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07 幽霊からのおねがいです



「あのあの、大変申し訳なく思っています……。飛びついて驚かせてしまうなんて、失礼ですし大変はしたないですよね……」


 ちょこんと正座して、平謝りしてくる幽霊の女の子。

 私の方が逆に申し訳なくなっちゃって、今はお互いに正座でむかい合ってます。


「やや、いいんだよ。全然大したことないから」


 そう、今まで出会った幽霊たちにくらべれば、驚いたうちに入りません。

 血まみれおじさんとか、さっきの魔力球から這い出てきたヤツとか、思い出しただけでもゾッとするよ……。

 それに比べてこの子、とってもかわいくていい子です。


「テルマを許してくださるのですか! お優しいお方ですっ」


「テルマちゃんっていうんだ?」


「はい、テルマ・シーリン。享年12歳です」


 12歳、かぁ。

 幽霊になるには若すぎるけど、好奇心だけで何があったか聞くなんてダメだよね。

 それより、質問するべきはこっち。


「私はトリス・カーレット。テルマちゃん、助けてほしいっていうのは?」


「それなのですけど……」


 きょろきょろ、あたりを見渡したあと、テルマちゃん少し声を落とします。


「トリス様は『半分に割る悪霊』のこと、存じておりますか?」


 半分に割る――それってティアナさんの読んでた記事に書いてあった死に方だ。

 事件が悪霊のしわざだって、これで裏付けが取れたかな。


「知ってる、と思う。……もしかして、そいつがテルマちゃんを殺したの?」


「いいえ。悪霊の出現は数か月ほど前ですが、テルマが世を去ったのは、今よりずっとずっと前。正確な数字はわかりませんが、500年ほど昔でしょうか」


「そ、そんなに前なの!?」


「そんなに前ですねー」


 わぁ、テルマちゃんだなんて呼んじゃってた。

 私なんかよりずっとずーっと年上だぁ。

 ……でも12歳で止まってるなら、ちゃん付けでいいのかな。


「まぁ、テルマのことは置いときましょう。大事なのは悪霊のことです。話を聞いていただけますか?」


「はいっ」


 大事な話だろうし、姿勢を正して背筋をピンと。

 もとから姿勢のいいテルマちゃんを見習います。


「先ほども言いましたが、悪霊が現れたのは数か月前。このダンジョンにはテルマのほかにも長い付き合いの幽霊が二十人ほどいたのですが、そのヒトたちはみんな悪霊に吸収されてしまったのです……」


