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08 聖なる衣に守られて



 テルマちゃんが私の体に吸い込まれた直後、体が、口が勝手に動き出します。


しゅの加護よ、百の難から我が身を守りたまえ――」


 少しおどろきました、ほんの少しだけ。

 けどテルマちゃんを信じるって決めたから、すぐにあの子に身を任せます。


「――神護の衣」


 高々と手をかざすと、私の上にテルマちゃんが着ていた衣を半透明にしたものが現れました。

 その直後。


「わっ!」


 とつぜん体の自由がもどってきて、バランスを崩しちゃいます。

 ぺたんと座り込む私の上に、ひらひらと落ちてきた衣が覆いかぶさりました。


「……これが『守護魔法』?」


 見た感じ、透明なだけの衣です。

 とりあえず頭からかぶってみてるけど……。


「はい、お姉さまっ! ダメージや霊的接触ならおおよそバッチリ防げますっ!」


「おわっ、テルマちゃん!?」


 私の肩のあたりから、にゅっと顔出すテルマちゃん。

 半透明で、上半身だけ体の中から出てきてる光景を目にすると、改めてこの子が幽霊なんだと実感させられるなぁ。

 ……っていうか、お姉さまって。


「ただし、衣の中から体の一部でも出さないでくださいね」


「出したら……、どうなるの……?」


『そうだよぉ。どうなるのぉぉぉぉ???』


「ひぎゅっ……」


 いつの間にか私の顔をのぞきこむようにしてしゃがんでる、半分の悪霊。

 指で衣をつまもうとすると、


 バチンっ!!!


 火花が散って、悪霊が指を引っ込めた。

 指先から煙が上がってるし、どうやら効いてるみたい。


「こ、この中にいれば、安全なんだ……」


 バクバク、バクバク。


 心臓が早鐘のように鼓動を刻む。

 もしも衣から体の一部がはみ出てしまったら、どうなってしまうのか。

 テルマちゃんに聞くのも怖くて、嫌な想像を必死に振り払う。


『どうなるのかぁなぁぁ? はんぶんに、割れないのかなぁぁぁ??』


『そうだね、われないね。こまったよねぇ』


「えっ?」


 真後ろから聞こえた、もうひとつの声。

 恐るおそるふりむくと、立っていた。

 『右半身』が真後ろに立って、満面の笑みで私を見ていた。


『割りたいのにぃぃぃ。割ってなかみをぉぉぉ、みたいのにぃぃぃぃ』


『わりたいね。そうだね。そうだよねぇ』


 同じようにしゃがみ込む『右半身』。

 左半身といっしょに、地面を指先でコツコツと叩き始める。


『割れないかっ、なぁぁあぁっ??』


『割れるといいね。割りたいねぇ』


 コツコツ、コツコツ。


 右半身と左半身は、地面を叩きながら私のまわりをぐるぐる回り始めた。

 しゃがんだままの姿勢で。

 私のことをじっと見たまま、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると。


「っ、はっ、はぁ、はぁっ……」


 怖い。

 意味がわからない。

 この行動になんの意味があるの?


 足が震える、口の中がカラカラにかわく。

 手汗で衣を支える手がすべりそうになるのを、必死にこらえていると。


「お姉さま、落ち着いて。大丈夫です」


 そっと、私の手にテルマちゃんの手が添えられた。

 半透明だし憑りつかれてるし、触られている感触はないけれど。


「一人じゃないです。テルマが、いっしょですっ」


 にこっ。


 微笑むテルマちゃんの手は、小さく震えてた。

 ……そうだよ、この子だって不安なんだ。

 私が怖がってちゃダメ、気を強く持たなくちゃ。


「……ありがとっ。しっかりしなくちゃダメだよね」


 意味わかんないことしたって、どうせ何にもできないんだ。

 ティアナさんさえ来てくれれば、こんな悪霊すぐにやっつけてくれる。

 それまで頑張って耐えればいい、それだけの話なんだ。


『でーきたできたぁぁぁ』


『できたね。これで割れるかなぁ』


 悪霊が周回をやめて、なにか喜んでる。

 なんだかわかんないけど、もう怖がらないからねっ!


『『そーれっ』』


 半分同士が同時にバンザイしたその時。



 目の前の風景が、ガラリと変わった。

 霧につつまれた石畳の街。

 なぜか衣がない、テルマちゃんも感じない。

 あちこちから、シャキン、シャキン、と刃物のこすれる音が聞こえる。


「な、なに、これ……」


 わからない、何が起きているのかわからない。

 もたもたしているあいだに、刃物の音はどんどん、どんどん近づいてきて。


『見ィつけたァ』


 大きなハサミを左右それぞれで持った右半身と左半身が、霧の奥からあらわれた。


「ひっ――」


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ……!

 捕まったら、捕まったら半分に割られて……っ!


 命の危機を感じて、がむしゃらに走り出す。

 でも、石畳のでっぱりにつまずいて、


「あ゛うっ!!」


 思いっきり転んで、足首をくじいてしまった。

 立てない、痛くて立ち上がれない。

 もがくあいだにも悪霊はどんどん近づいてきて、そして……。


『つかまえた、よぉぉぉぉ??』


『割ろうね、わっちゃおうね。まずはどこから?』


『まずは、足からぁぁぁぁぁ』


 ザクッ。

 じょきっ、じょきっ、じょきっ。


「いっ……! ぎああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 足がどうなったのか、怖くて見れなかった。

 とにかく今まで味わったことのないような激痛が走って、出したことない悲鳴が口から飛び出す。

 痛みと恐怖で目の前がはじけて、視界がわずかに揺らいだそのとき。


(……あれ?)


