85 私と同じ声と顔
……あー、さすがに冷えてきたぜ。
日が沈んでからずっと、屋根の上で待機してんだもんな。
「ふわーぁ、ヒマだしさみぃし。なぁタント、煉獄の炎出してくんねぇか? 暖房代わり」
「そんなくだらないことに使えません。かなりの霊力を消費するんですよ、アレ」
「冗談冗談。ヒマで冷えるのはマジだけどなー」
しばらく組んで行動しているうちに、タントとも打ち解けてきた気がする。
が、あくまで『タント』として、だ。
どうしてもコイツとユウナが重ならねぇ。
同一人物と思えねぇ。
……じっさい、魂がいっしょなだけの別人なんだけどよ。
『ユウナ』が戻る気配もねぇし、これ以上オレと組ませても仕方ねぇような……。
「会食、そろそろ始まったころかねぇ。うらやましいよな、ぬくぬくした部屋でうめぇ料理食えるなんて」
「任務が終わったらボクらも、いかがです? ふもとの食事処で一杯」
「いいねぇ。……あ? なんだアレ」
マドがガラガラ、と開く音がしたと思ったら、キツネ面の女が飛び出していきやがった。
大急ぎで走っていって、崖を飛び降りて、すぐに姿が見えなくなる。
……こりゃぁ、なにか起きたな。
「……セレッサ。すぐに大僧正さんへ連絡を」
「おう。『メッセンジャー』用意するぜ」
ん?
今、呼び捨てで呼ばれたか?
……まぁいいや、そんなこと気にしてる場合じゃねぇ。
白い筒をコートの中から取り出して、フタを開けようとしたそのとき。
『セレッサ、タント!』
「うぉぉぉっ!?」
きゅ、急にババアの声がした!?
心臓を縮みあがらせながら顔をあげると、なんだ、『メッセンジャー』か。
大僧正からの使いだな。
『キツネ面の女を追え! 「月の瞳」に気をつけるように、いいな!』
「なるほどな。連絡を入れるまでもねぇってことか。追うぜ、タント!」
「はい! ……しかし、追うといってもどこへ逃げたのか――おや?」
またもマドが開く音がして、今度は違うヤツが飛び出してきた。
よたよた走って、いまにも死にそうな葬霊士が。
「……ありゃメフィだな。ティアナたちといるはずなのに、ひとりでなにやってんだ?」
「ひとまず降りてみましょう」
うなずき合って、すぐさま屋根から飛び降りる。
着地の音にメフィのヤツが悲鳴をあげながら飛び上がったが、まぁ想定内。
「わひゃぁぁぁっ!!? ななななななんですか誰ですかぁ!?」
「オレらだ、あわてんな」
「あ、セレッサさんにタントさん……。よかったぁ大僧正様の言うとおり助けにきてくれたんですねぇ」
「なにがあったのですか? トリスさんたちは……」
「あの人たち、聖女ルナを追っかけていきました。わたしはキツネ面の人を追うように言われて……」
「別々に逃げた、ってぇことか」
「わかりました。メフィさん、共に追いましょう」
「はぁぁあぁ心強いですぅ!!」
両手を重ねてクネクネしながら感涙してやがる。
一人で追うの、そんなに嫌だったんだな。
「しかし追うっつってもな。敵さん、すでに森の中だ。おいメフィ、感知得意なんだろ。なんかねぇのか」
「ありますよぉ! おまかせくださいこのメフィ唯一にして最大のとりえがコレ!」
おもむろに棺を開けて、犬の霊を出して、そいつを憑依させる。
半透明の犬耳と尻尾が生えたが、こいつは……?
「ブランカインド流憑霊術! これでニオイをたどっていきます!」
地面のニオイをクンクン嗅いで、四つん這いで走り出すメフィ。
まるっきり犬だが、これならヤツを追えるぜ。
「助かった。やるじゃねぇか、メフィ」
「うへへそうですかぁ? よく褒められる日ですぅ」
コイツもオレらがいっしょで心強いんだろうな、足取り軽く積極的に追っていく。
見失う心配はなさそうだ。
しかしキツネ面のアイツ、いったいどこに逃げようってんだ。
森の中にでも潜伏するつもりなのか、それともほかになにか狙いが……?
★☆★
失敗した。
失敗した失敗した失敗した……!
ブランカインドの大僧正に近づいて、体を乗っ取りツクヨミを手に入れる。
そういう計画だったのに。
老いぼれたはずの大僧正の力が、想定をはるかに上回っていた……!
……いいえ、まだチャンスはある。
教団が潰されないかぎり、ほかにツクヨミを手に入れる手段はいくらでもある。
「まずは、まずはアネットと合流しないと……」
乗っ取りに失敗した場合、アネットとは西に少し行った小さな草原で落ち合うことになっている。
森を抜け、予定の場所にたどり着いたはいいけれど……。
「まだ来ていない……? なにをしているの、先に出ていったはずなのに……っ!」
「……『キツネ面』のヒトなら、ここには来ないよ」
……その声。
その声はまぎれもなく、私の声。
私の肉体から発せられる、私自身の声。
自分の声なのに、なんで他人の口から出ているの?
