74 妹の幸せのために
炊き出しッ!!
お腹を空かせたヒトに無償でゴハンを配る、まさに人助け!!!
燃えます、燃え盛っています!
燃えるような情熱のまま、ぶつ切りの野菜とゴロリとしたお肉が入ったスープをよそっては渡し、よそっては渡し!
「はいっ! 熱くなっているのでお気をつけください!!」
「あ、あぁ……。お嬢ちゃん、ありがとうな」
「いえっ、人助けですので!」
止まりません!
私の人助けが止められません!
あぁ、私、今、生きてる――っ!
「ティアナさん、お姉さまがおかしくなってしまっていますっ!」
「しかたないわ。ツクヨミの蘇生による副作用、抗いがたい本能によるものだもの……」
「あぁ、おいたわしやお姉さま……」
ちがうよテルマちゃん、別に嫌々やってるわけじゃない。
だって人助け、誰かのためになるって最高だもん。
たしかに、たしかに暴走気味な自覚あるけど!
「はいっ、お待ち! お肉おひとつサービスです!」
「あ、あぁ……。ありがとう……」
「どういたしまして! さぁ次の方!」
「あ、あのぅ、トリスさん?」
「はいなんでしょう!」
信徒のおじさんに、なぜかおそるおそる声をかけられました。
いきおいよくふり向いてビクッ、とされたのが、少し心に刺さります。
「トリスさんはたしか、レスターさんのご紹介でお手伝いにいらしたのでしたよね」
「はいっ、そうですよ」
「そのレスターさんなのですが、どうも見当たらないのですよ。準備中にはお見かけしたのですが、配給が始まってからどこにもおらず……。トリスさんなら行方をご存じかと思いましたが、いったいどこに……」
首をかしげながら戻っていくおじさん。
たしかにレスターさんの姿、ちっとも見ていません。
そしてフレンちゃんも。
人助けに夢中になりすぎて、ぜんぜん気がつきませんでした。
おのれ聖霊ツクヨミ……!
「……ティア。フレンちゃんもいないよ」
「そのようね。テルマも見てない?」
「残念ながら。どこに行ってしまわれたのでしょう」
……うーん、気になる。
人助けしたいけど、フレンちゃんたちも気になります。
「トリス、すこし休憩時間をとりましょう。たとえ短い時間のあいだでも、あなたになら探せるはずよ」
「……そうだねっ。サクッと探して、なんともなかったら戻ってくればいいんだもん」
つけてたエプロンを脱ぎ捨てて、
「すみません、ちょっと休憩入ります!」
さっきのおじさんに伝えつつ、ティアといっしょに走り出します。
「お姉さまの脱ぎたてエプロン……。じゅるり」
「テルマちゃん?」
「じょ、冗談ですよぉ!」
冗談に聞こえないんだって……。
べつに匂いを嗅ぐくらい、テルマちゃんならぜんぜんかまわないけどねっ。
さて、配給所から充分に距離をとったところで。
瞳を閉じて魔力を練り上げ、練り上げ、さらに練り上げ……。
まさかこの大技を一日に二度もやるとは思いませんでしたが、とことん練り上げて……開眼!!
「天河の瞳っ!!」
私の頭上に巨大魔力球が浮かび上がり、その中に中央都のマップが映し出されます。
マップ上にはリアルタイムで動きが示される、いろんな色の点。
その中で、フレンちゃんの色はもちろん味方を意味する青。
公園のすみの方、人目につかなそうな場所に見つけました。
おそらくレスターさんであろう、黄色い点もいっしょです。
「……兄妹水入らずで話してる、とかかな?」
「だといいのだけれど。トリス、あなたが配給に夢中になり始めてから、ここまでどのくらいの時間が経っていると思う?」
「えっ? ……10分くらい?」
「教えてあげて、テルマ」
「1時間です」
「い……っ!!?」
絶句してしまいました。
そこまで、時間を忘れて熱中していただなんて……。
って、自分の『人助け欲』に戦慄してる場合じゃない。
「……こほん。つまりソレって、フレンちゃんたち1時間以上帰ってきてないってこと、だよね」
「すぐに様子を見に行ったほうがよさそうね。杞憂ならばそれでよし。邪魔せず静かに立ち去りましょう」
「うんっ! 行こう、こっちだよ!」
胸騒ぎをかかえつつ、マップを頼りに走り出します。
水入らずで仲良くお話しているだけ、ならいいのですが……。
公園内の森の中を駆け抜けて、もうすぐ二人の姿が見えそうです。
茂みと木々にジャマされて、普通のヒトならまだまだ見えない距離でしょうが。
「……見えたっ! アレは――」
……アレは、なにをしているのでしょう。
森の中、すこし開けた場所。
フレンちゃんが魔法陣の中央に横たわっています。
青い炎がともった燭台がそのまわりを囲むように並んでいて……。
レスターさんはというと、片手に皮の表紙のぶ厚い本を広げながら、なにやら魔術的なものを試みている様子。
とにかくただ事じゃありません。
「……トリス。なにが見えたの?」
「えっとね、なんか儀式みたいなことしてて……。口で説明するより見た方が早いと思う。ともかく、のんびりしてる場合じゃない。それだけは確かだよっ!」
「そう。ならば急ぎましょう」
「えっ……、わひゃっ!!」
な、なんとティアにお姫様だっこされてしまいました。
ですがときめいてる場合じゃありません。
抱えあげたのは、全力ダッシュで私を置いていかないようにってだけだから。
不十分だらけな私の説明でも、緊急事態だとわかってくれたみたいです。
「一気に行くわよ」
「う、うんっ」
「……テルマも! お姉さまの中に入って守りますから!」
「ありがとっ」
一気に速度を上げて、全速力で走り出すティア。
テルマちゃんも私に憑依して、準備万端。
ほんの数秒ほどで、レスターさんたちのところに到着しました。
「……あなた、なにをしているの?」
私をそっと下ろしながら、ティアがとっても怖い顔。
謎の儀式を行っているレスターさんをにらみます。
「あぁ、トリスさんにティアナさん。配給の方、もう終わったのですか?」
「質問しているのはこっち。もう一度言うわよ。あなた、一体なにをしているのかしら」
「……わたくし、ティアナさんにはいたく感謝しております。フレンをあの世から連れ戻してくださるとは」
「召霊術のこと? アレは一時的に魂を、この世に呼び出しているにすぎない」
「同じでしょう?」
「ちがうわ。召霊術にはさまざまな制約がある。たとえば術者と霊が一定以上の距離を離せば、霊は自動的にあの世へ戻ってしまうのよ。完全な蘇生にはほど遠いわ」
「そうなのですか。しかし関係ありませんね」
「関係ない……?」
「ヒントを与えてくれたのは、あなたですよ! トリスさん!!」
「えっ、わ、私っ?」
私、なにかいらないことやっちゃった?
