表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/173

86 星の瞳と月の瞳



 ルナの光彩が、月の形に変わりましたっ!

 で、ですが満月じゃないみたい。

 目のはしっこでしか見られませんが、三日月っぽい形です。


三日月の瞳クレセントムーン・アイズ


「そんなもの、直視しなければ――っ!?」


 な、なんとです。

 ルナが2人に増えました。


 いいえ、2人じゃありません。

 4人、8人、16人と、どんどん、どんどん増えていきます。


「な、なんでっ!? ティアも増えて見えてたりするっ!?」


「えぇ、増えてるわね……。これは……」


「狂気に堕とす瞳はね、あまりに強力な効果だから、直視させなければ効果がないの。しかしそれほど強力でない幻覚を見せる程度なら、直視させるまでもない。視界のはしに入れただけでも、なんなら空間に『力』として設置するだけでも効果を発揮する」


 ってことは、古戦場で見たあの幻覚。

 兵士さんの幽霊が襲ってきた設置型の幻覚トラップも、『月の瞳』の力だったんだ……!


「さぁ、わかる? 本物の私がわかるかしら」


「わからないでしょう? もしかしたら本物なんていないかも」


「こうしてあなたをけむに巻いて、逃げちゃうつもりかもしれない」


「それともそれとも、突然幻覚を解除して、目の前にいた、なんてことも」


「うふふっ、さぁどうする?」


 ティア一人なら、まずい状況だったでしょう。

 こういうときこそ私の出番。

 しっかりお役に立ってみせます。


 天河の瞳ミルキーウェイ・アイズを解除して、そのぶんの魔力を使って……開眼!


綺羅星の瞳トゥインクルスター・アイズっ!!」


 さぁ、これでバッチリ!

 幻覚なんて見破って、本体の位置をティアに教えてあげ、れば……。


「……っ、ど、どうしてっ!?」


 どうして、幻覚が消えないの!?

 きちんと綺羅星の瞳トゥインクルスター・アイズを発動しているはずなのに!

 古戦場での幻覚と同じなら、これで見破れるはずなのに……!


「残念だったね。真昼の太陽が照らす中、しかも設置して日が経った幻覚ならいざ知らず」


「月の夜、魔力が満ちるこの夜に、『星の瞳』が『月の瞳』に勝てる道理は存在しない」


「なぜなら星明かりなんて、月明かりよりずっとずーっと弱いから」


「満月の夜、星の光を月明かりがかき消すように。あなたの瞳は私に対して無力なの」


「そ、そんな……っ」


 つまり私、ホントのホントに役立たず……。

 こんなんじゃ、ティアの助けになってあげられないよ……っ!


 私の力、星の瞳じゃ月の瞳は打ち破れないだなんて。

 このまま黙って見ていることしかできないの……?


「っくふふ、悔しそうね。体を返すと言うのなら、あなたの大事な葬霊士さんは狂い死にせずにすむのだけれど?」


「……っ、ぅく、ティア……っ」


「トリス、ダメよ。言ったでしょう、安心して見ていなさい、って」


「う、うん」


 自信あるみたいだけど、でもティアの感知力ってEなんだよね。

 なにか考えでもあるの?

 それとも、ただ私を幽霊に戻したくないからムチャしてるだけ……?


「賢い選択とは言えないね。気が変わったらいつでも言って? 私の目的はあなたの肉体。誰かを殺すことじゃないんだから」


「あなた、この私を殺せる気? 笑わせるわね。大僧正の婆さんから逃げ出した分際ぶんざいで」


「……よっぽど狂って死にたいみたいね」


 あわわ、怒らせちゃってるよぉ……。

 ちゃんと勝算、あるんだよね……?


 分裂したルナたちが、ティアのまわりをぐるりと取り囲んで、ジリジリ距離をつめてきます。

 あの中に本体がいるのか、それとも全部幻覚なのか、それすらわからない。

 そんな中、ティアは静かに目を閉じました。


「あらあら、観念したのかな」


「幻覚の中ならば、目を開けていてもしかたないでしょう?」


「愚かだね。まぶたを閉じる程度じゃ、対策にもならないのに」


 そうだよぉ、ティア。

 もしかしたら『心眼』ってやつをやりたいのかもしんないけど、ティアの感知力Eだよ?


 ルナの分身がいっせいにおそいかかってくるけど、ほら、まったく反応できていません。

 身じろぎひとつしないまま棒立ちのティアに、ルナが霊気をまとった光弾を放って……。

 ……すり抜けました。


 あとから来るルナたちの攻撃も、ぜんぶティアをすり抜けて。

 そしてなんにもないタイミングで、とつぜんティアが身を伏せたんです。


「な、なんで……っ!?」


 霊気で拳を覆ったパンチを空ぶった状態のルナが姿を現しました。

 きっと動揺のあまり、でしょう。


「目を閉じたのはね、肌の感覚に集中するためよ」


 ヒュンッ!


 鋭く振られた双剣の片割れ、その切っ先がルナの腕をかすります。

 傷口から立ち上る黒いモヤ。

 ティアが先手を取りました!