言い知れない嫌悪感と腹立たしさを抱えながらふり向くと、いた。
成長した私の顔、私の体を乗っ取った、忌まわしい存在が。
葬霊士と亡霊をはべらせて、月の瞳の残滓でしかない『星の瞳』なんていうまがい物をきらめかせた、憎むべき敵。
「トリス・カーレット……ッ!」
「……っ」
ありったけの殺意と憎しみをこめてにらみつける。
目線をそらしたのは、『月の瞳』が怖いから?
それとも罪の意識から?
はたまた、単に殺気にあてられて?
……どれでもいい。
あなたとこうして相対してしまった以上、こちらももう、引けないから。
★☆★
天河の瞳でブランカインド全体を映すマップを出して、霊の黒いモヤモヤを追っていった先。
ふもとの森の少し先、少し開けた平原の中に、その子はたたずんでいました。
10歳くらいで赤髪の、幽霊の女の子。
ひと目見ただけで、あの子が私のなんなのかわかります。
だって私とまったく同じ顔、同じ声。
ただほんの少し幼いだけなんだもん。
「トリス・カーレット……ッ!」
「……っ」
とっさに、目をそらします。
もちろん『月の瞳』を直視しちゃいけないから。
けれど、他にも理由があると思う。
引け目とか、罪悪感とか、いろいろと。
だってあの子の声、表情、本気で私を憎んでる。
あそこまでの憎悪、憎しみ、負の感情をぶつけられた経験なんてありません。
「やっぱり、あなたがそうなんだね……? 私の、この体の……」
「アネットが来ない、とはどういう意味かしら」
質問、さえぎられました。
対話する意思なんて欠片もない、そんな拒絶を感じます。
たじろぐ私を見かねたのか、ティアがかわりに返答します。
「簡単よ。キツネ面の女は違う方向に逃げた。今、私たちの仲間が追っているけれど、こことはまったく見当違い。あっという間にマップの範囲から消えてしまったわ」
「そう、そういうこと。……はぁ、姉妹そろってつくづく使えない『協力者』」
「組む相手を間違えたのね、哀れなこと」
「哀れんでくれるの? だったらさ、あなたからも言ってやってよ。そこの『泥棒』に」
泥棒……かぁ。
たしかにこの子から見たら、私なんて泥棒だ。
「ねぇ、とうにわかっているのでしょう? あなたの『肉体』が本当は私のものだってこと。あなた、人助けが生きがいなのよね」
「……そうだよ、生きがい。むしろ本能。『ツクヨミ』に植え付けられたものだけど、悪くないって思ってる」
「だったら助けてくれない? 『ドライク』っていう悪い男に殺されて肉体を奪われた、『ルナ』という名のかわいそうな女の子のこと。あなたなら、助けてあげられるんだよ?」
「助けたいよ。助けたい。あなたはドライクの狂気が生んだ被害者だもん。助けてあげたいよ……!」
「優しいね。じゃあほら、早く返して。私の体、返してよ」
……正直、かなり揺らいでいます。
この子からすれば、ちがう誰かが自分の体に入り込んで別人として暮らしてる。
ガマンならないよね、わかるよ。
「ほら、返して。早く。今すぐ」
「……っ、私……、私は……っ」
「トリスは渡さないわ」
「そうです! お姉さまを悪く言うのやめてください!」
さえぎるように私の前に出て、私をかばうように立つティア。
私の中に飛び込んできて、神護の衣を展開するテルマちゃん。
二人とも、私を守ろうとしてくれている。
「この子もあなたと同じ、ドライクの被害者。一方的に責め立てるのは筋違いよ」
「お姉さまもお姉さまです! お姉さまが死んじゃったら、悲しむ人がいっぱいいるの忘れないでっ!」
「二人とも……。ごめんね、ありがとう」
……そうだよね。
体を渡したら、この二人を悲しませることになる。
寿命まであっちに逝かないって、フレンちゃんとの約束も破っちゃう。
そんなの、ホントの意味での人助けじゃない。
他になにか方法がないのか考えよう、本当の意味で人助けをしたいから。
なにが一番、この子のためになるのか、を。
「……ふぅぅぅぅ」
大きな、とっても大きなため息が、ルナの口から漏れ出ます。
心の底からあきれ果てた、そんなカンジのため息です。
「せっかく返してくれそうだったのに。ほんとジャマだね、あなたたち。おジャマ過ぎてイヤになっちゃう」
「あなたがトリスを狙う限り、どこまでも邪魔してあげるわよ」
『そうですそうですっ! お姉さまとおんなじ顔してるからって、テルマ絆されませんからっ!』
「わかった。わかったよ。なら邪魔者を片付けて、それからゆっくり取り戻すから」
「取り戻せないわ。私があなたを祓うもの」
背負った十字架から双剣を引き抜いて、片方の切っ先がルナにむけられます。
青白い月の光が刃先に反射して、きらめきました。
「絶対に取り戻す。まずは葬霊士、あなたを月の狂気にご招待しましょうか」