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68 まさかのお兄さん



 レスターさんが、フレンちゃんのお兄さん……。

 あまりにショッキングな事実すぎて頭が追いつきません。


「あの……、私、フレンちゃんのこと……」


「妹の死は、あなたのせいではありません。でしょう?」


「それは……」


 そうだ、と言い切れません。

 私がドジして追放されなかったら、悪霊の危険をみんなに教えられたかもしれない。

 フレンちゃんが死なずに済んだかも……っ。


「当然、トリスに責任なんてないわ」


 ティアがスッ、と私のとなりに来て、断言してくれました。


「悪霊の暴走を、この子に予期できるはずがない。強いて責任があるとすれば、この子を追放したほかの二人かしら」


 優しいね、ティア。

 責任を感じることなんかないって、力強く言い切って、私の心を軽くしてくれようとしてる。


 もちろんまったく責任がない、だなんて思わない。

 思えない。

 思いたくない。


 でもありがとう。

 ほんのちょっとだけ、心が軽くなったから。


「……もちろんわたくしとて、トリスさんに責任があるなどと思っていません」


「ではなぜ、トリスに接触したの?」


「妹が友達だと――仲のいい親友だと、よく語って聞かせてくれたトリスさんの人となりをこの眼で確かめたかった。それだけですよ」


 二コリ、と、さっきまでと同じような笑顔を見せるレスターさん。

 けれどほんの少しだけ、怖くなくなった……ような気がします。


「先に兄だと明かしたならば、あの世に行こうとするわたくしを止めるかもしれない。それゆえ黙っておりました。不必要に警戒させてしまったようで、どうかお許しを」


「あわわっ、頭をあげてくださいっ!」


 深々と、つむじが見えるくらいに頭を下げられたら、お人よしな私としては許さざるを得ませんよ。

 もちろん疑いが、完全に晴れたわけではありませんが、もしかしたら悪いヒトじゃないんじゃないかなぁ。

 ……甘ちゃんでしょうか?


「先ほどの事実も、ぼかす理由がなくなりましたね」


「……? なんのことです?」


「冥界のトビラがここに開くことを、知っていた理由ですよ」


 レスターさん、どこか遠い目をしながらゲートに目をむけます。


「あれはフレンが冒険者になったばかりのころでしたか。初心者向けのこのダンジョンの絶景を、わたくしに見せたくてしかたなかったようで、共に潜入したんです」


「冒険者でもないのに、ですか……?」


「街の外のダンジョンには、検問などありませんからね。ライセンスがなくとも入れます。出てくる魔物もすべてフレンが倒し、簡単に最深部までたどり着きました」


「あははっ、フレンちゃん、アレでそれなりに腕っぷし強かったんですよね。私なんかより全然」


「正直、おどろきました。フレンの強さにも、ダンジョンの光景にも。そして――」


 話しているうちにも、どんどん小さくなっていく光の渦。

 最後の猫が飛び込んだ直後、とうとう消えてしまいました。


「フレンの目には見えていなかった、あの光の渦も……ね」


「そのときあなたは、ここにゲートができると知ったのね」


「正体がわかったのは、フレンが亡くなったあとなのですけどね。あの子との思い出をめぐるため、同じ月の同じ日にこの最深部に来たときに、同じくゲートが口をあけた。その場にいた動物霊や人間霊が次々と、吸い込まれるように消えていった。そうしてゲートが、あの世とこの世をむすぶトビラと知ったのです」


 このダンジョン、レスターさんとフレンちゃんの思い出の場所だったんだ。

 『思い出巡り』って、そういう意味だったんだね。


「なるほどね。知っていた理由について『は』了解したわ」


 ティア、まだまだ警戒を解きません。

 そりゃそうか、『ツクヨミ』の正体だってまだまだわかんないんだもん……。

 さっそく心を許しそうな私、やっぱり甘ちゃんです。

 とか思っていたら、


「……トリス。それでいいの。それがあなただから」


 ティアにポン、と肩を叩かれて、耳元でささやかれました。


『ですよっ! うたがう役目なんてティアナさんにまかせてしまいましょう……』


(うん。テルマちゃんも、ありがとね)


 私の考えてること、二人につつぬけなんだなぁ。

 以心伝心、っていうアレでしょうか。

 なんだかうれしくなっちゃいます。


「――けれど、これでハッキリしたことがあるわね」


「ハッキリしたこと……?」


「ここに来た目的。忘れないで」


「……あっ、猫ちゃん」


 レスターさんのお兄さん真実がショッキングすぎて、頭から吹っ飛んでいました。

 そうじゃん、ヘンダーソン夫人の猫ちゃん探さなきゃ――。


「――って、もしかして。ティア、まさかもう猫ちゃんは……?」


「あの世に逝ってしまった。そう考えるのが自然でしょうね」


 あちゃぁ……。

 だとしたら連れ戻しようがありません。


「けれど、これでよかったのかもしれないわ」


「うん。ティア、言ってるもんね。いつまでも霊をこの世にしばり付けておくべきじゃないって」


「在るべきものを、在るべき場所へ。それが在るべき『節理』だもの」


 だからこそ、サルバトーレちゃんは自分で屋敷を抜け出して、あの世に逝くためにここへ来た。

 在るべき姿で在るために。


「……けどさ、任務失敗だよねコレ」


「最初から達成不可能な依頼だった。説明すれば納得してもらえるでしょう。……むしろ帰ってからの方が怖いわね」


「だ、だね……」


 依頼不達成となれば、褒賞金ほうしょうきんも出ないわけで。

 ゼニにがめつい大僧正さん、怒るだろうなぁ。



 ★☆★



「――というわけで、サルバトーレはすでに昇天していました。ご期待に沿えず、申し訳ありません」


 貴族屋敷の応接間。

 ティアがペコリと頭を下げます。


 話を聞いてる婦人の表情、まったく動きません。

 かえって怖いです。


「……そう。ご苦労だったわね」


 あ、あれ?

