64 深夜の訪問者
『欲望』とは、人間が生きていくために必要なもの。
その欲望を植え付けることで、霊魂に生きる力をあたえて生きた肉体に定着させる。
欲の種類を指定しなかった結果、もっとも強く生まれ持った『食欲』が暴走した。
虫をひたすら食べ続けて食道を詰まらせ死んだゴブリン――ううん、ゴブリンじゃない。
ゴブリンの姿をした鳥を目にした、大僧正さんの見解はこんなところだったみたい。
「『欲』をあたえて、生き返らせる……」
ぴたりと、すべてが当てはまった。
パズルのピースみたいにカッチリと。
私の『人助け欲』はつまり、ドライクがツクヨミの力を使って植え付けたもの。
タントさんもおんなじだ。
『誰か』の肉体に、私たちの魂を宿すために……。
「トリスさん、大丈夫ですか? 気分が悪いのなら、いっしょに外で風にあたってきましょう」
「ううん、平気。平気だから……。ありがと、タントさん。セレッサさん、話を続けよう?」
ちょっとショックを受けたけど、だいたい受け入れ済みのこと。
由来がわかった程度ですから、動じてなんかいられません。
「あぁ。死者の蘇生は最大の禁忌。この世とあの世のバランスが崩れかねない行いだ。ばあさんは『ツクヨミ』の永久凍結を決定したぜ」
「その『ツクヨミ』……。死者をよみがえられる力を持った聖霊の名前を、どうしてあの宗教団体が名乗っていたんだろう」
「今のところは、どうにも答えを出せないわ。ただの偶然だったらいいのだけれどね」
「大僧正さん、調査に乗り出しましたから。なにかわかれば知らせてくれると思いますっ」
「だな……。それまではどうにもならねぇ。任務をこなしながら待つとするか」
結局のところ、それしかないですね。
しばらくはティアやテルマちゃんと、葬霊ライフを送るとしましょう。
「……あれ? そういえばセレッサさん。『ツクヨミ』は永久凍結、だったよねっ」
「あぁそうだが?」
「ならどうしてセレッサさんが持ってるのかなぁ、って」
「そりゃお前、オレが封印の役目を任されたからに決まってんだろ」
「おぉ……。大役だねぇ、さすが筆頭!」
「へへっ、まぁな!」
ふんぞり返って誇らしげなセレッサさん。
一方のティア、いつもならムッとするところでしたが、
「『封印』というと、やはりあそこかしら?」
なんとこの余裕の表情です。
『零席』に任命されたのが、よっぽど嬉しいんだろうなぁ……。
「あぁ、あそこだぜ。霊山の北、神仙郷とよばれる山奥のさらに奥。『聖霊の墓場』と呼ばれる場所だ」
「せ、聖霊の墓場?」
聞いたことない地名が出ました。
なんだかとってもヤバそうな名前です。
「どんなところなの、そこ」
「ブランカインドが表向き、精霊信仰の霊山として通っていることは知ってるわよね?」
「知ってるよ、前に教えてくれたよね」
葬霊士や除霊依頼と関係ない一般の参拝者さんの姿も、よく見ます。
うっかりテルマちゃんと話してると、ヘンな目で見られちゃうんだよねぇ。
「ブランカインドは多くの聖霊を集めて管理しているわ。腕利きの葬霊士には特例で、戦力としての運用も許可されている。この私みたいに、ね」
たびたび自分を持ち上げるティア。
なんだか子どもみたいでかわいいです。
ほほえましいなぁ。
「で、だ。数多くいる聖霊の中には、どうにも手に負えねぇ奴らがいる」
「とてつもなく危険な能力を持っていたり、棺でも抑えきれないような力を持っていたり。それから……人間にとって限りなく危険な行動原理を持っていたり」
「……っ」
ごくり。
思わず生つばです。
まがまがしいことこの上ない聖霊ですが、基本的には人間なんかに興味を示さないと聞きました。
ただそこにいて、いるだけで脅威となる、人間とはまったく相容れない異質な存在。
それが自らの意思でヒトに危害を加えてこようものならば……。
「そんな奴らが二度と棺の外へと出てこられねぇように、厳重に厳重に封印しておく場所。それが聖霊の墓場だな」
「ま、まるで火薬庫みたいだね……」
「そのぶん、おそらくこの世界でもっとも厳重なセキュリティに守られているわ」
「そういうこった。たしかにヤベェ場所だが、必要以上に怖がりなさんな!」
「う、うん……」
そうは言っても怖いよねぇ。
私、ぜったいにソコには近づけないでしょう。
漏れ出てるだろうまがまがしい霊気を浴びたら、いろんなとこから汁を垂れ流しになりそうです。
「ま、さすがに場所が場所だからな。入念な準備をして、明日出発する予定だ」
「ボクも共に行くよう指令がありました」
「おぉ、タントさんもいっしょに行くんだ」
万全の警備でツクヨミの輸送を、ということなのでしょう。
敵が出るわけでもないですが、戦力的には充分以上ですね。
あと大僧正さん、それ以外にも思惑がありそう。
タントさんのユウナさんとしての記憶が少しでも戻るように、いろいろ手を尽くしてくれてるんだなぁ……。
★☆★
その日の夜。
ティアのおうちのティアのお部屋で、ティアとテルマちゃんと三人で、ひとつのベッドに入ります。
ガンピの村がなくなっちゃって、今やここが帰るべき我が家。
