81 キノコ狩りへ行こう
あまりに意味のわからない任務内容に、その場のみんながきょとんとするかと思いきや。
上位ランカーのみなさん、ティアもふくめて納得のご様子です。
「しょんな、しょんな重要なお役目、わらひにぃ、あへはへぇ……」
十席ちゃんにいたっては、泡吹いて倒れそうになってるし。
知らぬは私とテルマちゃんのみ。
「……あのぉ、どういうことです?」
「その前にトリス。『ツクヨミ』ご一行の中に幽霊――聖女『ルナ』の姿はなかった。間違いないね?」
「はい。しっかり確認しました。毛穴まで」
「よろしい。……毛穴!? ……こほん、よろしい。それがどういうことか、わかるか?」
「えーっと……。『ルナ』は来ていない、もしくは誰かに取り憑いてたり、棺の中にいたりして隠れてる?」
「ご名答、賢い子だね。つまり言い換えれば、『ルナが来ているか、来ていないのかすらわからない』」
ですねぇ。
動向がわからないことがわかった、ってだけです。
「まず棺に隠れている可能性。これは低いと考えていい。出てこなければ『外の様子』が見えず、来た意味がねぇからな。かといって、葬霊士が山といるこの場で棺から出てきたら……」
「あっという間に見つかっておしまい、ね」
「あぁ、だからいったん、可能性から外しておく。で、憑依の可能性についてだが。人体に霊が憑依しているか否か、自力での感知は非常に難しい。我がブランカインドの誇る除霊屋たちでも、全員が器具の補助を用いている。それでも隠れるのがうまい霊には通じねぇ」
「あ、私もまだ、憑依霊の感知だけはできないんですよね……」
「できたら人間技じゃあないねぇ」
ニヤリと笑う大僧正さん。
そこまで上り詰めてみな、ってカンジの激励を感じました。
「えっと……。だとしたら、憑依のうまい幽霊さん相手だと完全にお手上げ、ってことですか?」
「ブランカインド一千年の歴史をナメちゃいけねぇ。もちろん方法はある。サンクトリュフ、って知ってるかい?」
「あ、知ってます、たしかキノコですよね! お高いやつ!」
「そいつの採れたて、早ければ早い方がいい。24時間以内なら理想的さ。霊山の霊気をたっぷり吸って育った新鮮なそいつを食わせて、霊をあぶりだす香を嗅がせると、どんな霊でも息をひそめていられなくなる。たまらず飛び出してくる、ってわけだ」
「……テルマ、ソレぜったい嗅ぎたくないです」
しかもテルマちゃんの場合、私とつながっちゃってるからねぇ。
逃げたくても逃げられない地獄が始まってしまう……。
「なるほど。それでキノコ狩り、なんですね」
「あぁ。会食に出す用だからね、ざっと30個。新鮮なヤツを採ってきな。感知にすぐれたトリスとメフィにうってつけの任務だろ?」
「……私は?」
「ティアナは黙って二人を見てろ」
「……」
「トリスを狙ってやがる、月の瞳の持ち主がいるかもしれねぇんだろ。もし襲ってきた場合、お前以外に太刀打ちできるか?」
「任務、承ったわ」
ファサァ、と長い髪をなびかせて堂々と、クールに決めたけどね、ティア?
その数秒前に、ものすっごい不服そうな顔してたの、見てたからね?
「重大任務、じゅうだいにんむぅ……。もしもキノコが見つからなかったら? わらひのしぇぇでみちゅからなかったらぁぁ」
……この子も感知が得意、らしいけど、大丈夫なのかなぁ。
このうろたえ方を見ていると、ちょびっと不安に思えるのでした。
★☆★
ブランカインドの、鬱蒼としげる森の奥。
落ち葉のつもった木々の合間を、ゆっくりゆっくり進んでいきます。
「そろそろだねっ、サンクトリュフが生えてるって場所!」
「ですねっ。しかしお姉さま、こう落ち葉がつもっていては探せないのでは?」
「うーん、ブタさんを使って探す、って聞いたことがあるようなないような。でもブタさんなんて連れてきてないし、私も耳や目には自信あるけど、鼻ってあんまり……」
「あんまりなんですか? 意外ですっ」
「思いっきり集中したら、そのヒトが今朝食べたものが食材までわかる、とか、その程度だよ。ワンちゃんやブタさんにくらべたら全然なんだぁ」
「充分にすごいですよ、お姉さまっ! さすがです!!」
「そ、そうかなぁ。えへへ……」
褒められるのにもちょっとずつ慣れてきましたが、やっぱりくすぐったいですね。
……さて、さっきから会話してるの、私とテルマちゃんだけなのにお気づきでしょうか。
ティアは森に入ってから、黙ってうしろをついてきています。
黙って二人を見てろ、という大僧正さんの命令を忠実に守っているのでしょう。
どうしよう、そういう意味じゃないよって教えてあげようかな……。
そしてもうひとり、十席のあの子はというと。
「えっぐ、えっぐ……。無理です、ムリれしゅぅ」
「…………」
ティアに首根っこをつかまれて、ずるずる引きずられています。
