88 生きる
まさかまさかのレスターさんの登場。
私たちもビックリですが、誰より驚いていたのはルナでしょう。
だって顔に書いてありますもん。
「レスター……。どうしてここに……」
「会食での騒動がおさまったあと、アネットの姿が見えないことに気づきまして。あなたの身を案じて探したのです。もっとも、先ほどの光で初めて場所がわかったのですが」
私の『太陽の瞳』がすっごい光ったときですね。
あのおかげでこっちに気づけたんだ。
「そう、私が来ていると知っていたのね」
「出発の前にごあいさつを、と思いお部屋を訪ねたところ、おりませんでしたので。アネットに問えばすぐ吐きました」
「……アネット。あの女、どの面下げて協力者だなんて……っ!」
心底くやしそうに歯がみしてます。
ルナからすれば、アネットさんに裏切られたも同然な状況。
怒りの矛先は自然、そっちにむかいます。
「そう、失敗したのはみんなみんなあの女のせい!! アイツがもっと舞台をととのえておけば、大僧正を乗っ取れた! あの女がちゃんとここに来ていたら、こんな奴らに負けなかった!!」
まるで子どものように――ううん。
子どもそのものです。
わめきながら何度も地面をなぐって、涙をポロポロ流す姿は子どもそのものでした。
「レスター! もうあなただけ! 信用できるの、あなただけなの! そこに転がってる私の体と私を連れて逃げなさい! あなたが盾になれば、こいつらだって手を出せないはず――」
「ルナ様。もうやめましょう」
「……? ??」
そんな悔し涙も止まるほど衝撃だったのでしょう。
レスターさんの言葉に、ルナは完全にかたまってしまいました。
「なにを? なにを言っているの……? 私が、この私がどれだけ、どんな思いで自分の肉体を求めていたか……」
「あなた様の目的、詳細こそ知りませなんだが、尋常ならざる執念ならばいたく存じております」
「だ、だったら。だったらほら、早く……」
「しかし、だからこそ。あなた様が悪霊として祓われる結末だけは避けたい。それがルナ様をこの世に呼び戻した、そしてともに『ツクヨミ』を作り上げた、わたくしの願いです」
「呼び戻した、って、レスターさんがですか!?」
「お、おや? あなた、トリスさん……なのでしょうか」
「そ、そうですトリスです。こんな姿ですが」
いやぁ、ビックリするよねぇ。
幽霊になってるし、顔も声もなんかぜんぜんちがってるし。
「って、それは置いといて。レスターさん、そんなことが出来たんです?」
「……はい。あれはフレンが亡くなって、どれだけか経った頃のこと。フレンの魂をあの世から呼び戻すため、あらゆる文献や情報をあたった末、わたくしはある秘術をためしたのです」
「あんな危ないこと、前にもやっていたのね、まったく……。それで、どんな秘術なのかしら」
「現世と冥界をむすぶ道を作り出す儀式です。奇跡的に儀式は成功し、小さな穴が開きました。ですが今思えば、その穴からフレンを呼び戻せるはずがなかった。なぜならあの世から来る側にも、現世にもどりたいという強いが必要だったからです」
「……私、死んでからずっと、現世にもどりたかった」
ルナが、ぽつりとつぶやくように話し始めます。
「あの男、ドライクに葬霊されてから、生き返りたくて、ずっと現世に戻りたくて、戻る方法を探していたの。そうしたら、小さな小さな穴を見つけた。現世につながる小さな穴を」
「――穴から出てきた少女の手を、わたくしはつかみました。そして必死に引っ張った」
「穴に差し込んだ手を、誰かの手が力強く引っ張った。私も必死に穴を通り抜けようとした」
「そしてわたくしは、ルナ様と出会った」
「そして私は、現世にもどった」
二人の出会いに、そんな経緯があったんですね。
なんだか運命的なものを感じます。
ティアはなんだか複雑そうに顔をしかめちゃっていますが。
あの世とこの世の理を乱してーとか考えてるのかなぁ。
「ルナ様、あなたはあのとき言いましたね。『この世にいたい。止まってしまった人生を、もう一度歩みたい』と」
「そんなの、今も変わっていない。だから自分の体を取り戻したいのに……!」
「あのときのわたくしは、その考えにいたく賛同した。だからこそ『生きてこそ』を教義とかかげるツクヨミを立ち上げた。ですが、近ごろ思うのです。『生きている』とはなんなのだろう、と」
「……?」
「生きている、とは単純に、肉体を持っていることなのでしょうか。肉体を持っていれば生きている、持っていなければ死んでいる。ただそれだけの違いなのでしょうか」
「なにが、言いたいの……?」
「じつは二週間ほど前、死んだ妹と再会できました。召霊術でこの世に呼び出されていたのです。そこの、ティアナさんに」
「……っ! あなた、トリス・カーレットたちとつながっていたの!? だから私のジャマをするの!!? あなたも結局、私を裏切っていたの!!!?」
「聞いてください、ルナ様。……フレンは、とてもいきいきとしていた。短い間でしたが、生前と変わらぬ笑顔で。その顔を見たとき、思ったのです。フレンは今、生きている、と。……だからこそ、少しばかりの暴走をしてしまいましたが」
少しばかりの暴走、ですかぁ。
アレ、かなり大変でしたよ?
