78 おうちへ帰ろう
着替えを取りに行ったレスターさん、無事にもどってきてくれました。
これからはブランカインド訪問の手続きを進めていくとのことです。
それから、キツネ面のヒトがモナットさんと同じく『月の瞳』を持っていると教えてくれました。
大事な情報、ありがたく持ち帰らせていただきましょう。
それから特になにごともなく、無事に配給が終わって、その翌日。
私たちは中央都ハンネスを立ちました。
道中でも月の瞳の刺客に襲われるなんてこともなく、ティアとテルマちゃんとのほほんしながら旅をして、無事にブランカインドに帰還した私たち。
そして、今。
大僧正さんのお部屋の前で、三人緊張の面持ちです。
いろんなことがあったおかげで記憶の彼方に飛んでるかもですが、そもそも中央都には猫探しに行ったわけで。
猫さん、すでに昇天してたわけで。
任務失敗。
しかしてゼニは全額支払い。
果たして大僧正さんの機嫌やいかに。
コンコン。
ティアがトビラをノックすると……。
「おぉ、戻ったか! いいぜ、入んな!」
……どうやら、とっても機嫌がよさそうです。
安心して部屋に入ると、ニッコニコで出迎えてくれました。
「いやはや、ご苦労!! さすがは『零席』だね! いい仕事してくれた!!」
「……どうも」
「え、えぇと……。一応、任務失敗なんですよね?」
「失敗なモンか! ハナから昇天しちまってて、どうしようもなかったんだろう? その中でベストを尽くした! あっぱれだよ、あっぱれ!! キーッヒッヒッひっひっひっひっひっひぃ!!」
うわぁ、わっるい笑い声。
ゼニが入ればなんでもよさそう。
「しかもだ、召霊術によるアフターケアまでバッチリと来たもんだ! いいぜぇ、顧客満足度ガンガン上げていこうぜぇ?」
大僧正さん、もう小躍りしてます。
よっぽどの金額が入ったんだろうなぁ……。
「報奨金、今回は弾んどくよ! ご苦労だったね、下がりな」
「……ちょっと、いいかしら」
「あぁ? どうした、深刻そうな顔してよ」
ティア、あの話を切り出すんだね。
内容が内容なだけに『メッセンジャー』にも託せなかったあの話を。
「『ツクヨミ』について、いろいろとわかったの」
「……そりゃ、本当か」
大僧正さんの表情も、一気にマジになりました。
ゼニに浮かれてた強欲おばあちゃんなんて、もうどこにもいません。
眼光鋭く、殺気すら感じてしまいます。
「奴らの詳細、『斥候』ですらまるでつかめねぇ。報告がことごとく曖昧なんだ」
「当然でしょうね。『月の瞳』にかかれば、潜入したスパイなんて簡単に見抜けるのだから」
きっと片っぱしからルナに見つかったんだろうなぁ……。
そして洗脳とか催眠とか食らったり……?
「月の瞳、ね。くわしく話しな。持ち帰った土産話も含めてね」
「もとよりそのつもり。さて、まず何から話したものかしら――」
いろいろと、話すべきことが多すぎるもんね。
とりあえずティアと私とテルマちゃんで補足し合って、『ツクヨミ』の目的や『聖女ルナ』の月の瞳をはじめ、わかっていることを話していきました。
大僧正さんは静かに耳をかたむけて、時々静かにうなずきます。
このヒトのこんな真剣な表情、初めて見たかもしれません。
「……なるほどね。想像以上に厄介そうな相手じゃないかい」
「ツクヨミの警備、どうなっているの?」
「そりゃもちろん、ブランカインドで最も安全なところにあるぜ?」
大僧正さんがコートの中から、赤い棺を取り出します。
ものすっごくイヤなカンジがただよってきて、気分が悪くなりそう。
間違いないです、あの中にツクヨミが入っています。
「ここ以上に強固なセキュリティ、この山には存在しねぇだろ」
「私に負けず劣らずの自信家っぷりね」
「実力持ってりゃ、自信持ってていいんだよ」
「言えてるわ」
わわ、すっごい頼もしい二人。
実際のところ、ティアと大僧正さんってどっちが強いんだろ……。
「じきに『ツクヨミ』から使者が来るはず。おそらく会談を申し込んでくるのでしょうけど、受けるの?」
「そりゃおめぇ、表向き断る理由がねぇだろうさ。やっこさんが何を狙ってるのかわかってんだ。となりゃ、対処のしようはいくらでもあるしな」
理由があればいいのですが、都合よく理由なんて見つかりません。
それに断られたら断られたで、次の手を打ってくるだけでしょう。
相手の手の内をある程度読めている以上、受けるのがベストなのかも……?
