65 まさかまさかの任務です
奇妙な出来事があった翌朝のこと。
大僧正さんから呼び出しがかかりました。
どうやら新しい任務が入ったようです。
わけわからない現象なんていったん忘れて、張り切ってお話を聞きに行きましょう!
そんなわけで気合いを入れて大僧正さんの部屋に来ると、セレッサさんとタントさんの二人が、中から出てきました。
「……あぁ、みなさん。おはようございます」
「おはよっ、タントさん。昨夜はセレッサさんと仲良くしてた?」
「仲良くってなんだよ。別に悪かねぇよ」
ツッコミ入れるセレッサさんですが、なんだか元気もキレもありません。
朝早いから、というわけでもなさそうですが……。
「どうしたのかしら。大僧正に怒られた?」
「ちげぇよ。お前じゃあるめぇし、そんなに怒られたことねぇから」
おっと、切れ味が出てきたでしょうか。
ティア、いっつも怒らせてるもんねぇ……。
「じつはよ。『ツクヨミ』の封印が取りやめになったんだ」
「えっ、そうなんだっ」
「突然な変更ですね」
「状況が変わった、とかでな。封印の決定、もう一週間も前のことだろ?」
一週間前から変わった状況、といえば。
「宗教団体の方の『ツクヨミ』絡み?」
「えぇ。そんなところです。もしも彼らが『ツクヨミ』の存在を知っていて、狙っているのであれば……」
「火薬庫みてぇな『聖霊の墓場』に乗り込まれる可能性が、万に一つも無いとは言えねぇ。手元に置いとく方が安全、と判断したんだと」
「ほへぇ……」
たしかに、危険な聖霊がたくさん封じられている場所で暴れられたりしたら、とんでもないことが起こりそう。
さすが大僧正さん、判断が早いです。
「そんなわけで『ツクヨミ』は大僧正が管理することになった。オレもまた、しばらく通常の任務ってわけだ。かなり気合入ってたんだがなぁ……」
「仕方ありません。切り替えていきましょう」
「だな……。ってなわけで、オレたちゃ帰るぜ。ティアナ、朝っぱらから怒られねぇようにな」
「怒られないわよ」
ほんとかなぁ……。
セレッサさんが手をふりふり、タントさんはペコリとおじぎをして、二人は立ち去っていきました。
さて、私たちは私たちで新しい任務。
ふたたび気合いを入れなおして、大僧正さんの部屋に入ります。
いったい今度は、どんな困難な任務が――。
「猫を探してくれ」
「えぇと……、ごめんなさい。理解できなかったわ。もう一度いいかしら」
うんティア、私も理解できなかった。
大僧正さん、今なんと言いました?
聞き間違い……じゃないよね、さすがに。
「ぁんだ、耳でも遠くなったかぁ? なら耳の穴かっぽじってもう一度聞きな。今回の依頼は『猫探し』だよ」
「……ボケたの?」
「テメェ一回死ぬか? あ?」
あぁ、さっそく怒られた……。
しかし話が見えないのもまた事実。
「大僧正さん、詳細をおねがいします!」
「あぁ、トリスはいい子だな。それに比べてティアナのヤツぁ、泣けてくるぜ、まったく……」
泣けてきちゃうそうだよ、ティア。
「ねこ……? なにかの暗号……?」とかつぶやいてる場合じゃないよ?
「今回の依頼人は、中央都に住むヘンダーソン卿という貴族の奥方だ。大金はたいて駆けこんできたぜぇ……、ヒィーッひっひっひっひ」
うわぁ、ゼニの魔力。
悪い顔で笑ってます。
「一週間ほど前、奥方の飼っていた猫が屋敷から脱走した。使いの者が必死に追いかけたが、中央都の南にある【小迷宮】に吸い込まれるように入っていったらしい」
「危険なダンジョンに入っていってしまったのですね……。ネコちゃん、無事だといいのですが……」
「……冒険者に頼むべきじゃない? それ」
「――あ、ちょっと待って。いま大僧正さん、飼っていたって言いましたよね」
「さすがトリス、聞き逃さないね。そのとおり、猫は『幽霊』、ご婦人は『見える人』なのさ。死んだあとも猫を手元に置いているんだ」
「なるほど、だから冒険者じゃなくて葬霊士に依頼が来たんだ」
ということは、使いのヒトも見えるヒト。
きっとご婦人のネコの世話を、亡くなったあともしているのでしょう。
「だとしても、なぜ私? 並みの葬霊士でも充分につとまる任務じゃない」
「ご婦人のご指名だ。ブランカインドで『もっとも腕の立つ葬霊士』にお願いしたい、とね」
「……っ!?」
おっと、ティアの耳がピクッと動きました。
「ウチで一番の腕利きといやぁ……なぁ? 『零席』のティアナを置いて他にはあるめぇ」
「……」
「だがそうか、やりたくねぇなら仕方ない。『筆頭』のセレッサでも先方は納得してくださるだろうから――」
「受けるわ」
わぁ、乗せられやすい!
