77 協力者
モナットさんはどうやら、『ツクヨミ』に協力しているとある部族出身のヒト、なのだそう。
協力者にはもうひとり、同じ部族のヒトがいるとのことです。
ツクヨミ関係者のまさかの凶行に、レスターさんはビックリしてます。
私たちも、あのヒトがツクヨミ関係者だったことにビックリです。
「そんな、まさか……。ではあの時、ルナ様が出した命令は……」
なんだかとってもショックを受けている様子。
あと、聞き捨てならないつぶやきが……。
ものすごい小声と早口で、おそらくティアには聞き取れなかったでしょうから、ここは私がいきます。
「あのぉ、ルナ様の命令、って?」
「……聞こえてしまっていましたか。さすがの聴力です」
「数少ない取り柄ですので!」
「……じつは昨夜、ルナ様が彼女に指示を出したのです。欲しいモノがあるから奪還してこい、と」
「奪還……? それって、自分のモノを取り戻す、って意味ですよね?」
「そして彼女の目的は、トリスを無傷で連れ去ること。ルナからの命令、つまりそういうことなのでしょうね」
「欲しいモノ、私……?」
私が欲しいって、いったいどういうこと……?
テルマちゃんみたいな意味じゃ、絶対にないよね。
私とそっくりな霊が、私の体を求めてる。
それって、もしかして……っ。
「そんなこと、まさか……、まさか……っ」
「お姉さまっ!」
「……可能性の話、よ。確信が持てるまで、結論を急がないで」
「う、うん……。そう、だよね……」
頭の中によぎった、最悪の可能性。
あくまで推測、状況から考えた『可能性』でしかないけれど……。
……今はティアの言う通り、考えないようにしよう。
考えてもしかたないことだから。
「事情は存じ上げませんが、どうやら相当にショッキングな事実があるようですね」
「この子はね、ちょっと他人には話せないレベルのものを抱えているのよ」
「大丈夫ですよ、お姉さま。テルマが支えます」
「うん、ありがと……。平気だから、気にしないで続けよう」
「……えぇ。しかし、これでハッキリしてしまいましたね。ルナ様がモナットを、『刺客』としてあなたたちに差し向けた、ということが」
レスターさんにとっても、信じがたい事実が発覚しちゃいましたよね。
軽く片手で頭をおさえて、どうしていいのかってカンジです。
「ルナ様を信じたい……。しかし、しかし……」
「……『ツクヨミ』を裏切って『協力者』になれ、とまでは言わないわ。変わらず彼女のそばにいて、味方をしてもかまわない。腹の底をじっくりと見極めるでもいい」
「えぇ……、そう、ですね。結論を急がずとも……」
「ただ、ルナが次になにをする気なのか。それだけは教えてくれないかしら」
「次の行動がわかれば、こっちとしても動きやすいってことだねっ」
「お姉さまを狙うだなんて、完全にテルマを怒らせました。許せません」
『ツクヨミ』の次なる方針。
幹部のレスターさんなら知っているはずです。
しかしこれでも軽い裏切り行為。
機密情報を流しちゃうわけですからね。
レスターさん、すこしだけ考えたあと、静かにうなずきました。
「……『ツクヨミ』は現在、ブランカインドへの訪問を予定しています」
「ブランカインドに? まさか、目的は――」
「表向き、同じ霊的な部分に通ずる団体として親交を深めるためのもの。ですが真の狙いはあなたの推察通り」
「――聖霊『ツクヨミ』」
ティアの言葉にうなずいて肯定し、レスターさんはさらに話を続けます。
「わたくしが関わっている部分は、表向きの部分だけ。いったいどうやって『ツクヨミ』の譲渡を迫るのか、あるいは奪うのか。申し訳ありませんが見当もつかず……」
「充分よ。ひと足先にもどって報告して、対策が立てられる。それだけでも大きな情報だわ」
「恐れ入ります……」
レスターさん、相当まいってるなぁ……。
フレンちゃんにあんなことしちゃって、『歪ませ』ちゃって襲われて。
そのうえ信じてた聖女様が私たちを襲わせたって知っちゃったんだもん。
無理もないです。
私なら数日くらいふさぎ込みそう。
……実際、自分が死んじゃってたって知ったとき、そんなカンジだったし。
「ねぇ、ティア。もうこのくらいにしない?」
レスターさんが心配だし、弱みにつけこんでいろいろ聞き出すやり方、やっぱりヤダなぁって思います。
しっかり情報聞き出せたんだから、そろそろストップかけましょう。
「もともとさ、配給の休憩時間使って来てたんだしっ。そろそろ戻らなきゃ。ね?」
「……そうだったわね。ところでトリス、あなたその服で戻るつもり?」
「えっ……? ……あー」
肩のあたり、しっかり血で染まっちゃってるね。
こんなんで戻ったら事件だよ。
「……だ、だいじょうぶ! 冒険用のローブが荷物の中にあるから、上から着れば問題なく戻れます!」
「荷物は? 宿よね」
「は、走って取って戻ってくる!」
「そこまでして戻りたいのね……」
「お姉さま、さすがの『人助け』魂ですっ!!」
そうです、人助け欲が燃えています!