ティアとテルマちゃん、まるで私の家族みたいです。
もちろんタントさんも。
そのタントさんはユウナさんのお部屋で寝ることになっていますから、私はティアの部屋。
いちおう応接間があって、そこを私の部屋にしないか、とか言われたんだけどね。
よって部屋はあいているのだけれど、そんなの関係ない。
私がふたりといっしょに寝たいのだ。
ちなみに今日に限って言えば、タントさんはセレッサさんのおうちにお泊り。
明日の任務の打ち合わせだそうです。
「ふへぇ、ティアのにおいでいっぱいだぁ」
「あんまり嗅がないの。恥ずかしいじゃない」
布団やまくらに顔をうずめてくんかくんか。
顔を赤くして恥ずかしがるティアがかわいくて、ついついやっちゃいます。
「ではテルマはお姉さまのにおいを……」
「っひゃぁ! 首をスンスンするのやめてぇ」
「はふぅ、テルマの霊体がお姉さまのにおいでいっぱいですぅ」
やられてわかる恥ずかしさ。
これはテルマちゃんにもわからせないと。
「もーっ、お返しっ! テルマちゃんのにおいも嗅いじゃうんだからっ」
「ひょわっ! お、お姉さまぁ……! 首すじ、ゾクゾクってしますぅ……」
なんてひととおりはしゃいでたら、いつの間にか疲れて眠ってしまいます。
大好きな二人といっしょに、夢の中へ……。
「……ん、んん……っ」
ふと、目がさめてしまいました。
マドの外はまだまだ真っ暗。
夜中なのに起きてしまった理由は、もちろんトイレです。
二人を起こさないように抜け出して、ベッドを出ます。
「ん……。さむ……」
山の中だからでしょう。
平地よりずいぶん気温が低いです。
上着を着て部屋を出て、トイレの方へ。
用を足す様子はお届けできません。
ご容赦ください。
「はふぅ、すっきりぃ。これでぐっすり眠れるよぉ。……うぅ、体も冷えちゃったし、はやくベッドにもどろっ」
ティアとテルマちゃんにはさまれて、ぬくぬく暖かい最高の睡眠が待つベッドが恋しいです。
ティアの部屋へともどろうと、階段に足をかけたそのときでした。
コンコン。
「……んん?」
ノックの音、だよね。
こんな夜中に誰だろう。
コンコン、コンコン。
今度は続けて四回。
もしかしたら急ぎの用事か、誰かがケガして助けをもとめてきたのでしょうか。
なんにせよ、放っておけないよね。
「はぁい、起きてまーす」
返事をして、内カギを開けてドアをガチャリと開きます。
さて、どんなヒトがご来客――。
『あなたはだぁれ?』
「え――」
ドアを開けたとき、目の前にいたのは私より少し幼い、赤い髪に青い瞳の女の子。
開口一番、そんな質問を投げかけられました。
だけど驚いたのは、質問の内容なんかじゃない。
だって、だってこの顔、瞳の色こそ違うけど……っ!
「あ、あなた……っ、あなたは、私……っ?」
私と、そっくり同じ顔……!
『ねぇ。あなたは誰なの?』
「わ、私は、トリス……っ」
『本当に? 本当にトリスという人間なの? だったらどうして、あなたはその顔? その声? その体?』
「あ、あぁ……っ」
ダメ、目をそらさなきゃ。
青い瞳から目をそらさないと……。
『あなたがトリスなら、私はだぁれ? あなたの名前がトリスだというのなら、私の名前はいったいなんなの?』
「わかんない……。わかんないよ……」
なんにもわかんない。
どうして私が目の前にいるのか。
なにを言っているのか。
なにもかもわかんない。
わかるのはただ一つだけ。
『怖い』……っ!
『ねぇ、誰なのかしら。私はいったい誰? あなたは私? ちがうよね?』
「わかんないわかんないわかんないっ!!」
『ねぇ見て。私の瞳をじっと見て。そしてあなたの瞳を見せて』
「いやだいやだいやだぁ!!!!! 帰って、帰ってよぉぉぉ!!!!!!」
声の限りに叫んで、ようやく目をそらせた。
頭をブンブン振り回して、もうわけがわからなくなって叫び続けていると、
「トリスっ! トリス、なにをしているの!?」
「ひぃっ!?」
ガシッ、と後ろから肩をつかまれて、心臓が口から飛び出しそうに。
あわててふり向くと、そこには見知った二人の顔が……。
「……え? あ……、ティア……?」
「お姉さま、なにかあったのですか? 普通じゃありませんでしたよ……?」
「テルマちゃん……。あの、えっと、私と同じ顔をした女の子が来て、それで……」
「同じ顔……? その子、どこにいるの?」
「どこって、そこに――あ、あれっ?」
気づけばあの子、どこにもいません。
それどころか玄関のトビラは閉まっていて、カギもしっかりかかっています。
「ど、どうして……? さっきまでたしかに……」
「夢でも見た――というには、トリスだもの。簡単に片付けられないわよね」
「です。お姉さまの感知力で、なにか普通じゃ見えないものが見えた……とかでしょうか」
「うぅ、わかんない……。ほんとに夢だったのかも……」
この日の夜、私が体験した奇妙な出来事。
なにもわかりませんが、たしかなことはただひとつ。
女の子がその場に『いなかった』こと。
ただそれだけ、です。