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62 胸騒ぎ



 ザンテルプディングというお菓子があります。

 ザンテルベルムで流行のきざしをみせているという、黄色いぷるぷるのお菓子です。


 ゼリーのようでゼリーでない、卵黄の甘味とミルクの風味が混じり合った濃厚な味。

 噛まずとも口の中でとろけて、鼻まで甘さが抜けていきます。


「おいひぃよぉぉ」


「お姉さま、お顔がとろけています」


「がんばった自分へのごほうび、体の奥までしみ込んでくるぅ……」


 荒野の古戦場からもどって、交易都市ならではのオシャレなカフェで保存食以外のものを口にする。

 ただでさえおいしいものがさらにおいしく感じる、至福のひと時だよぉ……。


「テルマちゃんのぶんもあるよ。ほら、あーん」


「お、お姉さま近ごろ積極的ですねっ」


「お供えしなきゃ食べられないから仕方ないの。ほら、あーんっ」


「うぅぅ、あーん……」


 ぱくっ。


 プディングをひとくち食べたテルマちゃんの表情が、パーっと輝きます。


「おいしい、とってもおいしいですお姉さまっ!」


「よかった。まだまだあるからねぇ、たくさんあーんしてあげられるよっ」


「お姉さまがお供えしてくれれば、自分で食べられますよぉ? 嬉しいですが恥ずかしいですぅ……」


 なんでしょう、近ごろテルマちゃんをかまいたくって仕方ありません。

 私の中でいたずら心的な何かが目覚めてしまったのでしょうか。


「ふふっ。ティアもあーん、してあげよっか」


「……いただくわ」


 ザンテルムパフェ、なるものを突っついていたティア、私のスプーンに乗ったプディングを見るや眼光鋭く変わります。

 まるで獲物を狙う猛禽のごとく。


「はい、あーんっ」


「はむっ」


 ぱくっ。


 しかしプディングに飛びつくさまは、子猫や小鳥のようですね。

 かわいくって思わずほほがゆるんじゃいます。


 ちなみにですが、こんなにのんびりしていられるのは今日限り。

 今日一日は疲れをとって、明日からブランカインドへ帰還の旅です。


「もっもっもぅ……。こっちもおいしいわね」


「ティアのパフェ……だっけ。そっちもひとくち食べたいなぁ」


「いいわよ。はい」


 スッ、とスプーンでクリームをひとすくい。

 そのままプディングの器のすみに乗せてきました。


「味わって食べることね。ふふっ」


「……ありがと」


 ちがうのティア。

 求めていたのはそうじゃないの。

 にぶちんさんに複雑な思いをいだきつつ、食べたクリームはとっても甘くておいしかったのでした……。



 さて、この街は交易都市というだけあってお店の数も半端じゃありません。

 住民の層が商人メインなので、お店相手に商売をするお店――いわゆるおろしの店舗が多めです。

 そのぶん貴重な品がお安めな値段で買えたりもします。


 マナソウル結晶をつかった便利な品物のラインナップも王都ほどではありませんがかなりのもの。

 おみやげに何か買っていこうか、そう思いつつ通りを歩いていた時のことでした。


「んん? なんだろ、人だかりだ」


 通りの一角にたくさんのヒトがなにかを囲むようにして集まっているのが、目にとまります。


「ホントね、人だかりね」


「なにか面白いものでもあるのでしょうか……?」


 人だかりができている、すなわち多くのヒトの目にとまる何かがあるということです。

 私たちも自然とそっちに足をのばします。


「――すなわちっ! この世にこそ『救い』が必要なのです!」


 見れば黒衣の神父さん――みたいな格好をした男のヒトが、木箱の上で演説をしていました。


「死後の世界? 天国? そのようなものに救いを求めてはならない! 生まれてきた以上、この現世うつしよで幸せにならねばいかにしましょう!」


 クリーム色の短い髪に、青い瞳。

 どことなく見覚えがあるような、ないような……。

 誰かに似てないこともないような気がしないでもないような……。


「……トリス、何をこんがらがってそうな顔してるの?」


「難しい顔して、あの方のお話そんなに難しいですか?」


「いや。いやいや。なんでもないなんでもない」


 きっと気のせいなのでしょう。

 ひとまず今は、なにを話しているのかをしっかり聞いてみましょうか。


「我らが聖女『ルナ』様はひとたび死に、そして蘇りました。彼女は言った、死しても救いなどないと。極楽などは存在せず、ただ苦しみが続くだけだと!」


「え……? 死んで、生き返った……?」


 それがホントなら、私と同じ?