 なにか、違和感があった。


(なんだろう……。この風景、何かが違う……?)


 何が違うのかわからない。

 でもよーーく目をこらして、それでも足りないから魔力を集めて、自慢のよーく見える眼で、最大限まで眼をこらす。

 すると、とつぜんに視界が弾けて……。



「――さま、お姉さまっ!!」


「……あ、え? テルマちゃん?」


 気づけば元の場所。

 心配そうに私を見てるテルマちゃんに、衣を持って支えてる私。

 足にもどこにも、ケガなんてひとつもない。


(もしかして、幻覚?)


 この悪霊、幻覚を見せる力があるってテルマちゃんが言ってたよね。


「お姉さま、とつぜん一点を見つめたまま黙ってしまって。とっても心配したのですよっ」


「ご、ごめん。もう平気だから」


 この衣、直接的な攻撃なら防げても、精神攻撃みたいなものは防げないみたいだ。

 でももう幻覚の破り方はわかった。

 それと――何かをつかんだかもしれない。


『おかしぃいなぁぁ???』


『もどったねぇ。割れなかったねぇ』


『じゃぁあ、もういっかい、いっとくぅぅ??』


「やめなさい。なにをする気か知らないけれど――」


 そのとき、聞こえたのはあのヒトの声。

 待ち焦がれたあのヒトの、聞き惚れそうな凛とした声。


 シュパッ!!


 直後、きらめく白銀の剣閃。

 悪霊たちは蜘蛛くもの子を散らすように、左右に飛びのいて身をかわす。


「この私が来た以上、全てが徒労に終わるから」


「ティアナさん……っ!」


 二本の短剣をかまえて、黒いコートをひるがえすその姿。

 安心感から涙がにじんでしまいます。


「ごめんなさいね、トリス。少し迷ってしまったわ」


「待ってましたよっ、ほんとにぃ」


 ……あれ、呼び捨て?

 まぁいいや、『お姉さま』も呼び捨ても、追及するのは全部片付いたあとにしよ。


「お姉さま、あの方がティアナさんなのですね」


「うんっ。とっても頼りになって、かっこいいのっ」


 ホント、かっこいいよねぇ。

 立ち姿も凛としてるし。


『なんか来たねぇ』


『来たきたきたぁぁぁぁ。こいつも、はんぶんこするぅぅぅ??』


「ムダだと言っているでしょう?」


 ギュンッ!


 素早く悪霊につっこんで、二本の剣をふるうティアナさん。

 悪霊も負けず劣らず素早いけれど、やっぱりあのヒトの方がずっと上。

 右腕と左腕、それぞれ肩から斬り落としちゃいました。


『いひっ』


『いたぁぁいけどだいじょうぶぅ』


 ところが、すぐに両腕が生えてきます。

 再生できちゃうんですか!?


「……小柄な見た目に見合わずに、ずいぶんとたくさんの魂を取り込んだようね」


 そっか、坑道の霊は魂を取り込んで肥大化してた。

 でも、こっちの悪霊は小さな見た目をしてる。

 あの悪霊と同じかそれ以上に、テルマちゃんのお仲間さんを吸収してるのに。


 その違いは、つまり密度の違い。

 この悪霊の方がずっと力を圧縮できてて、ムダが少ないんだ。


(つまりは集合霊。なら――)


 核を狙えば一撃で倒せるはず。

 さっき幻覚を破った時につかんだコツ、さっそく今が使いどき!


「ぬぬぬぅ……!」


 坑道では偶然なのか命の危機なのか、自然と出来てたこの力。

 瞳に魔力を集中して、視線をよーくこらしにこらして。

 いったんまぶたを閉じてから……開眼!


「……見えた!」


 悪霊の核、中にとらわれた幽霊たち。

 戦っている悪霊とティアナさんの動きまで、気味が悪いほど手に取るようによくわかる。


「お姉さま、瞳が……。まるで綺羅星のように光り輝いていますっ、とってもキレイですっ」


「えへへ、ありがとっ。自分じゃ見えないけどね」


 全てを見通すこの眼でも、自分の瞳は見えません。

 それはさておき、悪霊の核の場所を教えなきゃ。


「ティアナさん! 核の場所が見えました!」


「さすがね。あなたを連れてきてよかったわ」


「ありがとうございますっ! 核はそれぞれ半分ずつ、首の下の拳半分くらいの位置に埋まってます!」


「半分ずつ――。成程ね、少々面倒……といったところかしら」


「少々面倒なのですか!?」


「おそらく核をまったく同時に斬らない限り倒せないわ。トリスを待たせてしまった分、時間はかけたくないのだけれど……」


 『半分』の右と左が楽しそうに踊る中、ティアナさんは双剣を十字架の鞘に仕舞います。

 丸腰なんて危ないんじゃ――、とか思っていたら。


「……そうね、ここは猫でも霊でも手を借りて、さっさと終わりにしましょうか」


 なんと手を伸ばしたのは、十字架の縦むき、長い方の先端部分。

 背中に背負った剣を抜くようにして、スラリと『長剣』が抜き放たれます。

 短い二本の剣以外に、もう一本仕込まれていたんですね。


 ティアナさん、その長剣で戦うかと思いきや、なぜか地面にブッ刺して……?


「覚悟はいいかしら? いくわよ、ブランカインド流()霊術――」



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