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63 『ツクヨミ』



 セレッサさんのおうちは、霊山ブランカインドのふもと近くにあります。

 ティアの案内ではじめて訪れたけど、ティアのおうちと造りはあまり変わりません。

 ただしティアのトコとは違い、一階建てみたいです。


 玄関をノックすると、セレッサさんご本人がお出迎え。


「おう、お前ら戻ったのか」


「戻ったわ。そして私、今日から『ゼロ席』よ」


「ゼ、零席ぃ? なんだそりゃ」


「筆頭をも越えた実力者に贈られる特別な称号ね」


「あー……。ばあさん面倒くさくなって適当なでっち上げで納得させたんだな、こりゃ」


「ちがうわよ、失礼ね」


 ゴメン、たぶん合ってると思うよ、ティア。

 それはそれとしてセレッサさんの私服、フリルのついたワンピースで、とってもファンシーな感じです。


 とってもかわいいですが、勇ましいイメージと合わなくって少しびっくりです。

 あくまで少しびっくりしただけで、もちろんとっても似合っていてかわいいのです。


「あのね、任務の話とかさっ。他にもいろいろお話したくって」


「そうですそうです、テルマたちお話をしにきたのですよっ」


「おぅ、そうか。だったら玄関先でいつまでも待たせちゃ悪いよな。上がっててくれ、アイツもちょうど来てるからよ」


 はて、アイツとは?

 奥へと通された私たちは、すぐに答えを知ることに。


「タントさん、来てたんだ」


 私服姿でくつろぐタントさん。

 ティアの家にいるかと思いきや、です。


「皆さん、古戦場からもどったのですね。無事で何よりです」


「私たち、みーんな無事だよっ」


「ちょーっと危ないコトもありましたのですけどね」


「ま、とりあえず座れよ」


 うながされるまま席につき、テーブルに出された飲み物をひと口。

 うん、お茶ですね。

 そこそこ苦いヤツです。



 ひとまず聖霊『ツクヨミ』の話は後回し。

 まずはお互いのことを話す雑談の流れです。


 タントさんはユウナさんとしての記憶がよみがえらないか、昔何度か遊びにきたことがあるというセレッサさんのおうちに来ることで試しているそう。

 ただし残念ながら、よみがえる気配なし。


 私たちも任務中にあったことを、つらつらと語ります。


「ま、またきな臭せぇことになってきやがったな」


「『月の瞳』……ですか」


「ホントに危なかったの。もしもあの目に直接にらまれたら……」


 想像するだけで身震いがします。

 自分が見ちゃった場合はもちろん、ティアやほかのみんなが見ちゃった場合でも。

 いったいなにが起こるのか、想像だけでも恐ろしいです……。


「無事でよかった。トリスさん、あまりムチャをしないでくださいね?」


「うん……」


「さて、ここからが本題よ。あなたたち、『ツクヨミ』って知ってる?」


 『ツクヨミ』。

 その名を出したとたん、タントさんとセレッサさん、ふたりの空気がピリリと張り詰めます。


「お前……。その名をどこで? 大僧正のばあさんから聞いたのか?」


「いいえ。ザンテルベルムの街頭で、勧誘活動をしていた宗教団体がそう名乗っていたのよ。その団体のこと、トリスがどうにも気になるらしくて……」


「うん、とっても気になるの。根拠なんかなんにもない、ただの直感なんだけどね」


「感知力SSのお姉さまの直感です。無視なんてできませんよ」


 そのとおり、ただ事じゃない胸騒ぎがします。

 そしてどうやら二人の反応を見るに、気のせいなんかじゃないみたい。


「……ドライクが自分に憑依させていた聖霊。名前も姿も能力も、なにもかもがわからないヤツ。いただろ?」


「もしかして、そいつの名が――」


 答えるかわりに、セレッサさんが赤い棺を取り出します。

 その棺から感じるプレッシャー、それだけで気分が悪くなりそうです。


「……棺の修復機能で形が戻ってよ。ばあさん立ち合いの元、コイツで憑霊術をためしてみた」


「ボクとヒーダさんもいっしょでした」


「能力、わかったの?」


「前にドライクのヤツ、聖霊を使ってトリスに『人助け欲』を植え付けた、とか言ってたろ? だからコイツが『精神を操る術』を持っていることは、最初から予想がついていた」