あまりのチョロさに大僧正さん、笑いをこらえているのですが。
「お、おや、いいのかい? こんな簡単な任務、わざわざ『零席』に頼まずとも――」
「『筆頭』以上の葬霊士がいるというのに、それでは信用にかかわるでしょう。このティアナ・ハーディングがじきじきに出向かなければ、失礼というもの」
「そうかいそうかいそいつぁ結構!」
貴族さんがゼニにモノを言わせて、幽霊猫ちゃん探しに最高戦力投入ですか……。
依頼料がたんまり入ってくるだろう大僧正さん、ニヤニヤが止まらないって感じです。
「では改めて、葬霊士ティアナ・ハーディング。および葬霊士補佐役トリス・カーレットに命ずる。中央都ハンネスへむかい、ヘンダーソン夫人の飼い猫を救助せよ」
「任務、承ったわ」
「おなじく、承りましたっ!」
★☆★
ネコ探しが任務と聞いてセレッサさんに大爆笑されてからはや一週間。
やってきました、中央都ハンネスです。
「なつかしいねぇ。またココに戻ってくるだなんて」
「そうね……。あなたとの日々はこの街から始まった。そうしてあらゆる事柄が動き始めたのだから、不思議よね」
「テルマもお姉さまと出会ってなかったら、きっと今ごろ悪霊のお腹の中でした」
袖振り合うも他生の縁とはいいますが、きっと私たち、前世で袖振り合う程度じゃなかったのでしょうね。
だってこんなに強く結びついてるんだもん。
「――さて、ヘンダーソン夫人とやらはどこかしら」
「待ち合わせの時間、もうすぐだよね」
ハンネスタ大神殿前の広場、グレンターク将軍像の下。
時刻は午後の二の時すぎ。
日付を間違えてなければ、もうすぐあらわれるはずです。
「……お、お姉さま。なんだかものすごく立派な馬車がやってきましたっ」
少し高くを浮遊していたテルマちゃんが、広場のはしを指さします。
ちなみにほぼ真上に浮いていたので、見上げたら見えちゃいけない着物の中身が見えました。
テルマちゃんが他の誰かに見えてたら、こんなことすぐやめさせますね。
……役得とかは思ってませんよ?
さておき、です。
「立派な馬車――ってことは」
「えぇ、どうやらそのようね」
ティアがうなずいた直後、馬車が止まってドアがひらきます。
降りてきたのはキレイなドレスを身に着けた、スラっとしたご婦人。
依頼人のご到着です。
いっしょにメイドさんも下車しました。
少しあたりを見回したあと、すぐに私たちに気づいてこちらにやってきます。
相当わかりやすい格好してるからなぁ、ティアたち葬霊士さんって。
「あなたね。ブランカインド最高の葬霊士は」
「ティアナ・ハーディング。依頼人のヘンダーソン夫人ですね」
「よろしく、ティアナさん。――そちらの方たちは?」
私とテルマちゃんを見て、当然ながら素性の確認。
聞かされてなかった人員だもんね、当然でしょう。
あと、テルマちゃんが普通に見えていることに、わかっていても少しおどろいたり。
「彼女たちは私の優秀な補佐役です。特に探し物にかけては、この国で右に出る者はいないでしょう」
「あ、えと、葬霊士補佐役をやっております、トリス・カーレットですっ」
「テルマ・シーリンです。幽霊です」
「えぇよろしく。ではさっそく本題に入ろうかしら。おおよそ十日ほど前のこと、サルバトーレちゃんが屋敷から逃げ出したわ」
「サルバトーレ……。幽霊猫の名前ですね」
「すぐに『見える』執事に追いかけさせたのだけれど、街の中をさんざん逃げ回った挙句に『星降りの洞窟』へと入っていったそうなの」
「星降りの洞窟……! 知っています、洞窟の壁面が星みたいに輝いている不思議な小迷宮ですよねっ」
私、行ったことがあります。
フレンちゃんたちとの最初の冒険の場所。
思い出のダンジョンです。
「そのダンジョンの入り口にサルバトーレが入ってから、もう十日以上が過ぎていますよね。出ていった可能性は?」
「ないわね。入り口を手の者に交代で、昼夜問わず見張らせている。今も確実にダンジョンの中にいると断言させてもらうわ。……ただ、奇妙な情報もあるの」
「奇妙な、とは?」
「出ていく猫はいない。けれど入っていく猫がたくさんいるらしいの。それも全て幽霊の、ね」
そ、そりゃたしかに奇妙です。
となると中は、ねこねこ天国……?
「なるほど。詳細はわかりました、お任せください」
「頼むわね。ここにサルバトーレちゃんの特徴が書いてあるわ」
夫人がパチン、と指を鳴らすと、ひかえていたメイドさんがうやうやしく前に出て、紙をひと切れ渡してくれました。
紙です、なかなかの貴重品。
さすが貴族。
「では、吉報を待っているわね」
用事をすませて、さっさと帰ってしまうご婦人。
馬車に乗り込んで去っていきました。
思い出の地の思い出のダンジョンで、まさかの猫探し任務。
簡単そうな依頼だし、ティアがいるなら楽勝だよね。
ノスタルジックな気持ちにひたりつつ、サクッと片付けてしまいましょう!