82 たくさんとれてます
「ブランカインドの大僧正をしております、イータス・レイコールですじゃ」
「教団『ツクヨミ』代表の代理をつとめさせていただいております、レスター・イナークです。お会いできて光栄です、大僧正」
頂上本殿、迎賓の間。
『ツクヨミ』ご一行をお出迎えして、代表と握手を交わす。
この男、ティアナからの報告によれば味方らしいが……。
どうにも笑顔の裏が読めねぇな。
「『聖女』ルナ様はお体が優れず、遠出ができない身。わたくしなどが代理として参ること、平にご容赦を」
「いやいや、体の弱さはしかたのないこと。謝ることでもありますまい」
「そうおっしゃっていただけると、助かります」
……さて、残りのお供どももトリスの報告通りか。
パッとしない、霊力も大して強くなさそうな事務型の野郎が八人。
そして……。
キツネの面をかぶった赤髪の女。
ハッキリ言って、身のこなしが玄人のソレだ。
「こちらに控えるは葬霊士、『次席』のユーヴァライトと『四席』のマリアナ。ワシとともに今日、皆さんをご案内いたしますじゃ」
「ブランカインドの腕利きですね。どうぞよろしくお願いします」
「……宜しく」
「うふふ、よろしくっ」
二人ともそれぞれ握手を交わすレスター。
ま、案内役なんざ建前で、俺の護衛だっつうことはわかってるわな。
しかし、この二人であのキツネ面をおさえられるかというと……。
目算、二人がかりでなんとかってところかね。
「長旅でお疲れでしょう。今宵は会食を行いますでな、最高の食材を使った料理でおもてなししましょう」
「ほう、それは楽しみです」
あぁ、楽しみにしてな。
聖女の嬢ちゃん、もしもどっかにくっついてるんだったらな。
「では、本殿の案内をさせていただきましょうかの」
「ブランカインドは『聖霊信仰』の聖地としても有名。こちらとしても興味深いものが見られそうです」
さて、キノコ狩りなら心配ねぇだろう。
あとは夜になるのを待つばかり。
いったいどう転ぶか、『ツクヨミ』がなにを仕掛けてくるか。
問題はそこ、だねぇ……。
★☆★
落ち葉の下からにおう、ほのかな臭み。
鼻を近づけて嗅いだりしたら、また悲鳴をあげちゃうでしょう。
ニオイのするあたりの落ち葉を取り払うと、ありました。
高級食材、黒くて丸いキノコです。
「……っぷぅ。これで五個め、っと」
ひじにかけた編みカゴに放り込みます。
そんな私をキラキラした目で見つめるテルマちゃん、とってもかわいいですね。
「お姉さま素敵ですっ! 感知力に、ますます磨きがかかってますねっ」
「えへへ。……でも、集まれば集まるほど集めづらくなりそう」
なにせ落ち葉の下からただよう、わずかなニオイをたどるわけですからね。
カゴにニオイの素がたまればたまるほど、ニオイがかき消されるわけで。
「数を集めるなら、メフィちゃんにお願いした方がよさそうかなぁ」
「……ティアナさんに持たせればいいんじゃないですか? あの人、ボンヤリついてきてるだけですし」
「んー、そうだねぇ。でもまだもうひとつふたつくらいなら拾えそう!」
かろうじて、まだニオイをたどれます。
作戦成功に貢献するためにも、ひとつでも多く拾っていきましょう。
「えーっと……、すんすん。こっちだね」
ニオイをたどって、とある木のそばへ。
そこから少し離れたところの落ち葉をどかして見てみると……。
「あったっ、6個めっ」
よしよし、ノルマあとひとつっ。
……勝手にノルマ作っちゃってますが。
そろそろテルマちゃんの言うとおり、ティアに持たせておこうかなぁ。
「とれますか?」
「はい、たくさん採れてますっ。……えっ?」
「そうですか、とれますか。それはよかった」
『上』から聞こえた声に、思わず普通に返事しちゃったけど……。
どうして上から聞こえたの?
そもそもこんな森の中、いったい誰がいるっていうの?
おそるおそる、そーっと上を見上げてみると。
「ひ……っ」
太い木の枝に、ヒトが、ぶら下がっていました。
顔を青くうっ血、膨張させた、首つり状態の幽霊が、ならんで三人。
私のことを見下ろしていたんです。
「あなた、とれるんですね、首。だったら苦しくない」
「吊っても苦しくない」
「とれるんだから、首」
「うらやましいなぁ」
「見せてほしい」
「吊っても平気って、見せてほしい」
『歪んで』る……、全員が間違いなく。
みんながみんな、きっと私のことを吊ろうとしてる……!
