09 まさかの偉人、参戦です
召霊術、ですか?
なにをするのかわかりませんが、なんだかとってもすごそうです……!
「――屍山血河の旅路の果てに、永遠に眠りし魂よ」
ティアナさんの体から霊気がほとばしり、黒いモヤのようなものが地面に刺した長剣のまわりで渦を巻きます。
そのモヤ、ティアナさんの詠唱とともに、だんだんと集まっていくような……。
「黄泉の坂を疾く駆けて、現の世へと参られよ」
ような、じゃありません。
黒いモヤ、どんどん人の形をとっていきます。
長剣の前に集まって、形成されてく人の影。
完全にヒト型となったその瞬間、吹きすさぶ突風。
黒いモヤが吹き飛ばされて、
「十重に八十重に斬り祓え」
ガシィッ!
鎧をまとった腕が、長剣の柄をつかみました。
「【破軍剛将グレンターク】」
そうして出現した、全身鎧の壮年のおじさん。
あのヒトとっても見たことあります、具体的には中央都ハンネスの神殿前広場で。
このダンジョンに入る前、目にした像と同じ顔です。
「……これはまた。懐かしい場所に呼ばれたものよ」
長剣を肩にかついであたりを見回すあのヒト、本物のグレンタークさん!?
「えっ? えぇっ!? 歴史上の偉人さんを、あの世から呼び出しちゃったってことですか!?」
「召霊術。あの世から霊を呼び出し戦わせる術よ。ただし転生していないこと、霊にゆかりある場所であること、顔と名前を知っていることが条件だけれど」
なるほど、像のおかげで顔がわかったわけですね。
げに恐ろしきはグレンターク像の再現度……!
「さて、将軍。久々の現世で感傷にひたっているところ、悪いのだけれど」
「む、そなたが私を呼び出した者かね」
「えぇ。手短に用件を伝えると、あの悪霊のうち片方の核を私とまったく同じタイミングで斬ってほしいのよ。首の下、拳半分くらいの位置にあるわ。可能よね?」
「鎧袖一触、わけもない」
「頼もしいわ、それでは――」
ティアナさんが、いったん納めていた二刀を抜きます。
そこからはもう、一瞬でした。
二人がまったく同時に駆け出し、踊り狂っている『半分の悪霊』を間合いにとらえます。
そしてまったく同じタイミングでティアナさんの二連撃が右半身の、グレンタークさんのひと振りが左半身の核を正確に破壊。
決着まで、本当に一瞬だったのです。
『あえ? あれぇぇぇぇ???』
『斬られ、ちゃったねぇぇぇえぅ』
形を保てなくなって、黒いモヤのようにほどけていく悪霊。
左右の断面から丸い人魂が次々に吐き出されていきます。
「取り込まれた魂たちね。幸いにして重度の『歪み』も見られない。何よりだわ」
「ホントですか!? よかったぁ……。ねっ、テルマちゃんっ」
「はい、安心しました。本当に、本当によかったです……」
そうだよね、みんなのこと心配だったよね。
それに、たったひとりであんな悪霊に追いかけまわされる毎日、とっても怖かったと思うよ。
私たちを守ってくれていた透明な衣も、役目を終えて消えていきます。
「……そういえばあの子、誰としゃべっているのかしら」
あっ、感知力Eだったっけティアナさん。
テルマちゃんが私に憑りついてるってわかんないんだ。
疑問をぽつりとつぶやきながら、十字架に双剣をおさめて、ふところから小さな棺を取り出しました。
フタをぱかっ、と開いて、
「封縛の楔」
取り込まれてた魂だけを吸い込んでいきます。
あとであの世に送るのでしょうか……。
「さて、次はあなたね。歪みきったその魂、きっちりあの世に送ってあげる」
『い、やだぁぁぁぁよぉぉぉ』
『もっと割っていたいよねぇぇ! もっとくっつけて、みたいよねぇぇぇ!!!』
ティアナさんににらまれた悪霊、なんと私の方に飛びかかってきました!
「ひゃっ……!」
とっさに目を閉じて、恐怖で体が縮こまります。
そして、次に目を開けたとき。
私の目の前の風景が、ガラリと変わっていました。
(なに、これ……)
ガラリと変わったとはいうけれど、場所自体は変わってないみたい。
大神殿の最下層、知らない誰かが前にいる。
でも口が動かせない、体も動かせない。
正確には、口も体も勝手に動く。
「いひゃひゃ、いひゃっ、いひゃぁぁぁ!!」
狂ったように笑い声をあげながら、軽装の男のヒトに武器を何度も振り下ろし、半分に割っていく私。
いや、ちがう、私じゃない。
笑い声は男のヒトのものだもん。
これは悪霊の――悪霊が人間として生きていたころの『誰か』の記憶……?