痛い思いも怖い思いもしましたし。
「そこにいるテルマさんもまた、いきいきと過ごしていらっしゃる。幽霊とは思えないほどです」
「お姉さまとともに在りますからね! 生きてる時より元気かもです!!」
「だから……、なにが言いたいの……!」
「あなたは、生きています」
「……!」
「あなたの時間は止まってなどいません。動き続けています。あなたはまぎれもなく、この世を生きているのです」
「そんな、そんな気休めなんかで……っ」
「気休めなどではありません。あなたを聖女とする『ツクヨミ』の活動で、少なくない人数が助けられています。信徒もみな、あなたが生きていると信じている」
「だからって……、だけど……」
「『生きる』とは、この世の誰か、あるいは何かと関わりを持ち、多かれ少なかれ、変えていくことだと思うのです。まさにルナ様が当てはまるではありませんか。……もっとも、フレンやトリスさんたちとの関わりを通じ、わたくしが個人的に結論を出した基準ですが、それではご満足いただけませんか?」
「……。…………」
ルナ、黙っちゃいました。
じっとうつむいたまま、なにを思っているのでしょう。
やがて顔をあげ、レスターさんを見上げました。
その光彩が月の形に変わっています。
とっさに剣に手をかけるティアですが、首を左右にふって制しました。
大丈夫だよ、だから見てて、って。
「……この『眼』で見ても、ウソや出まかせなんかじゃない。おどろいた、本気でそんなこと言うだなんて」
「わたくしも驚きました。ルナ様のためとはいえ、ここまで心の内をさらけ出せるとは」
「……おかしな人ね。レスター、大僧正に正式にあいさつをする。共をしなさい」
「はっ!」
……うん、もうルナから、さっきみたいな悲しみ、怒り、恨みがごちゃまぜになったようなやるせなさを感じません。
あんなに頑なだったルナをあきらめさせちゃうだなんて。
きっとレスターさんとルナの、これまで過ごしてきた時間のおかげなのでしょう。
「……トリス・カーレット」
「は、はいっ!」
「私の体、大事に使いなさい。大事にしないと許さない」
「……! うんっ、もちろん」
「早く戻りなさいよ。あの体、生命活動がどうなっているのか知らないけれど」
「あっ……」
そ、そういえばずーっと魂抜け出ちゃってる。
あわてて近寄って確認してみると、すやすや寝息を立てています。
よかった、ただ寝てるだけみたい。
ホッと胸をなでおろし、安心しつつ体の中へ。
「……。……んーっ、戻ったぁ」
「お姉さま、おかえりなさいっ。本来のお姉さまも素敵でしたが、いつものお姉さまもキュートですっ」
「あ、ありがと。ともかく、これで一件落着――っ!?」
そのとき、背筋をとても嫌な感覚が走り抜けました。
背中に氷を押し当てられるような悪寒。
聖霊が出てくるときに感じる気配です。
けれど、不快感がぜんぜん違う。
ティアが呼び出す聖霊たちとはくらべものにならないほど、強い……!
「あ……ぐ……ぅっ、これは……っ!?」
「ルナ様っ、いかがなされました!?」
ルナもなにか、異常を感じたのでしょうか。
体をまるめて小さく震えだします。
心配したレスターさんが助け起こそうとしますが……。
「……問題ない。少し嫌なものが見えただけ」
「見えた……とは?」
「おそらく、アネットにつけた私の分霊が見た映像だと思う。牢がならんだ石造りのダンジョンを進む光景と、おぞましい聖霊の姿が一瞬だけ見えたの」
「えっ……?」
それって、私が夢で見た光景とそっくりなんじゃ……。
ですがルナの言葉に顔色を変えたのは、私だけじゃありません。
ティアも、でした。
「……間違いないの? 幻覚などではないのよね」
静かにルナに問いかけるティアですが、私にはわかります。
わずかな顔色の変化と発汗の上昇。
ティア、かなり焦ってる……?
「間違いない。現実の、リアルタイムの映像だった」
「そう……。ならば、急がないといけないようね。トリス、テルマ。先に本殿へもどっていて。私には行くべきところができたから」
「えっ? なんで一人で……? それに、いったいどこに……」
「……『聖霊の墓場』よ」