無言で引きずっているために、ティアの圧が三割増しです。
「えーっと……。まずティア、しゃべっていいんだよ? 大僧正さん、ホントに無言でいろって命令したわけじゃないの」
「……そう。よかったわ、息苦しかったの」
「うん。あと手、離してあげてね」
「わかったわ」
「よし。で、えーっと、メフィちゃん……だっけ」
パっ、と手を離されて、解放されても逃げようとはしないみたい。
ただただその場に崩れ落ちて、動く気力もないだけかもですが……。
「ひゃひゃひゃひゃいっ! わたくしメフィル・シュトラムと申しますですっ!」
「そっかそっか。うん、まずリラックスしよう。深呼吸してー。りらーっくす、りらーっくす……」
「リラックス……、すぅー、リラックスぅ、はぁー……」
……よし、すこしだけ落ち着いたようです。
さて、大僧正さんによればこの子、キノコを探すのにうってつけの人材らしいのですが、果たして。
「まず聞いていい? メフィちゃんって感知が得意なのかな?」
「い、いえ……。わたしはそんな、特にとりえもない低スペックなへっぽこ葬霊士で……」
「でも『十席』なんだよね?」
「お、お、恐れ多くも十席になってしまいましたぁ……」
「ホントにへっぽこだったらなれるわけないよっ。ね、なにか特技、あるんだよね?」
「……えと、動物霊を、ですね……? 自分に取り憑かせて……」
「うんうん」
「その動物のフルスペックを、発揮させられる……的な?」
「わぁっ、すごい!」
「……すごい、のでしゅか?」
「すごいよぉ。ね、ね、やってみせてっ」
きっとこの子、私と同じで褒められ慣れていないんだと思います。
だから自分に自信がもてないのかな、って。
こういう場合、褒めちぎってあげれば自信がつくんじゃないかと。
この私のように!
「わ、わかりましたぁ……。で、では……。た、たしかブタさん、でしたよね……?」
メフィちゃんがコートの中から黒い棺を取り出しました。
フタを開けるとブタさんの霊が出てきます。
ちいさな子どものブタさんです。
『ふごっ、ふご……』
鼻をフゴフゴ鳴らしてかわいいです。
「え、えーっと……。ブ、ブランカインド流憑霊じゅちゅっ!!」
噛みましたね。
ともかくメフィちゃん、霊力をこめて片手をかざします。
するとブタさんが手の中に吸い込まれていって……。
「ひょ、憑依成功……、ですっ!」
どことなくドヤ顔なメフィちゃん。
半透明のブタさんの耳が、頭の上にちょこんと出ています。
「おぉ! お耳かわいいねぇ!」
「そ、そうでしょうか……。えへへ……」
「これでキノコも探せるのかな?」
「や、やってみますっ」
ふんす、と気合を入れて、おもむろに四つん這いになりました。
それから落ち葉に鼻を近づけて……。
「ふごふご、ふごふご……」
ブタさんみたいに鼻を鳴らして、キノコを探し始めたみたいです。
しばらくニオイをたどってから、おもむろに落ち葉をどかして……。
「あ、ありましたぁ!」
その手に黒くて丸いキノコをかかげます。
サンクトリュフ、見事に発見です!
「すごいすごいっ! これなら必要なぶん、すぐに集まっちゃうよぉ」
「そ、そんなこと……ありますかねぇ。にへへ」
「あるあるっ! どんどん見つけていこっ。……あ、と、その前に。ちょっとそのキノコ、貸してくれるかな」
「はいどうぞ!」
ポン、と渡してくれました。
私も探さなきゃなので、このキノコのにおいを覚えましょう。
思いっきり集中して、全神経を鼻に集めて。
近づけてスンスンと嗅いで、と。
「……くっさい!!!」
なにこれ!!
なんか洞窟のガス漏れみたいなニオイがしますよ!?
毒キノコなんじゃないですか、これ!
「あぅあぅ、大丈夫ですか……? もしかしてわたし、間違えちゃったんじゃ……」
「……いえ、間違いないわ。これで合ってるわよ」
「うぅぅ、鼻が曲がる……。メフィちゃんよく平気だね……」
「ブタさんにはいい匂いに感じるようでして」
メフィちゃん、キノコを返すと背中のカゴにポイっと入れます。
これがいい匂いなんだ、ブタさん……。
「一説にはブタの出すフェロモンに似ている、とも言われていますね、はい」
「物知りだね、メフィちゃん。しゅごい」
「そうですかっ、てへへ。じゃ、じゃあどんどん探しますねっ」
私の褒め殺し攻撃で、どうやらすっかり自信を持てたよう。
ウキウキでサンクトリュフの捜索をはじめました。
調子に乗りやすいのかな?
かわいいですね。
ちなみに私、ニオイで呂律がまわりません。
「あの、お姉さま……?」
「うん、にゃに?」
「……妹は、テルマだけですよね?」
「……? もちろんだよ」
「ですよね、信じてますからね?」
……テルマちゃん、もしかして焼きもち?
ともあれ、あんな強烈なにおいなら私にも探せそうです。
キノコ狩り、頑張っていきましょう。