89 聖霊の墓場へ
「『聖霊の墓場』ってたしか、聖霊の中でもとびっきり危ないのが封印されてる場所だよね……」
「えぇ。アネットがそこにむかったとなると、かなりまずいわ……」
あのティアが、大粒の汗を垂らしてる。
それだけでもう、状況のまずさと重大さがわかります。
前に火薬庫って表現したことがあったけど、まさに火がつく寸前。
いや、もう爆発しちゃってるかもしれないんだ。
「そ、それにですよ! アネットさんを追っていったメフィさんも危ないのではないですか!?」
「う、うん……。交戦しないように言われてたし、臆病なあの子のことだから、さっさと逃げているとは思うけど……」
「……トリス、忘れたの? あのときの大僧正の命令を。マップで見えた、アネットを追うみっつの青いマーカーを」
「あ……」
そうだ。
追ってる間に見たときは、メフィちゃんが一人じゃないって安心しただけだったけど。
今の状況じゃ、話がまったく変わってきます。
「わかったでしょう。メフィだけならいざ知らず、あの二人が逃げるわけない。すぐにでも救援が必要なのよ……」
「……っ!」
言うやいなや走り出そうとするティア。
ですが予想はしていました。
だから私でも、手をにぎって止められました。
「……トリス、離して。一秒でも早く行かないと」
「ひとりじゃ行かせない。私もいっしょにいく!」
「お願い……! タントは、あの子はユウナなの……。別人になってしまっても、私の家族なの……!」
「そんなのっ! 私だってタントさんの妹なんだから! 私の家族でもあるのっ!」
「トリス……」
「タントさんだけじゃないよ……。ティアだって、もう私の家族みたいなものなんだから」
きっとティアは、あまりにも危ないからって私を残して行こうとしてる。
だから見せなきゃいけないんだ。
いっしょに行くって強い意志を。
「いっしょに行こう。私、役に立ってたよね? 私がいれば、『太陽の瞳』の力があれば、ティアはもっと強くなれるんだよ?」
「……ふふっ。あのトリスが、自信満々でそんなことを言うだなんて」
手首をつかんでいた私の手を、そっとはがして。
でも、私を置いて走っていったりしません。
ただちいさくうなずきました。
「行きましょう。さっきも言った通り、一刻を争うわ」
「うんっ!」
「……あのぉ、テルマの力もお忘れなく」
すーっと間に入ってきたテルマちゃん、若干のジト目です。
「も、もちろん忘れてたわけじゃないよ? 説得しなくてもいっしょに来てくれるって信じてただけ」
「で、ですか。なら許しましょう」
笑いかけてあげたら機嫌をなおしてくれました。
焼きもちをやくテルマちゃんもかわいいです。
なんて思っていたら、ティアにお姫様だっこで抱え上げられました。
「さぁ、急ぐわよ」
「う、うんっ!」
「わたくしはルナ様とともに、異変を大僧正様へ知らせてきます!」
「お願いするわ」
「……アネットには気をつけなさい」
おっと、最後にルナから助言があるようです。
「アネットの聖霊への信仰心は『異常』の一言。聖霊のためならば自分の命はおろか、魂すらも投げ出すでしょう」
「……忠告、ありがたく受け取ったわ」
静かにうなずいて、今度こそティアが走り始めました。
目指すは霊山奥、神仙郷と呼ばれる場所にある『聖霊の墓場』。
私が夢で見たダンジョンとそっくりらしいのも気になりますが、怖がってる場合じゃありません。
メフィちゃん、セレッサさん、それからタントさん……。
みんな、無事でいて……!
★☆★時は少しだけさかのぼり……★☆★
「ふんふん、くんかくんか。……こっちです!」
夜道を先導して、犬のような四つん這いで走る……えーっと、メフィだったか。
この新しい十席の技能、なかなか大したもんじゃねぇか。
しかし、森を抜けて岩場が多くなってきやがったが、こっちの方角ってもしや……。
「……セレッサ。このあたり、嫌な気配がただよっていますね」
「そのはずだろうさ。ここは霊山ブランカインドの最深部、神仙郷と呼ばれる地。人も獣も寄り付かねぇ人外魔境だぜ」
「神仙郷……。聞き覚えがありますが、記憶違いであってほしいところです」
「ところが記憶、バッチリ正確だぜ。残念ながら、な」
ゴクリ。
タントが生つばを飲み込む音が、いやに大きく聞こえる。
オレだってビビってるさ。
なんせこのまま行きゃあ、じきに『聖霊の墓場』だ。
「ふんふん、ふむふむ。いいですよぉ、近づいてきましたよぉ。なんだか嗅いだことのないニオイもしますが、もうすぐでーす」
ずっと地面を嗅ぎながら走ってるからか、アイツは気づいていないみてぇだ。
あの臆病具合じゃ、『あそこ』にむかってるってわかった時点で逃げ出すか。
進みたくない気持ちを押し殺して、メフィのあとを追う。
なんとか墓場につく前に『キツネ面』に追いつきたかったが……。
残念。
どうやら手遅れだ。
「くんくん、すんすん。よぉしここです! お二人とも、逃げたあの人はこの中に……、かく、れ……」
ヤツが目指していた『目的地』の前で足を止め、顔を上げたメフィが青ざめる。
ようやくわかったみてぇだな。
自分がどこへむかっていたかということに。
石造りの古ぼけた寺院。
