。
『みんな、いない……?』
「……っっ」
『そ、そんな……。みなさん、巻き込まれてしまったのですか……?』
そんな、そんなのって……。
セレッサさんもタントさんとユウナさんも、メフィちゃんも、みんなやられちゃったの……?
「オラッ、なに辛気臭いカオしてんだ!」
「あぅ゛っ!」
ティアがとつぜん、背中を蹴っ飛ばされました。
そんなことする……というかできるヒト、一人しかいませんね。
ふりむけばやっぱり大僧正さん。
私の体をかついで持ってきてくれました。
「ブランカインドの開祖が命と引きかえに封じた怪物だよ、アイツぁ。そんなモノを倒したんだ、もっと胸張りな」
「命と引きかえ……。そうね、今回も……」
「あ? なーに言ってやがんだ」
私の体を横たえてから、ため息まじりに崖ぎわまで歩いていきます。
そして崖下をちょいちょい、指さしました。
「のぞいてみな」
「……?」
言われるがまま大僧正さんのとなりに立って、下を覗き見ます。
すると……。
「やっほー! お姉ちゃん、生きてるねー? 幽霊じゃないねー?」
「ユウナ……!」
崖の下、元気に両手をふるユウナさんの姿。
足元には気絶しているメフィちゃんと、よりそうようにうずくまるでっかいオオカミさんの霊がいます。
それからセレッサさんも。
「セレッサ、メフィも……。よかった、みんな生きてる……」
「トリスのおかげだよー! トリスが声出した瞬間、メフィが全力で私とセレッサを抱えてさー、崖下に退避してくれたんだ」
「オレも全力で樹木の障壁を作って、逃げる時間を稼げたんだ。お前の声がなかったら、今ごろみんな幽霊だったところだぜ」
『私の、おかげ……?』
「その通り、トリスのおかげでみんな生きてんだ。ほら、いつまでティアナの体に入ってるんだい。『自分の体』で、みんなに顔見せてやんな」
『……はいっ!』
そうだよね、もう戻ろう。
いつまでも留守にしてたら、譲ってくれたルナにも悪いもん。
勢いよくうなずいてから、ティアの中から抜け出して、自分の体に飛び込む私なのでした。
それからしばらくして、みんなを崖下から引き上げ終わったときでした。
ゾクリと嫌な寒気が背筋を走ります。
「な、なにかいる……?」
もしかして、『聖霊の墓場』が壊れて逃げ出した聖霊が近くにいるのでしょうか。
「だ、大僧正さん、なにかが近づいてくる感じが……」
「あぁん? ……あぁ、アイツのことか」
大僧正さんが指をさした先の岩影から、ズリズリと這いずり出てくる半分になった白い巨人。
「ひっ……!」
引きつった悲鳴がのどの奥から出ちゃいました。
だって私、あの夢わりとトラウマなんですもん。
「お、おいおい……! そういやアイツ半分残ってたっけな……!」
「ど、どうするの、アレ……」
「ユウナ様がちょちょいと出てって、今度は細切れにしてやるとか」
「……チッ。ネフィリムをあんなにしやがって」
あ、あれ?
大僧正さん、ご機嫌ナナメですか?
おもむろにふところから黄色いお札を取り出して……。
「ハッ!」
気合いとともにシュバッ、と投げると吸い込まれるように白い巨人のおでこへ張りつきます。
するとなんと、巨人がお札のなかに吸い込まれて消えてしまいました。
「こいつぁネフィリム。『聖霊の墓場』に無断で侵入するバカを排除する生きた防衛システムだ」
「そうだったのかよ!?」
「えー、脱走した聖霊だと思ってたー」
「やっぱお前らが犯人かよ。……ま、緊急時だってことで多めに見といてやるがよ。札さえ持ってりゃ、姿すら見せてこねぇように出来てんだ」
「黄色い札が必須なのは、そういう理由だったのね」
「なんで教えといてくれなかったんだよ」
「聖霊ってなぁ信仰心をエサにする。知ってるヤツが多ければ多いほど、信仰心も集めやすい。たとえもどきでもな。防衛システムが勝手に力を増しちゃたまんねぇから、存在が漏れないよう『当主』だけの機密情報にしてんだよ」
……えっと、つまり白い巨人、つまりネフィリムとはブランカインドが作った聖霊みたいなもので。
『夢』の中で、そんなモノに追い回された理由って……?
