93 世界を変える力
スサノオがにぎった、大きな大きな『マナソウル結晶』。
自然に湧いたらその場を大迷宮に変えてしまいそうな大きさです。
危険極まりない結晶を岩から作って、いったいどうするつもりなのか。
出方をうかがっていると、またも『にぎにぎ』し始めました。
「……物体を変質させるためには、手のひらでにぎらないといけないのかしら」
「だとしたら、ちょっと戦いやすそうだよね。捕まらなければいいんだからさ」
「簡単に言うのね」
「お姉ちゃんには簡単じゃないの?」
「……ふふっ、簡単よ」
「だよねー」
おぉ、この姉妹とってもたのもしい。
不敵に笑うティアと、いたずらっぽく笑うユウナさんを、背中から顔を出して見守る私です。
さて、『スサノオ』はというと。
にぎにぎの末、マナソウル結晶が巨大な剣に姿を変えてしまいました。
結晶特有の紫色の光を放つ、とっても大きな両刃の剣。
刀身の付け根の部分に文字らしきものが彫られていますが、なんて書いてあるのかさっぱりわかりません。
そもそも文字なのかもわかりません。
なんせ見たコトもない記号なので。
見たままを記すとすると『天羽々斬』です。
『ッシュゥゥゥゥゥゥ……』
目玉がたくさんついた顔のような部分から、はじめて声らしき音が漏れます。
そしてでっかい剣が振り上げられ、
ズドォォォォォォォン!!
轟音とともに振り下ろされました。
地面を砕き、地割れをつくる威力です。
デタラメです。
しかしティアもユウナさんも、しっかりかわして無傷です。
「トリス、ヤツも聖霊。聖霊には共通の弱点が存在する。いつものようにお願いできる?」
『りょーかい!』
ティアの背後で目をこらして……。
『……あれ?』
ここでふたつの驚きがありました。
ひとつめは、いつもみたいに綺羅星の瞳を使わなくても、すこし目をこらしただけで弱点が見えること。
どうやら透視機能が基本スキルとして使えるようです。
『太陽の瞳』のバージョンアップっぷりに驚きつつ、おどろいたふたつめの内容を手早く伝えます。
『ティア、あの聖霊の弱点、たったひとつだけだよ。おっきくて白い光がひとつだけ見えるの。……でもね、体の中をものすごい速さで動き回ってるんだ』
「私にも見えたわ」
『えっ?』
「視界を共有できているみたい。見えるのよ、ヤツの弱点がハッキリと」
なんと、私が見えるものをティアも見られる。
憑依しているあいだだけ、とはいえとっても便利です。
『テルマには見えません……』
『あ、あはは……。テルマちゃんに憑依してるわけじゃないから』
『いえ、さみしくありません。うらやましくなど思っていません……』
あきらかに落ち込んでるよね?
と、ともかく弱点が見えたところで、反撃開始といきましょう。
「ユウナ、聞こえたわね。まずは頭をつぶして動きを止める」
「了解、っと!」
双剣をかまえて左の腕に飛び乗り、駆け上がっていくユウナさん。
ティアも剣をかまえていない方の右腕に飛び乗ります。
ところが、ここで予期せぬ出来事が。
ジャキンっ!
なんと腕に生えたすべてのミニ腕が、手にした結晶の剣とまったく同じデザインの剣をどこからともなく取り出したのです。
『な、なにこれぇ!』
「なにができてもおかしくないわ。テルマ、衣を。一気に突っ切るわよ」
『かしこまりましたっ。神護の衣!』
全ての霊的な力を弾く、私をこれまで何度も守ってくれた半透明の衣。
そでを通すや、防御を捨てて駆け上がっていくティアです。
衣で剣を弾きながら、あっという間に肩の上。
そこから目玉だらけの頭に飛びます。
「ブランカインド流葬霊術――焔獄の楔」
ドスッ!!
炎をまとった長剣の突きが、目玉のスキマに深々と食い込みました。
『ふしゅぅ……』
ほんの少しだけ、よろめくスサノオ。
直後、一足遅れてユウナさんが突っ込んできます。
「ユウナ、思いっきりお願い」
「鬱憤、晴らしちゃるっ! 必殺・ユウナ様旋風ッ!!!」
なんですかその技名!
