91 解き放たれた封印
さぁ、ようやく最深部に到達できた。
一族に伝わる伝承が正しければ、ここに封印されているはず。
ブランカインドの開祖がこの地に封じ、『聖霊の墓場』の礎とした大聖霊。
世界を変えるほどの力を持つという、『スサノオ』様が。
最深部は、これまでの石造りとはうってかわって地盤がむき出し。
封印用の牢屋も見当たらない。
かわりにカベや床のあちこちに、古めかしい札が張られた粗末な岩や、鎖でがんじがらめに巻かれたボロボロの道具なんかが無造作に置かれている。
「なるほどね……。よくできた封印術」
おそらく最下層に封じられている聖霊様たちは、上層の牢に閉じ込められている方々と格がちがう。
力で強固におさえつけて封じようとしても、さらなる力によって弾かれてしまう。
それほどまでに強大な力を持っている。
だからこうしてあえて粗末に扱い、その格を貶めることで封印を成功させている。
『概念』を利用した封印、見事と言っておきましょう。
「このタイプの封印だと、ただ札や鎖を外しただけでは解かれない。セキュリティの面でも見事だね」
粗末な封印そのものが、聖霊様の力を極限まで弱めるためのもの。
だから物理的な手段では、いくら封印を解こうとしても徒労に終わる。
力を喪った『神』にとって、もっとも必要なもの。
それは『信仰心』。
心の底から真に聖霊様をうやまい、信奉し、奉仕する精神を持つ者だけが封を解くことができる。
並みの人間では持ち合わせていないでしょう。
けれど、このアネットだけは別。
この身すべてが聖霊様のための贄。
聖霊様にすべてをささげることのみが我が喜び。
「――わかる。この剣に『スサノオ』様が封じられている」
鎖が雑にからんで床に打ち捨てられている剣を拾いあげる。
刃が途中でいくつか枝分かれしている、古めかしい剣だ。
なぜこの剣に、スサノオ様が封印されているとわかったのだろう。
自分でも不思議だが、きっと『信仰心』のおかげ。
「あぁ、『スサノオ』様……。このアネット、ずっと、ずっとあなた様にお会いしとうございました……」
鎖をていねいにほどき、薄汚れた刀身に息を吐きかけ、清めた布でていねいに汚れを落としていく。
愛おしさをこめて抱きしめ、頬ずりしながらみがき続ける。
「異国から伝来せし三大聖霊……。その一角であるあなた様がこのように粗末にあつかわれ、打ち捨てられて……。この身が張り裂けそうなほど、胸が痛みます」
――ドクン、ドクン。
「あぁ……っ、感じる……! 『スサノオ』様の脈動を……っ。あなた様の偉大なるお姿、一秒でも早く拝見したい……」
この私の『愛』で、スサノオ様が復活を果たそうとしている事実に、体中を歓喜が走った。
きっと私、この世に生を受けてからの時間で、今が一番幸せ……。
……いいえ、幸せの絶頂はまだ先。
『スサノオ』様が降臨した瞬間が、きっとそのときなんだもの。
あぁ、お早く……、じらさないで……。
「スサノオ様……、スサノオ様ぁぁぁ……っ」
ズズズズズズ……。
私の祈りに応えるように、剣から黒い、闇よりもなお暗いモヤが立ち昇る。
モヤはとめどなく吹き出し続け、すこしずつ形をとっていった。
「あぁ……、『スサノオ』様が、お姿を現してくださる……。この私の目の前に……っ」
モヤが巨大なヒト型のシルエットへと変わっていき、そして。
ついに、偉大なるそのお姿が明らかとなった。
「あぁ、あぁぁ……っ」
降臨なされたスサノオ様のお姿は、神聖で、神々しく、この世のなによりも偉大に見える。
感動に打ち震え、我を忘れて立ち尽くす中、スサノオ様は自らの手を私に差し伸べようと手をのばし――。
「ス、スサノオ様……っ。私のような者にお手を差し伸べ
ブチっ。
★☆★
地響きと、地の底からせり上がる嫌な気配はどんどんと大きく、濃くなっていく。
クソ、なにが起きてやがるんだ……!
「ユウナ! なんか来やがるぜ!」
「わかってる。そこの……えーっと、メフィちゃんだっけ?」
「ひゃいぃわたしメフィですぅ!」
「これ、遠くに逃げといた方がいいヤツかも」
「えぅっ、しょ、しょれって……」
ユウナの顔から余裕の笑みが消えた。
直後、地面を突き抜けて紫色の巨大な影が現れる。
ソイツは、かろうじて人のような形をしていた。
下半身が無く、上半身には大きな太い腕が三本。
それぞれの腕から木の枝のように不規則に枝分かれした小さな腕が大量に生えている。
頭にかぶった兜の中には目玉がみっちりと詰まっていて、ぎょろりぎょろりとあちらこちらを見回しているみてぇだ。
「な、なんだよ……、コイツぁ……」
外見なんかよりも、戦慄すべきはその霊気。
並みの聖霊――オレが扱うピジューなんか足元にもおよばねぇ。
この世のすべての悪意を煮詰めてクソ溜めに漬けこんだような、そこにいるだけで死にたくなるようなレベルのドス黒さ。
いつかの『ヤタガラス』以上だぜ、クソったれ。
「ぁ……、ぁぁ……」
メフィなんか騒ぐことすらできず、失禁しながら真っ青な顔で見上げてるじゃねぇか。
「……ありゃなんだ?」
よく見りゃ無数の腕のそのひとつに、人間みてぇなものがにぎられている。
少し目をこらせば、すぐに正体がわかった。
「アイツは……、キツネ面の女!?」
まさかアイツ、この聖霊の封印を解くことが目的だったってのか……?
