84 月夜の饗宴
本殿、食事会場。
縦長の大テーブルに並べられた料理の数々に、『ツクヨミ』のお客さん方が感嘆の声をあげる。
高山のヤギの乳で作ったホワイトシチューに、たっぷりとチーズをかけた高原野菜のサラダ。
魚卵を添えた渓流魚のあぶり燻製と、メインは大きなラム肉のステーキ。
肉の上にはトリスたちが採ってきてくれた、とびっきりのトリュフを煮込んで乗せている。
最っ高の山の幸さ。
思わずよだれがじゅるりと出らぁ。
並みの年寄りにゃぁ、ちっと重たいだろうがな。
「これは……。大僧正様、至れり尽くせりのおもてなし、まことに感謝の言葉もありません」
「いえいえ。心ばかりのものでしてな」
レスターが代表して頭を下げ、それぞれが席につく。
『とびっきり』のごちそうを用意してやったんだ。
ちったぁ感動してくれなきゃ張り合いがねぇやな。
しっかしこのレスターってぇ男、腹の内がまったく読めねぇ。
今日一日をともにして、個人的な部分がなにひとつわからなかった。
トリスたちは信用してかまわない、と言い切っているんだが……。
……まさかコイツか?
聖女サマの『乗り物』は。
「心の安らぐ『香』も用意しておりましてな。マリアナ、用意しな」
「はぁい」
両脇にひかえていた二人のうち、マリアナの方に指示を出したんだが……。
ウインクするな、『しな』を作るな。
誰を誘惑してぇんだ、テメェ。
マリアナがさらに事務方に指示を出し、じきに甘い香りがただよってきた。
コイツが霊をあぶりだすための香。
樹齢二千年を数える霊木から取り出した、霊験あらたかなひとかけらさ。
この香りの中で、霊山の力をたっぷり吸って育ったサンクトリュフを食えば、憑依霊なんざ一発で飛び出してくる。
「んん、これはいい香りだ」
「リラックス効果がありましてな。ささ、冷めないうちにお召し上がりを」
「では、僭越ながら。みなさま、いただきましょう。『生あること』に感謝を込めて」
「「「感謝を込めて」」」
胸の前で十字を切って、声をそろえて。
あれがツクヨミの『いただきます』なのかねぇ。
「……天地にまします聖霊よ、恵みに感謝を」
こちらも負けじと、って張り合ってるわけじゃねぇが、十字を切って祈りをささげる。
バッドマナーはいただけねぇよな。
「さすが聖霊信仰で名高い霊山。やはり聖霊に感謝をささげるのですね」
レスターのひとつとなりに座ったツクヨミの信者が、こっちに話しかけてきた。
コイツに取り憑いてる可能性もある。
しっかり見極めていかなきゃぁな。
「えぇ、えぇ。聖霊とはすなわち、天然自然の力の結晶。我々が生きていくために必要な恵みをくださるありがたい存在ですて」
本当、『力』だけならありがたい便利な奴らだよ。
道具扱いしてやらなきゃ、なにをしでかすかわかったもんじゃねぇ厄介者だがな。
「そんな聖霊信仰の総本山、そのトップを張るあなたなら、もしやご存じなのでは?」
レスターがスープをすすりつつ、会話を引き継ぐ。
「はて、なにをでしょうかな」
「『ツクヨミ』……という聖霊です」
「……なるほど、ツクヨミ。あなた方と名を同じくしておる」
「あやかりました。その秘めたる『力』に感銘を受けましたので」
「生きてこそ。あなた方の教義でしたな」
「そんなわたくしたちにとって、『死者を蘇生する』という能力はまさに理想。その力、ぜひともあやかりたいものです」
「……ふむ。見つかると、よろしいですな」
「――。……えぇ」
含みアリアリの返しだな。
ま、こっちがツクヨミをにぎってることなんざ、ハナからバレてんだ。
渡すつもりはないって意思表示、しっかり伝わっただろ。
……さて、話をしているあいだに、ほとんどのヤツがサンクトリュフを口にした。
そしてとうとうレスターも口にする。
食ってないヤツといやぁただ一人。
「……」
部屋の入り口に立って腕を組んでいるアイツ。
『キツネ面』の女だけだ。
アイツが聖女の分霊、つまり『月の瞳』を持ってることは知っている。
視線を合わせねぇようにしているが、むこうも今しかけてくるつもり、ねぇようだな。
ヤツに『聖女』の本体が憑いてる可能性も否めねぇが……。
「レスター殿。護衛の彼女、食事をとらないので?」
「仮面の下を見られたくない、とのこと。護衛の身分でもありますゆえ、ご容赦を」
「なるほど。残念ですが仕方ありますまい」
言いながら、サンクトリュフとラム肉を合わせて口の中へ。
咀嚼して飲み込んで……。
「う……っ」
カランっ。
レスターがフォークを取り落とした。
こりゃビンゴか……!
「うぐ……」
「ぐ……っ」
「ぐぁっ」
カラン、カラン、カランっ。
どういう、ことだ……!?
『ツクヨミ』の連中が次々に食器を取り落として呻きだす。
そして、全員の背中から――。
『吊りたいなぁぁ』
『もっと吊りたぁい』
『吊れますかぁぁ??』
飛び出してきた幽霊は、聖女ルナなんかじゃねぇ。
ふもとの森に現れる下級の悪霊たち、だと……!?