しかし威力は本物です。
体を回転させながらの乱れ斬りが、スサノオの頭部を粉々に斬り刻みます。
「やりぃ!」
『すごいです、ユウナさん!』
「へへ、どんなモンだい!」
本当、見事な攻撃でした。
目玉だけの頭が飛び散って、それぞれの目玉に……霊力が、集中してる……?
『……! ティア、ユウナさん、今すぐ離れて!』
「――わかったわ」
「えっ? わ、わかった」
すぐに飛び離れるティアと、ワンテンポ遅れて続くユウナさん。
直後、飛び散った目玉のひとつひとつが光を放ち……。
ズドドドドドドドドドぉッ!!
連鎖的に爆発を起こしました……!
「うわ……っ!」
逃げるのがおくれたユウナさん、爆発に巻き込まれてしまいます。
吹き飛ばされたところを、回り込んだティアが抱えて軽やかに着地しました。
「ケガしていない?」
「だ、だいじょうぶ……。……こほん! お姉ちゃん、私を助けるなんてやるじゃん!」
「やるでしょう? がんばったもの」
姉妹のやり取り、ほほえましいです。
しかしスサノオの方は、ほほえましさのカケラもありません。
失った頭がすぐに再生します。
「うわ、もう生えた。しっかしやっかいだね、まさか爆発するなんて」
「あやうく吹き飛ぶところだった。トリス、助かったわ」
「どうしてわかったの?」
『なんとなく、霊力がふくらんでるのを感じて……――っ! またなにか来ます!』
スサノオが手にした剣を、おもむろに地面にブッ刺しました。
今度はなにをするつもりなのか、考えるよりも早く、
「……逃げるわ! ユウナはメフィを抱えて! 私はトリスの体を抱える!」
ティアの指示が飛びます。
「ぇ――うん、わかった!」
ユウナさん、さっきと違ってノータイムで判断をくだしました。
同じ失敗を繰り返さないタイプなのでしょう。
全速力で走り出す二人。
途中でティアが私の体を、ユウナさんがメフィちゃんの体を抱え上げます。
「ど、どうしたんだお前ら! いきなり――」
「いいからセレッサ、あなたもついてきなさい!」
「お、おう!」
観戦状態だったセレッサさんもいっしょに、全力ダッシュでその場から退避を開始。
直後、地面が大きくゆれ始めます。
「おわっ、じ、地震か!?」
「だったらどれだけマシかしらね」
『感じるよ! 地面からゾッとするような霊力が、たくさんのぼってきて……!』
言ってる間にもどんどんゆれが激しくなって、ついに地面から巨大ななにかが突き出しました。
『な、なんなのですか、あれぇ!』
『ま、マナソウル結晶……?』
突き出て来たのは、まるで針山のようなマナソウル結晶。
スサノオとだいたい同じくらいの大きさです。
ひとつだけじゃありません。
次から次へと、どんどん生えてくるんです。
「冗談だろ……! 地形変わっちまうぞ!!」
「とにかく今は、少しでも距離をとりましょう……!」
スキマなく突き出る巨大な結晶と飛び散る破片が、異形と化したアネットさんの体を、白い巨人の半身を、ズタズタの肉片に変えていきます。
まるで天変地異みたいな攻撃を前に、ふとレスターさんが教えてくれた伝承を思い出しました。
『世界を作り変える……、力……』
人間を異形に変え、地形を変え、結晶を生み出せばその場をダンジョンにも変えられる。
もしも『スサノオ』が伝承どおりの聖霊ならば、この上なにを変えたいのでしょう。
きっと人間には想像もつかない行動原理、なのかもしれません。
ただ本能に従っているだけなのかも、しれません。
ですが、この攻撃は間違いなく、世界を変えたのだと思います。
『ティア……。大変だよ……。「聖霊の墓場」が……っ!』
「……仕方ないわ」
奥歯をかみしめて、押し殺したようにつぶやくティア。
仕方ない、たしかにそうかもしれません。
私たちに、あの攻撃を止めるなんてできません。
たとえ『聖霊の墓場』が【破壊】されてしまったとしても。
壊され、崩れていく墓場から、解き放たれた聖霊だろうたくさんの光が、世界の各地に散らばっていくのを、ただ見送るしかできなくても。