「みんな、って。じゃあ、テルマちゃんが最後の……?」


「最後の生き残り、ってことになりますね……。そもそも生きていないのですが、言葉のあやということで」


 そっか、それで泣いてたんだ。

 仲間が誰もいなくなって、自分もどうなるかわからない状況で。

 誰にもみつけてもらえずに、ひとりぼっちで……。


 冗談まで交えて、そんなつらい出来事を話してくれるテルマちゃんがいじらしくて。

 なにかしてあげたい、そう考えると同時。


「さみしかったね、怖かったね、がんばったね。もう、大丈夫だよっ」


 ぎゅっ。


 気づけば、テルマちゃんを抱きしめていました。


「あ……っ」


 腕の中で小さな声をもらす女の子。

 私の感知能力が高すぎるからなのか、感触は生きてるヒトとあんまり変わりません。

 ほんのりあったかくて、やわらかくて、お香みたいないい匂いがします。


「トリス様、なんだかお姉さまのようです」


「お姉さまって、お姉さん?」


「はいっ。テルマが生きてたころ、こうしてよく抱きしめて、頭をなでてくれて。とーっても安心したんです」


「そっか……」


 『お姉さま』みたいに、この子を安心させてあげられるかわかんない。

 でも、これが私にできることだと思ったから。

 しばらくのあいだぎゅーっと、なでなでしてあげましょう。


「あったかいです。生きてるヒトのあったかさですね……」


 私の胸に顔をうずめて、表情をゆるめるテルマちゃん。

 幼さの残るこんな子に、これ以上つらい思いはさせられないよね。


「……よしっ。私たちにまかせて。悪霊、退治してあげる!」


「本当ですかっ! ……って、私たちとは?」


 顔を上げてパーっと笑うテルマちゃんですが、すぐに首をかしげます。

 当然だよね、私いま一人だもん。


「うん、私たち。ホントは二人で来たんだけどね、うっかりはぐれちゃって。そのヒトがいないと退治できないから、まずは合流を目指そう」


「はいっ!」


「じゃあまずティアナさんを探さなきゃ……。地図、出して平気かなぁ」


「どういうことです?」


 首をかしげるテルマちゃんに、なにがあったか説明します。

 とつぜん濃い霧に巻かれたこと、地図の中から悪霊がでてきたこと、そのせいでティアナさんとはぐれてしまったこと。


「ふんふーむ。おそらくですが、悪霊のしかけたトラップに引っかかりましたね」


「トラップなんて仕掛けてるんだ」


「テルマたちがひとりも神殿から逃げられないように、確実に全員を餌食にするために地下八階にしかけた罠ですね。幻覚に足止めされて、さらに悪霊の分身に襲われる。このせいでテルマたち、ここからずーっと逃げられませんでした」


 なるほど、ダンジョンにフタをしたみたいな感じだね。

 マップに黒い点が映らなかったのも、そのせいだったのかなぁ。


「でも妙ですね、幽霊にしか発動しないトラップのはずですのに」


「きっと私の感知力が高すぎて、引っかかっちゃったんだろうな……」


 こういうときに損だよねぇ、感知力SSって。

 ため息つきつつ、今の話でハッキリしました。

 ここでなら、地図を出しても問題なし!


「では行きます、星の眼(トゥインクル・アイズ)!」


 星の瞳を発動して、作り出した魔力球の中にマップを生成。

 ティアナさんがどこにいるのか、これで一発です。


「わぁっ、すごい魔力! そしてきれいな星の瞳……。トリス様、やはりただ者ではありませんでした!」


「いやいや、それほどでも」


 最近よくほめられちゃうね。

 照れるけどデレデレしてる場合じゃない。

 ティアナさんの現在地は……。


「青い点、青い点、と。……いた。地下八階をすごい速度で動き回ってる……」


 私を探し回ってくれてるんだ。

 でも同じところをぐるぐる回ったり、袋小路に何度もぶち当たったり。

 これは間違いなく、『方向音痴』発動中……。


「幻覚トラップゾーンのあたりも、何度も通ってます。迎えにいくのは危ないですよ」


「まじかぁ。……うん、上り階段の方は魔物が固まってて危ないね。対して下りの方には魔物ナシ。ひとまず下り階段のあたりで、来るのを待とうか」


「はいっ!」


 よし、方針決定!

 テルマちゃんといっしょに、細心の注意をはらいつつ下り階段の近くへと移動です。



 地下十階へと続く階段からただよう、とんでもなく禍々しい霊気。

 近くにいると気分が悪くなりそうですし、はなれた場所にならんで座ります。


 マップに霊の位置だって映るようになったから、こうして展開しておけば襲われる心配もナシ。

 そうしてどちらともなく、ヒマつぶしの身の上話が始まりました。


「テルマは元来、神事にたずさわる巫女でした。巫女たちの中でも特に力が強く、神童などともてはやされたのですよ」


 えっへんっ、と胸を張るテルマちゃん、年相応でかわいいですね。

 紫色のきれいな瞳がキラキラ輝いてます。


「そういったいきさつもあって、ハンネスタ大神殿が落成したおり、人柱として埋められたのです」


「ひどい……っ。まだ12なのに……」


「……お優しいのですね、トリス様」


 むかしむかしにそういう風習があったのは、知識として知ってるよ。

 でも、どこか遠い場所での出来事と思ってた。

 こうして当事者と話していると、それがじわじわ現実味を帯びてきて……。


「うぅ……っ、あんまりだよぉ……」


「あわわ、泣かないでください!」


「ご、ごめんね……」


 逆に心配かけちゃった。

 じんわりにじんだ涙をぬぐってくれるテルマちゃん、ほんとにいい子だと思うのです。


「テルマ、神様のお役に立ててうれしかったのですよ! それに、一人じゃありませんでしたし……」


「仲間の幽霊さん、だよね」


「テルマをしたって殉死じゅんしを選んでくれた、同じように人柱になった人たちです。ここがダンジョンになる前は参拝者も多かったですし、みんなといっしょにわりかし楽しく過ごせてました」