「ユーヴァライト、マリアナ! 急ぎ葬霊を!」
「承」
「承りっ!」
命令を受けた二人がすぐさま事態の収拾にかかる。
が、この事態。
明らかにこっちの動きを読んでのカウンターだな。
『キツネ面』の女も葬霊に加勢。
動き回りながら霊を斬っていき、俺の背後を一瞬、通り過ぎたタイミングで。
パチン。
なにかのフタが、開いた音がした。
★☆★
狙いは最初から、大僧正を乗っ取ること。
そのために私は、ブランカインド訪問を進めさせていた。
棺に身をひそめ、大僧正に近づき、取り憑いて乗っ取る。
そうすれば、『ツクヨミ』を手に入れたも同然。
棺から解放されたとき、目にしたものは背をむける大僧正と大騒ぎの食事会場。
憑依を解こうという相手の計画を逆に利用したこの作戦。
監視の目がゆるんだ休憩時間のあいだに森で捕まえた悪霊を憑依させ、私は棺に隠れて致命的なスキを見つけて解放する。
昼間、休憩時間に聞かされた計画のとおりに動いてくれたみたいね、アネット。
さぁ、今この瞬間、大僧正を守るものはなにもない。
その体、いただかせて――。
バチィッ!!
「あ゛ぅっ!!」
なに、弾かれた……!?
まさか、自分の体を常に霊力のカベを張って守っているとでも……!
「……やっぱりなァ。テメェ、ハナから俺の体が狙いだったかよ」
ゆっくりとふり向く老婆。
その視線の鋭さと、放つ殺気に体がすくむ。
しかもコイツ、絶妙に視線を外して……!
『アネット! 今すぐコイツを――』
――いない!?
どうしていないの、あの女!
いつの間にか会食場のトビラが開いて……。
逃げたというの!?
「あーあァ、せっかくの会食をメチャクチャにしちまって。どうしてくれんだ、あァ? 外交問題に発展しちまうなぁ聖女さんよーォ?」
「……っ!」
まずい、このババア普通じゃない……!
他の葬霊士ならともかく、コイツだけはムリだと直感で理解できる。
祓われる……!
逃げなきゃ、とにかく逃げなきゃすべてが終わる。
生きていたころの肉体を取り戻すという夢が、すべて……っ。
「く……っ」
あとのことは逃げたあとで考えればいい……!
後先考えられないまま、私はカベをすり抜けて、本殿の外へと飛び出した。
★☆★
そろそろ会食、始まったころかなぁ。
私たちは引き続き、会場の外で待機中。
何事もなく、無事に終わればいいのですが……。
ガシャァン!!
「え、えぇっ!?」
「わひゃぁぁっ!! なにごとですかぁ!?」
ビックリです、突然お皿の割れる音。
つづいて中から悲鳴とか、ドタバタ動き回る音なんかが聞こえてきて……!
「ティアっ、これどうするヤツ!?」
「落ち着いて。まずは中の様子を――」
バタァン!
「ひょわあぁ!!」
今の悲鳴はメフィちゃん。
音はトビラが乱暴に開け放たれたときの音。
そしてです、飛び出してきたのはなんと、『キツネ面』のヒトでした。
一目散に本殿の入り口の方へ突っ走っていったんです。
追いかけるべきか会場に踏み込むべきか、迷っているとさらに、なんと私にそっくりな女の子が、カベをすり抜けて外へと逃げていきました。
『キツネ面』とは、まったくちがう方向へ。
「えひゃぁっ、今度はなにぃ!!?」
もう半泣きでパニックなりかけのメフィちゃん。
私としても困惑しきり。
だって今のは間違いなく聖女ルナ。
キツネ面と、いったいどっちを優先すれば……。
「ティア、どっちを追っかける!?」
「ここは――」
ティアが決断しようとしたそのとき。
開け放たれたままのトビラから悪霊が飛び出してきました。
応戦しようとするティアですが、それよりも早く大僧正さんが飛び出してきます。
体を回転させながら、手にしたドスで悪霊を一刀両断。
着地すると同時、すかさず指示を出しました。
「何してる、さっさと聖女を追いな!」
「大僧正……! しかしキツネ面を放っておくわけには――」
「そっちはメフィにまかせる。アンタの力、追跡にうってつけだろ」
「……え? あの、今、なんとおっしゃって?」
「つべこべ言わずさっさと追うんだよ! ただし交戦は絶対に避けるように! すぐにセレッサたちも合流させるから安心しな!!」
「は、ひゃいぃぃぃ!!」
ほぼ泣きながら、圧に負けて走っていくメフィちゃん。
かわいそうですが、この状況じゃそれぞれに探知役が必要なんです。
仕方ないんです。
「俺ぁこっちを離れられねぇ。来賓方をパニックの中、放っておくわけにゃいかねぇからな。……トリス、お前の問題でもあるんだろ? ケリつけてこい」
「……はいっ!」
力強くうなずくと、大僧正さんはニコリと笑って、大パニック中の会食場へと駆け戻ります。
そして私たちも。
「トリス、急ぎましょう」
「お姉さま、お護りするのでご安心を!」
「うんっ! ……いくよ、天河の瞳っ!!」
逃げた聖女を追跡するため、全体マップを発動します。
月の瞳を持つ聖女。
あの子はきっと、私の体の……。
少しだけ怖いけど、ぜったいぜったい逃げちゃいけない相手です。
だから私は迷わず走り出しました。
先頭を切って、マップに浮かぶ黒い点のいる方へ。