94 よくぞ育った
スサノオから離れて『聖霊の墓場』を一望できる高台から見下ろすと、あらためて破壊の規模の大きさがわかります。
突き出た巨大な結晶、その数合計86。
すべてがスサノオと同じくらいの、ものすごい大きさです。
そんなものがスキマなくびっしりと生えてきては、さすがのティアでも逃げるしかありませんでした。
「クソっ、聖霊どもが逃げちまった……! ぜってぇヤベェことになるぜ……!」
「たしか、最下層の特に危険な連中は、特殊な方法で封印されているのよね」
「あぁ。だから解き放たれたのは牢屋の連中だけだ。……それでも充分、ヤベェ事態に変わりねぇ」
セレッサさんもユウナさんも、それからもちろんティアだって、張りつめた表情をしています。
「もう、もう終わり……、終わりです……。世界……、終わり……」
メフィちゃんにいたっては、正気をたもてているのかわかりません。
瞳孔がひらいて涙垂れ流しですもん。
『ひどい……。こんなことになるなんて……』
こんな大規模破壊を引き起こした『スサノオ』ですが、巨大な剣を地面に突き立てたまま微動だにしません。
ピクリとも動きません。
『あ、あれ……? ねぇティア、もしかしてスサノオ、力を使い果たしてない?』
「……そのようね。チャンス、かしら」
『ど、どうなのでしょう……。本当に動けないだけなのでしょうか……』
テルマちゃん、なんだか嫌な予感がする様子。
私も不安がぬぐえなくって、『太陽の瞳』で目をこらしてみます。
すると、いろいろ見えてしまいました。
『……ちがう、動かないんじゃない。剣の持ち手をずーっと「にぎにぎ」してる』
「にぎにぎ……?」
『それでね、剣から霊力が、木の根っこみたいに地中を通って、結晶の岩山たちに送られてて――』
説明しているあいだに、次なる異変が起こります。
なんと、結晶が姿を変えていくのです。
『スサノオ』とまったくおなじ姿形へ、変化していっているのです。
「おいおいおいおい、冗談だろ……」
『どうしましょうお姉さま! あんなにたくさんスサノオが……!』
『ど、どうするの? ティア……?』
「……やるしかないでしょう」
本体と合わせて、合計87体のスサノオ。
不幸中の幸いというべきか、本体は剣を地面に刺したまま動きません。
分身たちに力を送り続ける必要があるのでしょうか。
もちろん、分身体たちまでが大人しくしてくれているわけもなく。
隊列をなして『進軍』を開始したのです。
霊山『ブランカインド』の方向へ。
「……ね? やるしかないのよ」
「そうだねー。こりゃあ迷ってる場合でもビビってる場合でもなさそうだ」
「ブランカインドの葬霊士の意地ってヤツ、見せてやろうぜ!」
「よく言ったッ!!!!!!!」
な、なにごとですか!?
山間にひびく、ものすごい声量。
その直後、月をバックに躍り出る影。
先頭をすすむ分身スサノオへ、矢のように突っ込んできたかと思うと、蹴り一発で貫通、粉砕してしまいました。
「若い芽がここまで育ってくれたらば、この俺もここまで裏方に徹した甲斐があるってもんよ」
砂煙と火花をあげて地面をすべり、急ブレーキをかけて停止。
この時点で、みんなにも誰だかわかったことでしょう。
あのヒト、来てくれたんだ……!
「大僧正……!」
「婆さん、出てきていいのか!?」
「本殿が落ち着いたんでね。それに『聖霊の墓場』に侵入を許したとあっちゃ、さすがにふんぞり返ってるわけにゃいくめぇ?」
会話の片手間で、分身スサノオを蹴り倒し、殴り砕き、ドスで粉々に斬り刻む。
おそらく分身体、強さ的には本体よりも劣化しているのでしょうが、それでもすさまじい大きさです。
そんな怪物を相手にとっての無双っぷり。
ほんと、ティアとどっちが強いのでしょう。
「さあ急ぎな! 本体が動いてねぇからには、今が攻めどきだろ!」
「……えぇ、そうね」
ティアが赤い棺をふたつ取り出し、シフルとヘカトンケイルを出しました。
それから十字架の大剣に切り替えて、炎をまとった刃で二つの聖霊を両断。
みっつの属性をまといます。
「今度はオレも混ぜてもらうぜ。お前らだけで楽しみやがってよ」
セレッサさんもピジューの力をまとったヤリをかまえてやる気満々。
ユウナさんとうなずき合って、一足先に本体めがけ駆け出しました。
「……トリス、テルマ。準備はいい?」
『テルマならバッチリです! 防御なら神護の衣におまかせあれ!』
『……うん、私もいけるよ。けど、メフィちゃんは――』
「わた、し……? わたし、むり……。むり、です……。あんなの……、たたかうの、むり……」