「ですが……。その力はボクたちの想像を越えていました」


「いったい……、何が起こったのかしら」


「それは――」




 ★☆★一週間前・ブランカインド郊外の森★☆★




「セレッサ、準備はととのったかい?」


「おうよ、まかせとけ!」


 名称不明、能力不明、力のほども未知の聖霊。

 その能力の検証をまかせられる腕前の持ち主は、ブランカインドにオレくらいだろう。

 ……ティアナもアレだが、アイツ今任務中だしな。


「セレッサさん。万一のことがあってもボクらがカバーしますから、ご安心を」


「大船に乗ったつもりデ、失敗するがイイサ」


「へっ、わりぃがお前ら、出番はねぇぜ。ムダな時間を過ごさせたと後悔させてやらぁ」


 元ヤタガラスの二人も、いざというときのためについてくれている。

 特にユウ――じゃない、タント。

 アイツがいてくれりゃあ心強いってモンだ。


「あんまり調子に乗るんじゃねぇ。気ぃ引きしめてけ」


「わかってるって。余裕と油断をはき違えたりしねぇから、ばあさんは安心してみてな」


「ケッ。ガキが一丁前によ」


 今回、能力の餌食になってもらうのは、近くのダンジョンから抜け出してきた野良ゴブリン。

 木にしばりつけて身動きをとれなくしている。


 動物や人間を実験台にするなんざ、人の道にもとる行いだからな。

 その点モンスターってヤツは、『マナソウル結晶』の魔力が実体化した存在。

 魂すら持たない、生き物ですらねぇヤツらだ。

 思う存分ためさせてもらうとするぜ。


「じゃあ行くぜ。聖霊、とっとと出て来やがれ!」


 赤い棺のフタを開けると、棺の中から黒いモヤがあふれ出る。

 周囲の空気が、気温が、一気に下がった感覚がした。


 肌で感じるプレッシャーは、ティアナの持つ三体の聖霊以上だ。

 モヤモヤは次第に実体化していき、ついにその形をとった。


 ボロボロの長い長い耳。

 顔中に散りばめられた、たくさんの黒い目玉。

 夜のような漆黒の毛皮に身をつつんだ、一頭身の奇怪な存在。


『――我が名はツクヨミ』


 低い、腹の底まで震えるような低い声で、聖霊はそう名乗った。

 棺の効果でかなりの力を抑え込まれているはずだってぇのに。

 暗い暗い闇の中へと、引きずり込まれちまいそうな錯覚さえ覚えるぜ……!


『我が力、望むならばさずけよう。汝の心――』


「黙れッ!」


 ズバァッ!!


 恐れを振り払うように、ヤリの穂先で斬り払う。

 他の聖霊たちと同じように、『ツクヨミ』と名乗った聖霊は黒いモヤへと変わり、刃にまとわりついた。


「ブランカインド流憑霊術……! ――ふぅ、どうやら制御できるヤツみてぇだな」


「ツクヨミ、か。かなりの『格』を持っていやがるな。次は能力だ、試してみな」


「……おう!」


 正直なところ、かなり嫌な予感がするが……。

 ……いいや、恐れちゃならねぇ。

 武器に憑依させて、力だけを引き出すのが憑霊術だ。

 力だけの存在の、なにを恐れる必要がある。


「さぁツクヨミ、てめぇの力を見せてみな!」


 黒いオーラにつつまれたヤリを縛られて暴れるゴブリンにむけ、霊力を開放。

 さーて、いったいなにが起きやがるんだぁ……?


「ゲゥッ!?」


 効果はすぐにあらわれた。

 ゴブリンが急に大人しくなりやがったんだ。

 暴れていたのがウソみてぇに、一か所をじっと見つめてボンヤリしている。


「こいつぁ……催眠か?」


「そのようだネ。コイツ、私たちのコト見えていないみたいダヨ」


 ヒーダがゴブリンの前に行き、目の前で手をひらひらとさせる。

 だがゴブリンはなんの反応もなし。


「精神操作系の能力。想定通りだね。セレッサ、他にもためしてみろ」


「了解、どんどんいくぜ!」


 続けてさらに霊力を開放する。

 そうしたら、奇妙なことが起こったんだ。


 魔物以外の生物には、当たり前だが魂が存在する。

 一寸の虫にも、な。

 コイツらは基本的に歪んだりせず、放っておけば勝手にあの世へ逝くんだが。


 話をもどすが、魔力を開放したとき、すぐそこを一羽の小鳥の霊が飛んでいた。

 ソイツが急に引っぱられるように、ゴブリンの『体の中』へと吸い込まれていきやがったんだ。


「な、なんだぁ今の……? 見間違い……じゃねぇよな」


「ボクも見ました。鳥の霊がゴブリンに……? セレッサさん、いったい何をしたのです?」


「わかんねぇ……。何が起こってやがる……!?」


 その場をつつむ、言い知れぬ緊張感。

 ゴクリとつばを飲み込んだ、そのとき。


「ピイィィイィィィィィィッ!!! ちゅるるるるるんっ!!」


 ゴブリンが、急に奇声をあげて暴れ始めた。

 それもただの奇声じゃねぇ。

 まるで鳥の鳴き声のような、明らかに異常な奇声だ。


「ちゅるるるっちゅん!!」


 ブチブチィ!!


 しかもだ、どこにそんな力があったのか、縄を引きちぎりやがった。

 クソ、魔物を逃がすわけにはいかねぇ!


「ばあさん、始末する許可を!」


「いや――待て。逃げてぇわけじゃねぇようだ……。こいつぁ……」


 ザクッ、ザクッ、ザクッ。


 みんな、ただ絶句していた。

 土を掘り返す音だけがその場にひびく。


 掘っているのは言うまでもねぇ、ゴブリンだ。

 手を使わずに、足でザクザク、ザクザクと土を掘り進め、出てきたミミズを足の指にはさんで食べる。

 出てきた幼虫を足の指でつまんで食べる。

 出てきた虫をつまんで食べる。


 ひたすらに、ただひたすらに土を掘り、食べ続ける。

 まるで鳥。

 そしてまるで、『食欲』が暴走してやがるみてぇだ……。


「どういう……、どういうことなんです……。これではまるで……」


「鳥がゴブリンに憑依シタ……? いや、違ウ……ノカ?」


「ヒーダとやら、いい感知力しているよ……。こいつぁ憑依じゃないねぇ、もっともっとヤバい事態さ……!」


 豪快って言葉が服着て歩いているようなばあさんが、始めて見るような青ざめた顔でつぶやいた。


「『生き返った』んだ。鳥が、ゴブリンの体を乗っ取って、ね……!」



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