 思ったより冷静ですね。


「十日も戻らない時点で、覚悟はしていたわ。あなたたちにもどうしようもない依頼だった。――そう、せめて召霊術を使ってくれないかしら。あるのでしょう? あの世から一時的に呼び出す術。少しでいいからお別れがしたいのよ。そうしたら報酬を出すわ」


「要望とあらば。では、抜刀のお許しを」


「許可します」


 許しを得て、立てかけてあった十字架から双剣の片っぽを抜くティア。

 用意してもらった木の板に突き立てて、ブランカインド流召霊術を使います。


 黒いモヤが短剣に集まって、メモに書いてあるとおりの特徴の猫ちゃんが現れました。

 顔を知らなきゃいけない縛りを、メモの絵でクリアできるとは。

 恐るべきは猫絵描き……!


「あぁ、あぁぁ……っ。サルバトーレちゃん……!」


『みぃぁ?』


 夫人が抱き上げると、猫ちゃん安心したように目をつむります。


「あちらに逝きたいと、あなたがそう願ったのなら止められません。今までありがとう……。さようなら……」


『みぁぅ』


 抱き寄せながら涙ぐむ夫人に、こっちまで目頭めがしらが熱くなっちゃいます。

 よっぽど愛されてたんだね、サルバトーレちゃん……。




 任務の成功報酬、もともとの金額を出してもらえることになりました。

 これで大僧正さんにも怒られないね。


 屋敷を出ると、レスターさんが待っていてくれました。


「やぁ、みなさん。無事に出てこられてなによりですよ」


「夫人が話のわかる人で助かったわ。常軌じょうきを逸した犬好きを見て来たものだから、警戒していたのだけれど……」


「あぁ、あのヒトね……。アレは特別でしょ……」


「……? まぁいいでしょう。さて、わたくしもここでお別れですね」


「あ……っ、ちょっとその前にいいですかっ?」


 大事なことを聞きそびれました。

 まさか『ツクヨミ』って悪い集団なの、とか聞けるはずもありませんから、この質問です。


「レスターさん、前はザンテルベルムにいましたよね? 『ツクヨミ』の本部もザンテルベルムに?」


「いえ。本部はここ、中央都にあります」


 ……なんと。

 しかもあっさり教えてくれましたよ。


「ザンテルベルムには布教に来ていたのです。教団の存在を知らない者にこそ、教えを広めねばなりますまい?」


「た、たしかに」


「……そうだ。これから本部によっていきませんか?」


「いいんですか!?」


 思わずティアと顔を見合わせます。

 教えてくれるだけじゃなく、本部に連れていってもらえるなんてビックリです。


 でも危険じゃないのかな。

 判断、ティアにまかせます。


「……案内、頼もうかしら」


 GOサインが出ました!

 ということで、まさかまさかの展開ですが。

 『教団ツクヨミ』の本部へ、今から突撃です!



 ★☆★



「――ふぅ。まさかあの世に逝くだなんてね」


 葬霊士が帰ったあと、私は『いつもの部屋』にむかう。

 夫にも使用人にも一度も入らせたことのない、あの部屋へ。


 厳重に施錠したカギをひらき、薄暗い部屋の中へ。

 鼻をツンと突く獣臭が、私を出迎える。


「……ふふっ。けれど関係ないわ。サルバトーレちゃんも、前のみんなも。変わらず『ここ』にいるのだから」


 ドアを閉め、マナソウル結晶の照明をつけると、怪しい光に照らし出される猫の首、首、首。

 カベにかけられた首は、もちろん殺したものじゃない。

 猫ちゃんにそんな酷いことするはずないもの。


 この子たちはみんな、今まで飼っていた子たち。

 たとえ死んでもそのままの姿で、いつまでも残すために、こうして保存しているの。


 棚に並んでいる『毛皮』も同じく。

 瓶に入った『内臓』もまた。


「あぁ、サルバトーレちゃん……! あなたのニオイをまた嗅がせてちょうだい!」


 毛皮の中から迷わずサルバトーレちゃんのものを選び、顔をうずめて深く深く息を吸う。


 サルバトーレちゃんは『ここ』にいる。

 他のみんなも『ここ』にいる。


 だからね、まったく。

 まぁぁぁぁったく。

 さみしくないの。


「……ともあれ、そろそろ新しい子を迎えないとねぇ。うふふ、次はどんな子にしようかしら。うふふ、うふふふふっ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ」



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― 新着の感想 ―
[一言] 誰かに迷惑かけてるわけじゃないけど最後に嫌な事実が。 生きてる人間が一番ホラーだったよ…
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