75 あなたを助けたい
実のお兄さんに襲いかかって、首筋に歯を突き立て、グリグリと押し込むフレンちゃん。
「う……っ、うっ、うああああぁぁぁあっぁぁあぁぁあぁぁぁぁっ!!!!!!」
レスターさんの恐怖に満ちた悲鳴が、森の中にひびきます。
なにこれ、どうしてこんなことに……!
「フレンちゃん、まさか――」
急いで目を閉じて、魔力を集中、集中、集中して……開眼!
「綺羅星の瞳!」
霊のすべてを見通す瞳で、フレンちゃんの霊体の中を確認です。
すると、やっぱり。
人間でいう心臓の場所、胸の中心にある魂の輝きが、黒く染まってしまっています。
これって、つまり……。
「フレンちゃんが……っ、『歪んで』る……っ」
「お兄ちゃあぁあぁぁん!! オニィチャアアァァァァァ!!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!! なぜだっ、なぜ、儀式は成功したはず……っ」
「失敗よ」
ティア、とっても怒っています。
ドライクにむけたのと種類こそ違いますが、とっても怖い顔でにらんでいます。
「魂に直接干渉する術なんて、熟練の術師でも成功失敗、五分と五分。だからこそテルマをずっと切り離せないでいるというのに」
「そ、そんなっ、そんな……っ!!」
「軽率にも程があったわね。妹を思ってのことなのでしょうけど、結果がコレよ」
「オニイチャンっ!! 私ねっ、喰い殺されたのよッ!! とぉぉっても痛かったのっ!! オニイチャン、一緒がいいんでしょ!? 一緒になろぉぉぉぉぉ!!?」
「や、やめてくれっ! 僕が悪かったっ、だから正気に戻ってくれぇ!!」
「もう無理よ。ここまで『歪んで』しまったからには――」
ティアが背負った十字架から、双剣をスッ、と抜きます。
まさか、まさか……!
「……斬るしかないわ」
「ティア、待って!!」
斬りかかろうとするところ、間に割って入って止めます。
ティアがフレンちゃんを斬るだなんて、そんなの、そんなの……!
「トリス……。気持ちはわかるわ。でも――」
「お願い、ちょっとだけ待ってっ! 大事なヒトが親友を斬るトコなんて、見たくないよ……」
「けれど……。他になにか、考えがあるの?」
「……私にまかせて。テルマちゃんも、私がいいって言うまで衣を出しちゃダメだから」
「えっ……、ですがお姉さま……!」
「お願い。聞いてくれなきゃ嫌いになっちゃうよ?」
「うぅ……っ、ずるいですっ。信じましたからね?」
コクリと、二人にうなずいて、ゆっくりとフレンちゃんに近寄っていきます。
「ねぇ、フレンちゃん?」
「……なぁぁぁぁにぃぃぃ? トリスちゃぁぁん?」
ぐるり。
首を真反対に回してほほえむフレンちゃん。
口元にはびっしりとレスターさんの血がついています。
フレンちゃんじゃなかったら泣き出していたところです。
レスターさんは拘束から解放されて、
「あ、あぁぁぁ……」
ドサっ。
大量に血を流しながら、しりもちをつきました。
「ね、ちょっとお話しようよ」
「いいよぉ、親友だもんね。たくさん、たぁくさんお話しよぉ?」
フレンちゃん、フラフラ、よたよたと近づいてきて、私の目の前へ。
思いっきり顔を近づけて、下からのぞき込んできます。
フレンちゃんじゃなかったら逃げ出していたところです。
「でも、その前にぃぃぃ……」
「え――」
ガブゥゥぅうっ!!