気の小さい子なのは、今日いっしょにいただけでもわかっってます。
けど、これはあまりにもショックが大きすぎるよね……。
「冷たいようだけど、彼女自身の問題よ。行きましょう」
『……そう、だね』
私たちがどんなにはげましても、きっとあの子のためにならない。
『人助け』の心がうずきますが、これもひとつの人助けの形として、心を納得させました。
私の返事にうなずいて、駆け出すティア。
へたり込むメフィちゃんをその場に置いて、私たちは『スサノオ』に立ち向かいます。
★☆★
どうしてみなさん、あんな怪物に立ち向かえるのかな。
わからない、理解できない。
霊にかかわる人間って、多かれ少なかれ頭のネジが飛んでいるとか言われるじゃない。
あの人たちのネジ、きっとたくさん飛んでます。
対してわたし、いまいちネジを飛ばしきれなかったみたいです。
「――大僧正も、たたかってる……」
とっても、とっても強い大僧正。
怖い聖霊の分身を、次々になぎ倒していっている。
あんなに強かったら、あの聖霊だって、どんな相手でも怖くないのかな……。
「メフィ、アンタ行かないのかい?」
「わたし、は……」
「寝てるトリスの体だったら、置いていっても心配いらねぇぜ? 俺がきっちり守ってやる」
「そういう、わけじゃ……」
戦いながら、わたしのことを気にかける大僧正。
巨大な怪物の大群と戦いながら、トリスさんの体のカバーまでやってのけると豪語する大僧正。
やっぱり、ちがうんだ。
大僧正はわたしとちがう。
みんなだって、わたしとちがう。
わたしだけが、恐れてる……。
「――怖いのかい?」
「……っ!」
図星を突かれて、心臓がキュッとつかまれたみたいになります。
「だ、……大僧正は、こわくなんてない、ですよね」
「あん?」
「そんなに……、強いんだもん……。へっぽこなわたしとちがって……強いから。だから、怖くない。だから、戦える……」
「……あー。そうさなぁ、俺ぁつえぇよ?」
「ですよね――」
「だがな、最初から強かったわけじゃねぇ。墓まで持っていきてぇような話だがな。はじめはかなりの『へっぽこ』だったさ」
……へっぽこ?
信じられない。
だって、こんなに強いのに。
短いドスで建物ほどの巨人を真っ二つにするほど、とんでもないのに。
「なぁ、俺がなぜ普段、本殿の奥でふんぞり返っているか、知ってるか?」
「……面倒だから?」
「ハッ、ちげぇねぇ。だがそれだけじゃねぇな。なぜなら俺が強すぎるからだ。強すぎて全部テメェで出来ちまう。全部解決出来ちまう。それじゃあ次代が続かねぇ、育たねぇ」
戦いながらも、大僧正の視線は優しく、スサノオと戦うトップランカーの皆さんへむけられる。
「ふんぞり返った甲斐、あったなァ……。あいつら、よくぞ育った」
「……」
「俺も駆け出しのへっぽこだったころ、当時の大僧正にそうやって育てられた。強いのになんにもしねぇ大僧正を恨みもしたが、今になって感謝してるぜ。ここまで強くなれたのは、あの人が見守っていてくれたからだ」
「……あの、どうして、そんな話をわたしに?」
「他人だと思えねぇからさ。秘めたる才能は誰よりもまばゆく、しかしメンタル面から一皮むけられねぇ。昔の俺にそっくりだ。……だからかねぇ、黙って見守るポリシー捨ててまで、こうしてお前のケツを叩いてやりてぇのは」
わたしが、昔の大僧正に……?
似てる……?
「……フっ。あの人のマネしようとしても、猿マネしかできてなかったみてぇだぜ。こうしてペラペラ心のうちをしゃべっちまうたぁよ」
「あの、あの、わたし……」
「行かないのか、ってぇ問いにアンタ、すぐに答えを返さなかったね。迷っている証拠だよ」
やさしいおばあちゃんの口調にもどって、おだやかに笑いかける大僧正。
おもむろにコートの中に手を突っ込んで、黒い棺をわたしに投げ渡してきました。
パシッ、と手に取ると、たしかなチカラが伝わってきます。
「これは……」
「とっておきの憑依用動物霊さ。アンタが一人前になったら渡そうと思ってた」
「……っ!」
「迷ってるなら、行きたいってことなのさ。後悔する前に、やれるだけのことをやってみな。ブランカインド流『十席』メフィル・シュトラム。わたしが見込んだ葬霊士」
「……、……っ!」
怖い。
まだ、怖い。
きっとこの先も、ずっとずーっと怖いと思う。
でも、棺をギュっと握りしめて、歯を食いしばって立ち上がる。
震える足でなんとか立って、走り出す。
「そうだ、行け! 大丈夫だ、独りじゃない! ティアナもセレッサもユウナもいる! なによりも、俺が後ろについているッ!!」
「はいっ!! メフィ、行きます!!」