「なかなか割れないねぇ。人間の体って、思ってたより丈夫なんだなぁ」
「あ、あんた……、なんの、つもりなのよ……!」
「んん?」
声が聞こえて、視界が勝手にぐるりとまわる。
『誰か』がふりむいたんだ。
そこにいたのは大量の血を流して倒れている、魔法使い風の女のヒト。
きっともう助からないほど、血だまりを作ってる。
「わかんないかなぁ。俺ぁさぁ、人間の中身を見たくて見たくてしょうがなかったんだ」
「なにを、言っているの……!」
「最初はね、動物でガマンしたよ? カエルから始まって、ネズミ、猫、犬。どんどんどんどん満足できなくなっていったんだ。本能、いや性癖とでも言おうかな? だから人目につかないダンジョンで、君たちを半分にしたくて仲間になったのさぁ」
「狂ってる……!」
「ありがと、最高の誉め言葉。ジョンを割ったら、次はキミも半分にしてくっつけてあげようねぇ」
死体の方に視線を戻して、再び始まる凄惨な解体作業。
このままじゃ私の頭までおかしくなりそう。
早く終わって、と心の底から願ったそのとき。
ドバシュッ!!
「あ」 「え?」
景色が真ん中からズレて、半分に分かれて離れていく。
何が起きたか、きっとこの男にはわかんなかったんだろうな。
私の『眼』にはちゃんと映ったよ。
風の刃が真後ろから飛んできて、コイツを真ん中から半分に割ったんだ。
「い、いいザマ……じゃない……! 大好きな、半分に、なれたんだ……、から……。ぁ……っ」
最期の力をふり絞ったんだろう。
きっと彼女もそのまま力尽きた。
初めに起きた『半分の変死事件』。
これが真相だったんだ。
こうして悪霊が生まれて、テルマちゃんの仲間たちを食べて、成長して――。
「――ぁっ」
意識が現実にもどってきたとき、時間は一秒も経っていなかった。
「往生際が悪いわね……!」
『いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁぁぁ』
『わらせてぇぇぇえっぇぇぇえぇ』
他の魂たちを吸い込んだ棺とは別の棺に吸い込まれ、消えていく『半分の悪霊』。
未練たらしい断末魔を残して、フタがパチンと閉じられた。
「……ふぅ。トリス、無事かしら」
「はい。でも私、悪霊の記憶が見えて……」
「記憶……? また感知力の影響かしら」
よくわかんないし、まだ気分が悪い。
ですが、とにかくこれで全部解決――じゃないっ!
これじゃあまだ、元通りにはなりません。
「あの、ティアナさんっ!」
「どうかしたかしら?」
「えっと……。ほら、出てきてテルマちゃん」
「はい……」
憑依するのはこれで終わり。
私の体の中から、テルマちゃんがスーッと抜けていって、すぐとなりに現れます。
「あのあの、はじめましてっ。この神殿でずーっと暮らしていたテルマ・シーリンという者です」
「幽霊ね、しかも相当古いわ」
「わかるのですか?」
「格好が古いから」
……まぁ、そんな理由だよねぇ。
ティアナさん、感知力Eですし。
「それでその、今吸い込まれた魂たち、あの世に送ってしまわれるのでしょうか?」
「当然ね」
「あの、ティアナさんっ! テルマちゃんたちは500年も前から神殿で幽霊やってて、全然ちっとも『歪んでない』んです! だから――」
「だから、これから先も『歪まない』。そんな保証がどこにある?」
「そ、それは……」
「神殿にいる霊がエネルギー源とするものが信仰心。清浄なエネルギーは『歪み』を強く抑制するわ。でも、ダンジョンとなってしまったこの神殿に、これから信仰心が捧げられることはない。蓄積されていた分も、そろそろ底をつくでしょう。『マナソウル結晶』が歪みを増幅させることは、もう知っているわよね?」
「……はい」
「霊がいるべき場所は現世じゃない。いたずらにとどまっても、死者も生者も不幸にするだけよ」
返す言葉もなかった。
私も、テルマちゃんだって。
「――少女よ」
「あ……、おじさま……」
おじさま呼びなのテルマちゃん。
たしかにナイスミドルですね。
これまでずーっと黙っていた歴史上の偉人が、とうとう話しかけてきちゃいました。
「現世に未練もあるだろう。しかし存外、あの世も悪いところではないぞ? 悪行を積んだ者には別だろうが、な」
「そう、でしょうか。……そうですよね。きっと、その方が幸せですよね」
納得、できたのかな?
テルマちゃん、すこしさみしそうに笑ってみせた。
「あの、おじさま。おじさまはご存じないでしょうが、テルマはおじさまのことをよーく存じております」
「そうか、そなたは古来よりこの神殿を見守ってきたのであったな」
「この神殿、時が経つにつれて廃れていって……。おじさまが来る前は誰にも忘れ去られていました。でもおじさまのおかげで、また人が戻ってきて……。テルマ、とっても嬉しかった。お礼が言いたかったのです」
「……この神殿には、拠点として世話になった。恩返しが出来ていたと知れたなら、呼び出された甲斐もあったというものだ」
グレンタークさん、とってもいい顔で笑いました。
それから、長剣をザクッと地面に突き立てて……。
「あの世に良い土産話が出来たわ。ティアナといったか、礼を言うぞ」
「えぇ、何よりだわ」
グレンタークさんの体が、黒いモヤへと変わっていきます。
それから突風が渦を巻き、次の瞬間には、彼の姿はこの世のどこにもなくなっていたのです。