「い……たっ!!」
「トリスちゃんも、お揃いになろぉぉぉぉう!! 仲良しだから、おそろいにぃぃぃぃィィィ!!!」
肩に走る激痛。
レスターさんと同じように、フレンちゃんが私の首筋に噛みついてきました。
「お姉さまッ!!!」
悲鳴混じりの声をあげて、私のほうに飛んで来ようとするテルマちゃん。
そうだよね、テルマちゃんならそうするよね。
だけど……。
「待っ、て……!」
左右に首をふって、来ちゃダメって意思表示。
「ですが……!」
「まだ、いいって言ってないよ……?」
「――ッ!! わ、わかりました……」
「いい子、だね……っ」
テルマちゃん、もしも霊から血が出るのなら出ちゃってそうなくらい、拳をぎゅっとにぎってこらえてくれました。
ありがとね……。
「フ……っ、フレン、ちゃん……!」
肩が焼けるように痛い、熱い。
見たことないくらい血が出てる。
こっちを『見える』と認識してる幽霊に襲われると、こうなっちゃうんだ。
けどね、むこうが私を噛める、つまり触われるってことは、私もフレンちゃんに触れられるってこと。
だけどつき飛ばしたりしない。
むしろ逆。
フレンちゃんの背中に手をまわして、力いっぱい抱きしめる。
「ゴメン、ね……?」
「なあぁぁぁにがぁ?」
「こんなに、痛かったん、だね……。ううん、きっともっと痛かった……。私が、あんなドジして追い出されなきゃ……、こんな痛い思いしなかったのに……」
肩の肉を食いちぎろうとするフレンちゃんの力に負けないくらい、私のせいいっぱいの全力で抱きしめて。
言いたいこと、全部全部伝えたい。
フレンちゃんが大好きだから。
「……ねっ、覚えてる……? 私たちが、初めて会ったときのこと……」
「…………ハジ、めて……」
「そ……、初めて……。私、言ったよね……。誰かのためになりたい、『人助け』がしたいって……。笑われるかな、って思ったのに……、私と友達になってくれて、パーティーにまで入れてくれた……。すっごく、すっごく嬉しかったよ……?」
「ヒト、だすけ……」
「『人助け』したいって気持ち、今もずーっと変わってない……。うぅん……、むしろずーっと強くなってるよ……! この欲求の正体に気づいても、そんなの関係ないくらいに……っ!」
「……う、ウゥ……っ」
噛む力が、ほんの少しだけゆるみます。
私の声、届いてるのかな……?
「困ってるヒトを見たら、放っておけない……。そのヒトが生きてても、死んでても、関係ない……! フレンちゃんだって……、今まさに困ってるフレンちゃんだって、全力で助けたい……!!」
「ワタし、わたし……!」
「フレンちゃん、あの世に逝くって決めたとき、こう言ってた……。やり残したことはあるけど、『歪んで』自分じゃなくなっちゃう方が、ずっとイヤだって……! だからこんなの、フレンちゃんは望んでない。望んでるはずがない!!」
あごの力がさらに弱まりました。
その瞬間、両肩をグッとつかんで引き離して、目と目をしっかり合わせます。
私の声が『本当』のフレンちゃんにとどくことを願って。
「戻ってきて、フレンちゃん! 『歪み』なんかに負けちゃダメ! 守りたかった『自分』を取り戻して!!」
「う……、うぁっ、ああぁぁぁっ……」
揺らぐ瞳、震える声。
私から体を離して、一歩、二歩と後退していくフレンちゃん。
両手で頭をかかえてうずくまって、
「あああぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁッ!!!!!」
苦しげな絶叫が、静かな森にひびきました。
叫んだあと、まるで糸が切れた人形のようにうずくまってうごきません。
ど、どうなったの……?
「……フレン、ちゃん?」
おそるおそる呼びかけてみます。
すると、顔をあげたフレンちゃんは……。
「トリス、ちゃん……? その肩、私が……?」
瞳にたしかな理性の色。
胸の中に燃える魂の炎も、『歪み』がキレイに消えています。
「よかった……。もどってきてくれた……!」
「トリスちゃん、私……。私、なんてことを……」
「いいの……。アレはフレンちゃんじゃない。だから、もういいの……」
あらためて、ぎゅっと抱きしめます。
今度は噛みつかれず、優しく抱きしめ返されました。
力弱め、ひかえめなのがフレンちゃんらしいです。
「兄さんも、ごめんなさい。ひどいケガを負わせてしまって……」
「あぁ……。あぁ、フレン……。兄さんこそすまない……! すべて、すべて自分の責任だ……!」
レスターさん、地面を殴りつけて、何度も頭を左右にふっています。
「謝らないで。私のためを思ってしてくれたことなんだよね?」
「そう、なのだろうか……。本当にフレンのためを思ってやったのだろうか……。ただ自分の寂しさを埋めたかっただけなのでは……」
「レスターさん。今さらあれこれ後悔しても意味ないです。こうしてフレンちゃん、戻ってきたんですから。大事なのはこれからどうするかですよっ!」
「兄さん。そうしてくれると私も、安心してあの世に戻れるかな」
「フレン……」
「ウジウジ後悔ばっかりしていたら、逆に未練になっちゃうかも」
「そう、か……。そうだな、フレンがそう言うのであれば、フレンのためになるのなら……」
「うんっ、これで解決だね――あ、いったぁぁぁぁ……い!!」
「トリスちゃん!?」
ここまで気にしてる余裕がなかった肩のキズ。
安心したら、一気にズキズキし始めました。
私ってば、よくこんな痛いのガマンできてたなぁ……。
泣きそうになりながら、フレンちゃんとの友情のすごさも感じたのでした。