まだまだやる気満々ですよ、私!
「……あっ、そうだ。レスターさんも服、血まみれですよね。その恰好じゃ行けないかぁ」
「自分も一度、本部に戻ります。ただ……。――いえ、なんでもありません。では」
「……?」
なんでしょう。
なにやら言いよどんでから、行ってしまいました。
少し気になりますが、引き続きの人助け、せいいっぱい頑張ろう!
★☆★
ルナ様の月の瞳が宿せし力のひとつには、他人の記憶を覗き見る力がある。
もしも不審に思われたなら、公園で起きた出来事を洗いざらい覗かれるだろう。
さらには『千里眼』。
ある程度離れた距離の出来事ならば手に取るように見抜けるものの、こちらの有効範囲はせまい。
せいぜいが本部の建物内の距離のみ。
どちらも常に使っているような代物ではない。
不審に思われさえしなければ、無事に公園まで戻れるだろう。
だが、もしも不信感を抱かれたならば――。
(下手をすれば、自我を消されてしまうやもしれん……)
緊張から、手のひらにじっとりとした汗の感触を感じつつ、教団本部裏口のドアを開ける。
ここから私室までのわずかな距離。
部屋に入って服を着替え、出ていくだけでいい。
ただそれだけで――。
「おかえり」
「――っ!?」
屋内に足を踏み入れた瞬間。
背後から聞こえた声に全身の毛が逆立つ。
声の主はルナ様ではない。
モナットと同じ、南のとある部族の一員だという――。
「……アネット、か。驚かすな」
「ごめんなさいね。コソコソと裏口から侵入する、不審者が見えたものだから」
「それはご苦労なことだな。不審者の正体ならばわかっただろう。もう行くぞ」
「ちょっと待って」
ガシッ、と肩をつかまれた。
この女、なんのつもりだ。
まさか自分を始末しようと――。
「……あら、ケガしてなかったの。血がべっとりとついているから心配したのに」
「少々、汚してしまってな。着替えを取りに来ただけだ」
「ケガ人の介抱でもしたのかな? さすがは慈善活動家」
「そんなところだ。もういいだろう、手を離せ」
「……トリス・カーレット」
「っ!!?」
トリスさんの名前が出て、心臓が跳ね上がる。
まさか、まさかこの女……!
「ティアナ・ハーディング。フレン・イナーク。それからあの幽霊、テルマって言ったっけ?」
「まさか……。見て、いたのか……!」
「カーバンクルを探していたら、たまたまね。妹に噛まれるお兄さん。なかなか見られるものじゃないよね」
「……ルナ様に報告するつもりだな」
もはや万事休す。
自分にこの女を力でどうにかする手段などない。
ルナ様に情報を流したことを知られ、よくて記憶を奪われるか、もしくは――。
この先の末路を想像し、背中から嫌な汗が吹き出した。
しかし。
アネットは『仮面』の下からくぐもった笑いを漏らしながら、心底楽しそうに言った。
「そんなこと、しないよ?」
「……どういう、ことだ」
「する必要がない、ってこと。私に憑いてるルナ様の分霊をお返しするだけで、私の見た全てが共有されるから」
「なに……っ」
「……なーんてね。安心して、そんなことしないから」
「……意図が読めない。一体なにをしたいんだ」
「私もね、ルナ様に忠誠を誓っているわけじゃない。私たちと聖霊様の関係と同じだよ。ただ利害が一致しているから、力を貸しているってだけ。ルナ様がツクヨミを手に出来ようが出来まいが、どうでもいいの」
「それが本当だとして、なぜ腹の内を自分に話す。話してお前に何の得がある」
「釘を刺し合う仲ってことで、安心してもらいたかっただけ。ホントに安心していいよ? かまわずルナ様のために働いて、ブランカインド訪問、バッチリ成功させてね? では、ごきげんよう」
仮面の下の素顔と同じく、真意がまったく読めぬまま。
アネットはわたくしの肩を軽くポンと叩いて、姿を消した。
今の行動、しいて理由を考えるとすれば。
(ブランカインド訪問の実行が、あの女の利益につながる……?)
南から来た、とある部族の『協力者』。
彼女は本当に協力者なのか?
あるいは獅子身中の虫なのでは……。
「……私とて、人のことは言えないか」
トリスさんたちに協力するか、それとも理想を信じて変わらずルナ様に従うか。
どっちつかずではあるが。
今はひとまず着替えを取って、配給所に戻るとしよう。
それがまず、わたくしがすべきことなのだから。