「『月の瞳』に、私がなんの対策も取ってこなかったと思う? 普段以上に霊の存在に反応するマントを作ってもらったの。あまりに敏感すぎて、普段使いにはむかないけれど」


「マント、ですって……!?」


「ピリピリと静電気が起きるのよ。まるで羅針盤のように、あなたのいる方向が……いいえ、羅針盤以上ね。距離まで手に取るようにわかる」


 そっか、いくら幻を見せたとしても、本体はひとり。

 マントに幻覚なんて見せられないからね。

 これはチャンスです。


「さぁ、一気にいかせてもらうわよ」


「……っ、させない!」


 ルナはすぐに姿を消して、分身がいっせいにティアを襲います。

 だけど目をつむったままのティアは、まったく動じずなにもないはずの場所へ一直線。


「終わりね」


 ズバァッ!!


 なにもない空間を斬った、と思った次の瞬間。


「あ゛、うぅ゛……っ」


 胴体を深々と斬り裂かれたルナが、よろめきながら姿を現します。

 モヤモヤになるかならないか、ギリギリのダメージ。


 勝負ありです。

 これ以上の攻撃は必要ないでしょう。


「な、ぜ……っ。なぜ……っ、こんな……」


「恨むなら私を恨みなさい。トリスへの分も全て私にむけながら、あの世に逝くがいいわ」


 目を開けて、切っ先を突きつけるティア。

 トドメを刺すつもりなのかな。


 私、あの子と話したい。

 止めた方がいいかも――。


「なぜ、こんなにも簡単なのかしら」


「……っ!?」


 き、消えました。

 ルナがまるで幻のように消えて、次の瞬間。

 ティアの目の前で、無傷の状態で、目をのぞき込んでいたんです。


「『満月の瞳(ルナティック・アイズ)』」


「――っ、あ、ぐ……っ」


「ティア!!!」


 悲鳴に近い声が、私の口から飛び出します。

 満月の光彩、ヒトを狂気に陥れる直視の魔眼を、ティアが、まともに見て……!


「あー、引っかかった引っかかった。面白いくらいにハマってくれた」


「あ゛……っ、あぁ゛ぁっ、あぁぁ゛ああ゛ぁぁぁ……!!」


「ど、どういう、こと……? なにが、起こっ……」


「……幻覚がおよぶのは視覚のみ、なんて誰が言ったのかしら」


「……っ! ま、まさか……っ」


「そのまさか。『月の瞳』の起こす幻覚は、あらゆる五感に作用する。あの葬霊士が肌で感じていたとかいう、私の気配とかいうものも、全て幻覚の産物だったの」


「そんな、そんなそんなそんな……っ」


 絶叫しながら地面をのたうち回るティア。

 また今度も、腕を落として正気に……?

 でも、腕のいい治癒術師ヒーラーさんが霊山にいなかったら――。


「あぁ、そうそう。今回は分霊わけみたまの劣化した瞳じゃない。腕を切断するショック程度で、正気に戻れると思わないことね」


「……っ、こんなの、いや、いやぁ……っ!」


『お姉さま、お気をたしかに! まだ、まだきっと方法が……!』


「今すぐ、今すぐ解除して! 体、返すから! あなたに返すからぁ! だからティアを殺さないで……!」


『お姉さまッ!!』


「っふふ、賢いね。じゃあ早く返して? ……と言っても、どうやって返すつもりかな」


「そ……っ、それは……」


「あなた、自由に体から抜け出せる? 抜け出せないよね? つまり『ツクヨミ』が必要。さぁ、持ってきなさい。大僧正もあなたの頼みなら聞いてくれるはず。それまで狂気の進行は、この段階で止めておいてあげるから。さぁ早く」


「……っ、ぅぐっ、そ、それでティアが助かるなら……」


『ダメです、お姉さま! 考え直して!!』


「でも、テルマちゃん……っ」


「ト、リス……っ!」


「ティアっ!?」


「トリス、ぁぐっ、安心、なさい……! あなたは、ぁ゛っ、ああぁ゛ぁあ゛っ、はぁ、はぁっ……、私が、守る……っ」


 ティア、あんなにボロボロなのに、私のためにだなんて……。

 ホントに私、ずっと守られてばっかりだ。

 だから私も、私だって守りたい……!


 このままルナの言いなりになって、『ツクヨミ』を差し出すことがティアを守るってこと?

 ちがうよね。

 私も無事で、みんな無事で終わらせることだよね。


 だったら私……!


「今度は……っ! 今度は私が、ティアを守るっ!」


 カッ!


「な、なに……っ!?」


 ルナがひるみます。

 私も内心ひるみます。

 なんか一瞬、あたりが昼間みたいに明るくなったからです。


 そのあと、光がやんだかと思うと。


 とさっ。


「……ふぇ?」


 私のうしろで、私が座り込んでいました。

 魂が抜けたみたいにへたり込んだ私がいます。


「トリス・カーレット……。なんなの、あなた……。その姿、その瞳は……」


「えっ? ……えっ?」


「お姉さま? お姉さまなのですか?」


「えっ!? テルマちゃんまでどうしたの……?」


 ルナもテルマちゃんもビックリしてます。

 テルマちゃんの瞳にうつった顔を見て、私もまたビックリです。


「こ、これ、私……?」


 赤い髪に黄色い瞳。

 そこはいつもの私なのですが、すこし顔立ちが違っています。

 あと髪型も、肩まで下ろした感じです。


「お、お姉さま、もしかして魂抜け出ちゃってますか!?」


「……ぅえぇっ!!?」


 私、幽霊に戻っちゃったってこと!?

 それとも幽体離脱というやつでしょうか。


 けれど一番の驚きは私の瞳。

 いつもの星の瞳じゃなない。

 月よりもなお明るい、まるで『太陽』みたいな輝きを宿していたんです。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