さて、これにてお話はひと段落。
大僧正さんが、机を両手でポンと叩きます。
「報告、ご苦労だった。この上ない情報を持ち帰ってくれたね。報酬、さらに上乗せしておくよ。しばらくゆっくり休んでおきな」
「おぉ、太っ腹……! さすがです大僧正さん!」
「そうだろうそうだそう」
「珍しいわね。守銭奴のクセに上乗せだなんて」
「お前な。いっぺん霊になってみたいのか? あ?」
「……報酬、ありがたく受け取っておくわ」
ティア、なんでケンカ売ったの。
せっかくほめてくれたのに……。
報告が終わって、三人いっしょに礼。
大僧正さんのお部屋をあとにして、さぁ私たちのおうちに帰るとしましょう。
……私たちのおうち、かぁ。
私とティアとテルマちゃん、なんだか家族みたい……なーんて。
えへへ。
★☆★
「……あれ? ここ、どこ?」
……気づけば私、どこかのダンジョンの中に一人でいました。
石造りで、ところどころに鉄格子のついた檻があります。
床には小さな水たまりが点在していて、生暖かいしめった空気が肺を満たす不快感。
なんだかとっても気味が悪いです。
「なんでこんなところに……。たしか私……」
ひとつひとつ、整理してみましょう。
まず大僧正さんに報告したあと、ティアのおうちにいっしょに帰って。
タントさんともお話したんでしたよね。
それからお夕飯を食べて、テルマちゃんと仲良くお風呂して、ティアと三人でベッドに入って……。
……あぁ、そっか。
「コレ夢だ! なーんだ、安心安心っ」
結論が出ました。
夢ならもう、なんにも怖くありません。
「で、でも、なんだかリアルな夢だよねぇ……」
カベに触れてみれば、硬くしめった石の感触。
足で踏みしめる床の硬さだって、現実とまったく変わらない。
ほ、ホントに夢……なんだよね?
ごそっ……。
「ひゃっ……!」
な、なにか今、檻の中で音がしました。
もしかして、中になにかいるのかな……?
真横にある牢屋を、そーっとのぞいて見てみます。
すると……。
ゴリ、ゴリ……。
ぐちゅる、ぐちゅる……。
硬いものを噛み砕く音と、しめったものがこすれる音。
なにかが暗闇の中でうごめいているのがわかりました。
夢の中だからでしょうか。
あんまり目も耳も効きません。
鉄格子に近づいて、よーく目をこらして見てみると……。
『きゃっきゃっきゃ』
まず見えたのは、生後一歳くらいの赤ちゃんの姿。
聞こえたのは、ちっちゃな子どもみたいな無邪気な笑い声。
ですが笑い声が赤ちゃんのものじゃないことは、すぐにわかりました。
なぜなら赤ちゃんは、うつろな目で虚空を見つめたままピクリとも動かないから。
牢の中にいる怪物が笑い声をあげながら、その赤ちゃんを頭からボリボリ食べていたから。
『っべへへぇ、だぁぁ。きゃっきゃっ』
触手の塊が、ヒトの形をとっているような怪物。
赤ちゃんを食べ終わると、顔の部分にあたる触手を開いて、牙のついた口を露出します。
そしておもむろに、無傷の赤ちゃんを吐き出したんです。
それからまた、ボリボリと食べて、吐き出して。
延々とそれを繰り返す。
楽しそうに、無邪気に笑いながら、ずっと、ずっと。
「……っ、なに……? なんなの……!?」
あの存在がなんなのか、その行為にどんな意味があるのか。
なにもかもがわかりません。
わかるのはただひとつ。
『怖い』……!!
「やだよ……、なにこの夢……。夢なら早く覚めてよぉ……」
体中の血が凍りつくような恐怖に後ずさりした、そのときでした。
とつぜん、私の感覚が元に戻ったんです。
いつもみたいに目が、耳が、肌が敏感になって……。
ガシャンっ、ガシャンっ!!
『あひょひょひょひょひょひょ』
『ちちちちちちちちちちっ、ちちちちちちちちちっ』
『あたま。あたま。あたまあたまあたまあたま』
閉じ込められている存在の声が、出す音が、気配が。
すべてが手に取るようにわかります。
わかってしまいます。
背中に氷を押し付けられたようなこの感覚。
たくさんある檻の中にいるのって、これって全部。
全部、『聖霊』だ……。
「こ、こんなとこ、いられない……。逃げなきゃ、夢なら覚めなきゃ……っ」
いてもたってもいられなくなって、その場を逃げ出します。
走りつつ少しのあいだ目を閉じて、星の瞳を出そうとしますが……。
「……ウソっ、出ない!? なんでっ……!」
マップはおろか、魔力球すら出せません。
これじゃあ地図がわかんない……!
……ううん、落ち着いて。
コレは夢、夢なんだからそのうち目を覚ますはず――。
ガっ!
「あっ――」
無我夢中で逃げながら上をむいていて、床の状態に気づけませんでした。
でっぱりにつまずいて、体のバランスが崩れて、視界がブレた直後。
ズザぁぁっ。
「い……ったぁ!!」
腕や足、ほっぺに走る、擦りむいた痛み。
思いっきり転んでしまいました。
……いえ、転んだのはいいんです。
よくないけど、いいんです。
問題なのが『痛い』ってこと。
「……どうして? どうして痛いの……? なんで目を覚ませないの……っ!?」
痛覚まで感じちゃったら、もう現実となんにも変わらない。
そもそもコレ、ホントに夢なの……?
私、よくわかんない場所に飛ばされちゃったんじゃ……。
ずるっ、ずるっ。
「こ……っ、今度はなにぃ!?」
もう泣きそうです。
なにかを引きずるような音がして、大きな影が曲がり角から迫ってきます。
体が震えて、涙がポロポロあふれてきて。
恐怖でなにもできずにいると、『そいつ』が顔を出しました。
真っ白な顔に、まぶたの無い血走った目をした巨人です。
唇の無いむき出しの歯茎は、腐った肉のような赤紫色をしています。
『そいつ』は私のことをじっと見つめて、舌ったらずな口調でこう言いました。
『……あれぇ? きいろいの、もってるぅ?』
「ひ……っ」
なんかもう、わけがわかりません。
とにかく逃げなきゃ、ってだけ強く思って、必死に走り出します。
なんなの、ここ。
なんなの、アレ。
ティア、テルマちゃん、助けてよぉ……っ!!