★☆★
『スサノオ』の魂は、厳重に封印し直されました。
聖霊の墓場がつぶれてしまったので、ブランカインドの本殿で保管するようです。
他にも最下層に残っていた、とっても危ない聖霊が封印されている呪物も回収されました。
とんでもない爆弾が移動してきたわけで、一日でもはやく『聖霊の墓場』が再建されるといいなぁ……。
いっぽう、アネットさんの魂ですが、いくら探しても見つかりませんでした。
私の『眼』でも見つけられませんでした。
必死に戦っているあいだに、マップの範囲外の遠くへ逃げてしまったのか。
『スサノオ』に吸収されでもして、消滅してしまったのか。
はたまた自分であの世に飛んでいってしまったのでしょうか。
どれだかわかりませんが、いちばん最初に出したヤツだけは勘弁だねぇ。
上層に封印されていた聖霊たちの行方も知れないし、手放しにめでたしめでたし、ではありませんね。
そんなわけで、長い長い、とっても大変な一日が終わって、あたらしい朝が来ました。
いつもどおりの朝をむかえられたことに感謝しつつ、ティアとテルマちゃんといっしょにキッチンへ出ていくと。
トントン、トントン。
リズミカルに食材を切る包丁の音。
青い髪の女の子が、キッチンに立って朝ごはんを作っています。
(あれは……どっちだろう?)
タントさんかユウナさん、はたしてどっちなのでしょう。
ゆうべ、結局最後までユウナさんのままだったからなぁ……。
どう声をかけるべきか、ティアも迷っているみたいです。
そんなカンジで困っていると、むこうがすぐに気づいてふり返りました。
「あぁ、トリスさん、ティアナさん、テルマさん。おはようございます。朝ごはん、もう少しでできますから、ちょっと待っててくださいね」
どうやら中身、タントさんです。
「おはようございますっ」
「おはよっ、タントさん」
「おはよう。……あの、朝からさっそくで悪いんだけど」
おっとティア、いきなりだ!
起き抜けにいきなり突っ込んでいく!
「あなた、ゆうべ自分の身に起きたこと、覚えてる? 一連の事件のこと、どこまで知っているの?」
「ゆうべ、ですか。お恥ずかしながら、ほとんど覚えておらず……」
「そう……」
「なので、『彼女』に教えてもらいました」
タントさんがまたたき程度に少し目をつむると、ヒトが変わりました。
雰囲気から表情まで、文字通り『ヒト』が変わったんです。
「やぁお姉ちゃん、朝からパッチリおめめじゃん。トリスちゃんに起こしてもらった?」
「……ひとりで起きられたわよ」
「そりゃあよかった。どう? お鍋の底焦がしてない? 甘いモノばっかり食べてない? 寝ているあいだにお腹冷やしちゃってたり――」
「してないわよっ……!」
ぎゅっ、と。
ティアがタントさんを真正面から抱きしめました。
ほんのすこしだけ、泣きそうな声で。
「あなたがいなくなってから、頑張ったんだから……。全部ひとりで出来るようにがんばったの……!」
「……そうかそうか。よしよし、えらいぞお姉ちゃん。えらかったね……」
「ユウナ……。本当にユウナなのね……。おかえりなさい……」
「ただいま。長いあいだ留守にしちゃって、ごめんね……?」
タントさんとユウナさん、ふたりで協力してつくった朝ごはん。
とってもおいしくてびっくりです。
ホクホク顔でスープをいただくティアが、なんだかほほえましく感じます。
「ではタントさん、自由にユウナさんと入れ替われるのです?」
「はい。頭の中で会話もできます。入れ替わっているあいだは、後ろの方で見ている感じ……と表現できますね」
「ほうにゃのね。もうもぐ。ほんひょうににじゅうじんひゃくみひゃい」
「お姉ちゃんたくさん口に食べ物入れない! 口元汚れちゃってるし!」
おぉ、シームレスに入れ替わった。
あとどっちが妹なのかわからない……。
それにしても、タントさんとユウナさん。
人格こそ別だけど魂はいっしょなわけで、私のお姉ちゃんであり、ティアの妹でもあるんだよね。
だけど私とティアは姉妹でもなくって。
「……なんだか不思議だねぇ」
「なにが……?」
「ううん。なんでもないっ」
姉妹じゃなくても、ティアと家族って呼べる関係になれてるのかなぁ、とか、そんな恥ずかしいこと言えません。
言えないので、おいしいパンで自分のおくちをふさぐ私です。
さて、朝ごはんが終わったら本殿に来るように、あらかじめ大僧正さんに言われています。
大事な話があるそうですが、いったいどんなお話なのでしょうか。