「大事なヒトたちだったんだ……」


「はい。どうしても助けたいです。まだ助かるのなら、助けてあげたい――」


『見ィつけたァ』


 ぞくり。


 全身に鳥肌が立つほどの悪寒。

 歪みきった声が聞こえた、その直後。


 しゅるるるるるっ。


 通路の先からのびてきた黒い触手が、テルマちゃんの左腕を絡め取ります。


「テルマちゃんっ!!」


「トリスさまっ!!」


 手をつかもうと伸ばすけど、届きませんでした。

 すごい速度で引っ張られていくテルマちゃんを、私も急いで追いかけます。


「こ、こんな力、今までもっていなかったはずなのに……っ」


 今までは遠くから腕を伸ばしたりなんて出来なかった、ってこと……?

 きっとテルマちゃんのお仲間さんを食べてパワーアップしてるんだ……!


 角をまがって、長い通路を走って、もう一度曲がって、みえました。

 触手が伸びてきてるのは、地下十階への下り階段。


「こ、このままでは……、テルマも皆さまのように……っ」


 苦しそうにうめきながら、なおも引っ張られ、最下層へと引き込まれていくテルマちゃん。

 たとえ無謀と言われても、見捨てるなんてできません。

 私も迷わず階段を駆け降ります。


 そうしてたどり着いた地下十階。

 他の階層とはちがい、礼拝堂のような広間となっています。

 祭壇と、いくつか大きな柱が立っていて、祭壇の上には自生した巨大な『マナソウル結晶』。

 そしてフロアの中心には。


『つかまえっ、たっ。つつついにっ、つぅかまぁえたぁぁあ』


「うぐぅぅ……っ」


 縦に割られた左半身だけで立っている、歪みきった悪霊。

 そして、悪霊に左腕をぐるぐるに締め上げられて、苦しそうにうめいているテルマちゃんの姿。

 きっと霊力を吸収して、弱らせて取り込むつもりなんだ。


「このっ、テルマちゃんを離して!」


 私、霊にさわれます。

 だから悪霊の腕をひっぱって、テルマちゃんを引きはがそうとします。


『んん?? キミ、見えるのぉ?? さわれるのぉ???』


 悪霊の首が伸びて、私の顔のすぐ前へ。


「ひぅっ……!」


『でも、あぁとぉでぇ。はんぶんこ、このこのあぁとで、ねぇ??』


 こ、怖い……。

 とってもとっても怖いけど……、逃げるわけにはいきません!

 悪霊の腕がビクともしないから、今度はテルマちゃんの腕を引っぱります。


「だ、だめっ、無茶ですっ! トリス様まで食べられてしまう!」


「無茶でも、なんでも、見捨てられないよっ……! 他に方法、ないんだから……!」


「方法――。……方法なら、ひとつだけあります」


「な、なにっ!? すぐに教えて!」


 言い渋るような口調が気になったけど、細かいことなんて気にしてられない。


「テルマが、トリス様に憑依するのです。霊が同化する力より、人に憑く力の方がずっと強いと聞いたことがあります。肉体という鎧を得られますし、トリス様の魔力を使用して、生前に使えた防御魔法を発動することも可能でしょう。しかし……」


「じゃあ憑りついて、今すぐに!」


「ほ、本気ですか!? 体を乗っ取られるかもしれない、魂だって自由にいじれるのですよ! なのに出会ったばかりのテルマを受け入れられると――」


 間髪入れずに即答すると、テルマちゃんは信じられないようなものを見る顔をした。

 わかってるよ、そんなリスクがあることくらい。

 でも、迷わず言えた。

 だって。


「大丈夫だよ。テルマちゃん、いい子だもん」


「……もう、まともじゃないですよ。でも、ありがとう」


 薄く笑ったテルマちゃん。

 直後、彼女は光に包まれて、つないだ手からあたたかい何かが体の中へと流れ込んでいきました。



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