レスターさん、目をかっ開きながら高らかに叫びます。
「あなたとっ! あなたの中に今も隠れているのでしょう!? テルマさん!! あなた方の在り方が、わたくしに答えを教えてくれたッ!!」
「テルマちゃんが……?」
「……っ、どういうこと、なのですか?」
私の中から、テルマちゃんがすーっと出てきます。
その瞬間、レスターさんは口元を三日月みたいにニヤリと歪ませました。
「こちらからは、はじめましてですね。フレンから聞きましたよ? あなたとトリスさん、片時も離れず共にいるとか。霊の身でありながら!」
「そっ、それはしかたなく、ですっ! テルマ、お姉さまと魂が結合して離れられないので!!」
「そう、それです。それが『答え』だ」
「……この魔法陣、まさか――」
このヒトがなにをしようとしているのか、ティアにはわかったみたいです。
魔法陣と、それからフレンちゃんを見比べて、頬を汗がひと粒流れます。
「あなた、フレンさんと自分の魂を結合させようとしているの……!?」
「ご名答。そうすれば、たとえ召霊術が解けても関係ない。フレンの魂は永遠にわたくしとともにある。死をも二人を分かつことなく!!」
「……そんな芸当、あなたに出来るとでも?」
「出来ますよ。死者の蘇生法ならば、古今東西調べつくした! この当方の島国に伝わる秘術、結魂の術を用いれば、充分に可能です!」
ケッコン、ですか……!?
なんだか別の意味にも聞こえる響きですがさておき。
どうやらその秘術が、本に書かれているようです。
「やめておきなさい。素人がマニュアルをながめながらできるほど、外法の術は易くない。失敗すると断言するわ」
「だ、第一、フレンちゃんの意思は!? あの子の意思を確認したの!!?」
「するまでもないでしょう。死にたくなかったに決まっている。この世にとどまっていたかったに決まっている」
「そんなこと……っ! そんなこと……」
ない、と言い切れるでしょうか。
未練、たくさんあったはずです。
今日だってあんなに楽しそうに――。
……だけど!
『そりゃ、やり残したことがないって言ったらウソになるけどね。でも、このまま現世にとどまって歪んじゃう方がもっと嫌。あんな化け物になるかもしれないなんて、自分が自分じゃなくなるなんて絶対嫌だから』
あの日、フレンちゃんが示した決意を、いっときだって忘れたことなどありません。
ほんとはイヤだけど、自分が自分であるためにあの世に送ってもらったんだ。
だから、私はフレンちゃんの意思を大事にしたい。
「……あなたは、あなたは間違ってます!」
「なぜあなたに断言できるのです」
「だって……! とにかくわかるんです!!」
「もういいわ、トリス。レスター、これ以上続けるつもりなら、力ずくでも止めさせてもらうわよ」
「今さら遅い、手遅れなのですよ。すでに儀式は完遂しているッ!」
「えっ――」
カッ!!
紫色の光が、魔法陣からほとばしりました。
光がやんで、意識を失っていたフレンちゃんがゆっくりと起き上がります。
「ふふっ。結魂の術ならば、すでにかけ終わっていたのですよ。今かけていた術は、霊を昏睡状態から覚醒させるもの」
「そ、そんな……。おそかったの……?」
「……いえ、これは――」
無言で立ち尽くすフレンちゃん。
レスターさんが満面の笑みを浮かべながら近づいていきます。
「あぁフレン。これからはずっと一緒だ。もう二度と、フレンにさみしい思いをさせないよ?」
「兄さん……。ねぇ兄さん。いっしょって、本当?」
「あぁ本当さ。もうずっと離れない、離さない」
「うれしい。じゃあ――」
ゆっくりと顔をあげるフレンちゃん。
その顔が、ニヤリと『歪んで』――。
「お兄ちゃんを食べさせてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ガブゥッ!!!
レスターさんの首すじに、思いっきり噛みついたんです。