しゅるしゅるしゅるっ。
どこからともなく首を吊るための輪っかが出てきて、私にめがけて飛んでくる。
このままじゃ、このままじゃ私……っ!
「させません!」
バチィッ!!
間一髪、テルマちゃんが私の中に飛び込んで、神護の衣を発動してくれました。
縄は弾かれて灰になり、続けて後ろから、
「苦しいのならあなたたち、その縄切ってあげようかしら」
ザンッ!!
ティアの二刀の剣閃が、三人分の首つり縄を断ち切ります。
霊たちは真っ逆さまに落下して、無防備なところをティアに斬られて人魂になりました。
「……片付いたわね。トリス、無事?」
ミニ棺で魂を吸引しつつ、涼しい顔のティアとは対照的。
青ざめながら心臓バクバクの私です。
「う、うん……。テルマちゃんが守ってくれたから……。ありがとね」
『いえいえ。お褒めの言葉もご褒美も必要ありません。当然のことをしたまでですのでっ』
いい子だなぁ、あとでご褒美あげよう。
「それにしてもビックリしたぁ。ブランカインドの近くにも、悪霊なんて出るんだねぇ」
「ある程度以上近づくと神聖な霊気に弾かれるけれど、この森くらいの距離なら逆にすごしやすいみたい。訓練生や新米の葬霊士が研修がてら祓っているのだけれど、それでもどこかからやってくるのでしょうね」
「訓練生……。じゃあ、すっごく弱い霊ってこと、だよね……」
「そうね。そのランクでも対応できるような――どうかした? 浮かない顔だけれど」
「あ、いや、なんでもないっ。それよりキノコ探しだよっ。ほらティア、これ持ってて」
気持ちを読まれたくなくって、キノコ入りのカゴを押し付けます。
それから新しいカゴを取り出して、元気なフリをしつつ探索再開。
『……お姉さまっ。お姉さまはじゅうぶん、皆さんの助けになっていますよ?』
「テルマちゃん……」
「そうよ、トリス。あなたにはあなたの役割がある。私にできないことを出来るあなただからこそ、私と同じことまで出来るようにならなくていいの」
「ティアまで……。困ったなぁ、二人とも全部お見通しなんだもん」
『当たり前ですっ。いつもおそばでずーーーっと見ていますので!』
「……私だってテルマに負けないくらい、トリスのことを見ているつもりよ」
あぁ、大事にされてるんだなぁ。
だからこそ思っちゃうの。
もっともっと、力になりたいって。
弱い霊にも負けちゃうような、へなちょこでよわよわな私だからこそ。
ティアと同じふうなチカラなんて望まないから、もっともっと、私の力をのばしたい。
たとえば私が憑依霊まで見分ける感知力を持っていたなら、キノコ狩りに行かなくてもすんだんだもん。
「ありがと、二人とも。……ところでティア、その……。メフィちゃんは……? どこにも見当たらないんだけど……」
「……どこかにいるでしょう。腐っても十席よ」
「腐っても」
だ、大丈夫かなぁ……。
私みたいに霊に襲われてたら……。
――ぎいぃぃぃやあああぁぁぁぁぁぁ!!!
「いっ……!? 今の声、メフィちゃんだよね!?」
「そうね。悲鳴が聞こえたわね」
「なんだってそんな冷静なのぉ! ほら、急がなきゃっ!!」
やる気のないティアの手を引っぱって、悲鳴の聞こえた方へと急行。
すると……。
「いいいぃぃぃやあぁぁぁぁ!! 来ないで、来ないでぇぇ!!」
『げっ、ぎょっ、あびょっ、ぶぎゃっ』
そこにいたのは半透明の猫耳と猫しっぽをつけたメフィちゃん。
指先には同じく半透明の爪があって、それでズバズバ斬りまくってます。
……悪霊に馬乗りになって、顔面をズバズバと。
「もう消えてっ! 消えてぇぇえ!!」
『ぎょっ、ば……っ、……っ、……』
「だから言ったでしょう、心配いらないって」
「……う、うん、そうだね。むしろこれ、悪霊さんがかわいそう……」
ちなみにわきに置かれたカゴには、いっぱいに黒いまんまるキノコが入っていました。
近寄りがたいニオイを漂わせて……。