このためにブランカインドに……!
『アァぁあぁぁぁァ!! スサノォさマァァァァ!』
ヤツの体はにぎられ、こねられるたびに形を変えて、少しずつ変貌していった。
人間じゃない、『なにか』へと。
聖霊が腕を開くと、キツネ面の女だったものがボトリと地面に落ちる。
いびつに手足が生えた、キツネの面をかぶった四つん這いの怪物が。
『変えられたっ、変えられちゃったっ、きょほほほほほほっ』
「見た目だけじゃねぇ。思考回路すら、もはや人間じゃねぇみてぇだな……。人間を強制的に、生きたままここまで『歪め』るたぁ……」
変化しやすい魂ではなく、肉体そのものを変質させる。
聖霊にはそれぞれに固有の『能力』があるわけだが、コイツの持ちネタ、とびっきりおぞましいぜ……。
「……なぁ、ユウナ。これ、なんとかなるヤツか?」
「あははー。――ま、やるだけやってみる」
「はははっ、……ウソでも楽勝だって言ってほしかったぜ」
理解した。
絶望的な状況だってぇことにな。
人間の肉体を、おそらくそれに限らず、別のなにかに変質させる力を持つ聖霊。
『月の瞳』を持ったまま、異形と化して正気がブッ飛んだキツネ面。
戦力比二対二だが、こいつぁどうにも……。
「ホント、やるだけやってみる……としか言えねぇよな。……行くぜ」
「うん……!」
ユウナが迷わず聖霊のほうへと駆けだした。
オレの相手はキツネ面か、目線を合わせねぇようにしねぇとな……!
「おい、キツネ面! アイツぁいったいなんなんだ!?」
ヤリで突きかかりつつ、対話が可能なのかをためす意味でも話しかける。
ヤツはクモかバッタのようにピョン、と跳ねて回避しつつ、喜々として語り始めた。
『あのお方はっ、あのお方はねっ、お美しい、あのお方、スサノオ様っ!! 大聖霊、スサノオサマぁ!!』
「スサノオ……、それがアイツの名か……!」
『そう、勇壮、お美しい! この世のすべてを変える者っ、伝来、伝承に伝わるっ、ひょほっ、三大聖霊っ! ひょほほっ!!』
カサカサと地面を這って突っ込んでくるんじゃねぇ、気味わりぃ!
ヤリを地面に突き立てて、木の根のトゲを突き出して迎え撃つが、あのヤロウ。
ありえない方向に関節をねじまげて、まったく速度を落とさないまますり抜けてきやがった。
「当たっとけよ人間なら!!」
クソ、ユウナのほうがどうなってるのか、確認するヒマすらねぇじゃねぇか。
『人間、ニンゲェン。ワタシ、ニンゲン?』
「知るか!」
間合いに入った瞬間、武器を鎌に変形させてなぎ払う。
が、思いっきり地面に伏せてよけやがった。
このまま距離を詰められたら、いろんな意味でまずい。
すぐに距離をとって――。
ぐぱぁ。
「あ……?」
なんだ?
背中が割れて、巨大な目玉が、満月が……。
『満月の瞳っ、きょほほ』
カランっ。
「う、うあぁぁ」
あ、あぁぁぁぁ……!!
ぁああぁぁぁ、クソ、喰らっちまああぁぁぁ。
あぁぁぁぁ……!!
うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
『太陽の瞳っ!』
……っ!?
……な、なにが、起きた?
今の声、トリスか……?
体があたたかい、ひだまりみたいな光につつまれて、月の狂気が消えていく……。
視界にうつるアイツは――ティアナ、か。
駆けつけてくれたんだな……。
しかし、ぐったりしたトリスを抱きかかえてるな。
アイツになにかあったのか……?
『きょほっ、あなた、きょほっ! あなたも狂わせ、お月さまぁ!』
ま、まずい……!
今度はアイツ、ティアナに月の瞳をかけようとしてやがる!
「ティアナ、目を見るな……! 背中にも――」
ダメだ、早すぎて間に合わねぇ。
カサカサと這いずりながら不規則に曲がりくねって、残像を残すほどの速さで距離を詰めて、オレのときと同じように背中の目を開きやがった!
『満月の瞳!』
クソ、直撃だ……!!
真正面から月の狂気を浴びちまったら、いくらアイツでもひとたまりも――。
「邪魔よ」
バギャァッ!!
『おひょぉぉぉぉぉぉッ!!!』
蹴り上げ……、だと……?
アゴを蹴り上げてぶっ飛ばしやがったぞ……。
いいや、それよりも。
どうしてアイツ、月の瞳が効かねぇんだ?
よくみりゃ瞳が太陽みたいに燃えてるが、コイツぁいったい……。