ただよう圧倒的なまがまがしさ。
クソったれ、ついちまったぜ『聖霊の墓場』。
「あわ……っ、あわわ……、あわあわあわ……」
「おぞましい……ですね。呼吸すらつらいレベルで、聖霊たちの霊気を感じます」
「普段なら、ここまで漏れてこねぇはず。もう少し大人しい感じなんだ。なにか……ヤベェ」
「ヤベェですよそりゃヤベェでしょ! ここ『聖霊の墓場』じゃないれしゅかぁ!?」
そうだろうな、ビビり倒すだろうな。
オレだってビビってる。
メフィじゃなくても逃げ出したい気分だぜ。
「クソ……! 入るにゃ『黄色い護符』が必要だって決まりだが、そんなもん持ってねぇぞ……!」
「しかしセレッサ。それは『キツネ面』も同じなのでは?」
「あぁそうだろうな……。中に行かれちまった以上、退くわけにもいかねぇか。婆さんに『メッセンジャー』を飛ばしてから突入する」
「承りました」
「うけたまわりたくありませぇん……!」
「だったらお前は残ってな。充分仕事はしたさ。ここまで道案内、ありがとな」
「セレッサしゃん……っ」
感涙にむせび泣いてるメフィをしり目に、手早く幽霊バトを取り出してメッセージを吹き込む。
「『こちらセレッサ。婆さん、一大事だ。キツネ面が聖霊の墓場へ侵入した! 黄色い護符の禁を破ることになるが、緊急事態だ、許してくれ!』……以上だ、行け!」
「くるっぽ!」
よし、無事に飛んでいったな。
さ、腹ぁくくるか。
「……タント。万が一がねぇとも限らねぇ。覚悟、できてるか?」
「もとより」
「へっ、頼もしいぜ。じゃあ、行くぜ!」
タントと二人、寺院の入り口に一歩、足をかけたそのときだった。
ゾクゥッ、と、今まで感じたこともねぇ強烈な悪寒が体の芯を駆け抜ける。
思わず、二人いっしょに足を止めるほどの強烈さだ。
「……っ、やっぱ、ハンパねぇな」
「で、ですね……」
二人とも汗がすげぇ。
大粒のヤツがあとからあとから垂れてくる。
「正直、ビビってる。けど進めるぜ。多分、お前がいるからだ」
「セレッサ……。えぇ、ボクもきっと一人では、足がすくんで動けなか」
バギャァァァッ!!
「……あ?」
いきなり、タントがブッ飛んだ。
放たれた矢のように吹き飛ばされて、何度も地面を転がった。
そして倒れたままピクリとも動かねぇ。
なにが起こった?
何にやられた?
そもそも生きてんのか?
「ひぃぃぃぃいっ!? セレッサさん、なにか来てます! ボンヤリしないでぇぇぇ!」
「……っ!」
そうだ、なにやってんだ……!
メフィの悲鳴混じりの忠告で我に帰った直後。
すぐさま後ろに飛び離れて、背負っていた愛用の武器、十字架型の槍をかまえる。
「誰だ! キツネ面の女か! 隠れてねぇで出てきやがれ!」
入り口の暗闇にむかって怒鳴りつけると、『そいつ』はすぐに姿を現した。
真っ白な顔に、まぶたの無い血走った目をしたおぞましい巨人。
唇の無いむき出しの歯茎が醜悪にゆがんで、人間の言葉をつむぎだす。
『きいろっ、きいろ、きいろいのぉぉぉぉ!!!』
「な、なんだコイツは――」
入り口から這い出してきて絶叫する巨人。
正体を考えるヒマもなく、問答無用で殴りかかってきやがった!
「クソったれ!!」
ドガぁッ!!
真上に飛び上がってかわした直後、パンチを受けた地面が陥没。
アイツも聖霊の一種なのか?
キツネ面が解放しやがったのか……?
いや、あれこれ考えるのは切り抜けたあとだ!
コートの中から赤い棺を取り出して、手早くフタを開ける。
「来い、ピジュー!」
「ー・」
中から飛び出す一頭身の羊のバケモノ。
いつものようにわけのわからねぇ言葉を話し出すが、
「うっせぇ!」
ズバッ!
速攻で斬り捨ててモヤを武器にまとわせる。
木の魔力が宿ったヤリの穂先を真下、巨人の脳天へとむけて……。
「喰らえ、ブランカインド流葬霊術! 天の落涙!」
真っ逆さまに突き下ろす!
コイツで頭をくし刺しに――。
ドギャッ!
「ぐあっ!」
上段回し蹴りで迎撃だと!?
でっかい図体しやがってテクニカルなことを……っ!!
まともに喰らって吹き飛ばされ、地面に思いっきり叩きつけられちまった……!
だ、ダメだ、体がしびれちまってる……。
動けねぇオレに、巨人が腕を振り上げて……。
『きいろっ、きいろ……! きいろがないとぉ』
「チクショウ、ここまでか……」
『ダメなのぉぉぉ!!』
ブオンっ!
振り下ろされる、瞬間にギュっと目を閉じる。
……が、いつまでたっても衝撃がこねぇ。
おそるおそる、目を開けてみると……。
「まったく。ダメだよキミぃ、そんな簡単にあきらめちゃ」
オレの前にかばうように立つ、『タント』の背中。
両手で『双剣』をもてあそぶように回し、そのむこうでは白い巨人が『斬り落とされた』右腕をくっつけようとしている。
い、いや……。
コイツ、本当に『タント』なのか?
「約束したでしょ? 私の次にすごい葬霊士になるってさ。忘れちゃった?」
「お、お前……。まさか……」
「ま、記憶に関しちゃ人のこと言えないけどねー」
ふり向いたその表情は、顔こそタントだが間違いねぇ。
いたずらっぽく笑うその表情は……。
「まさか、ユウナ……なのか?」
「あったりー。よくできましたとほめてやろう」