 ウソではなくてホントなら、ですが。

 その聖女さんとやら、いったい……。


「なればこそ! 苦しみに満ちたこの世を極楽に変えようではありませんか! 少しでも良い暮らしを。生きる喜びを、生きる意味を! それを見つけ、手に入れるお手伝いをわたくしたちはしたいのです!」


 バッ、と両手を広げて、男のヒトが高らかに叫びました。


「我ら、教団『ツクヨミ』がっ!!」


 教団『ツクヨミ』……。

 聞いたことありませんね。


「新手の新興宗教かしら。聖霊を崇拝する土着どちゃくの信仰は多いけれど、アレはなんだかうさんくさいわね」


「そうでしょうか。いいことおっしゃっていると思いますよ? じっさいのところ、テルマも死んだからって極楽行けていませんし。……ま、まぁお姉さまのそばにいられれば極楽以上に幸せなのですがっ」


 ほっぺを赤くして体をくねくねするテルマちゃん。

 かわいいこと言ってくれてうれしいけど、話がそれちゃうから後半部分は流しとこう。


「それよりも、死んで生き返った、ってのが気になるよっ。もしかしたらドライクが誰かで実験してたとかっ」


「あり得なくはないけれど、可能性は低いと思うわよ? そもそも口から出まかせかもしれない」


「うぅ……」


「……けれど、あなたの直感は信じるに値する。ブランカインドに戻ったら、調査できないかダメ元で大僧正にかけ合ってみるわ」


「ティア……!」


 やっぱりティアって、私のことを第一に考えてくれてます。


「あまり期待しないでね。あのババア、おもに金でしか動かないから」


「う、うん……。そうだね……」


 ほんっとうにダメ元だろうね。

 まだまだ付き合い短いけど、なんとなくわかるよ……。


 と、こんなことを話しているあいだも演説は続いています。

 要約すると教団員募集中ってとこですね。


「さて、宿に帰りましょうか。疲れをしっかり取っておかないとね」


「汗とか汚れもね。さすがに気になっちゃうから」


「お姉さま、におってないです。いい匂いなのでご安心を」


 そうして立ち去る私たち。

 ですがふと、視線を感じます。

 演説も途切れてしまって。


 不思議に思ってふり向くと……。


「……っ!?」


 木箱の上の男のヒトが、私のことをすごい形相で見ていたんです。

 おでこにしわをよせて、目を大きく見開いて。

 バッチリ、目が合ってしまいました。


「……ぇ、な、に……?」


「――さぁ、みなさん! 我ら『ツクヨミ』はいつでも門戸もんこを開いておりますよ!」


 ですが、それも一瞬のこと。

 男のヒトは何事もなかったかのように笑顔で勧誘活動を再開します。


「……トリス? どうかした?」


「う、ううん、なんでもない……」


 嫌な汗をじっとりと背中にかきつつ、早足でティアのとなりへ。

 不安をまぎらわしたくて腕を組んで、その場を立ち去ります。


 あのヒト、私の顔を見てどうしてあんな顔をしたのでしょう。

 今も私を見ているのでしょうか。


 答えはわかりません。

 なぜなら、怖くて一度もふり返れませんでしたから。



 ★☆★



 結局そのまま何事もなく、ブランカインドへと帰還。

 古戦場への短い旅が終わりました。


 報告はあらかじめ、ティアが『メッセンジャー』を使って送っておいてくれました。

 私たちが報告のためにお部屋に通されたとき、大僧正さんはすでにだいたいの事情を把握ずみ。


「報告は届いている。ジャニュアーレのこと、残念だったね」


「えぇ、そうね。いけ好かないヤツだったけど。彼の魂が入っている棺よ。一応だけど、持ち帰ってきたわ」


 デスクの上に棺がコトン、と置かれます。

 『一応』というのは、到底話せる状態じゃないから、ってことでしょうね。


「正気、失ってるんだってな。なんとか戻ってこられないか、こっちで試してみるがまずダメだろう。そんときゃ葬送するしかねぇ」


「トリスのおかげで情報が引き出せたのは幸いだわ」


「おう、行かせて正解だったな。トリス、お手柄だよ」


「え、えへへっ」


 偉い人にまでほめられちゃいました。

 とってもくすぐったいですが、とってもとっても嬉しいです。

 もっともっとがんばろっ。


「しかし報告に聞いたアレ。マジなのかい、『月の瞳』の狂気の少女とやら」


「マジです、大マジです。私も危うく……っ」


 今になって、ぶるっと背筋が寒くなります。

 私、危うく死にかけ……っ。


「何者にせよ、ウチの五席をりやがったんだ。きっちりケジメ、つけさせてやらねぇとなァ……!」


 大僧正さんも怒りに燃えてます。

 ものすっごい迫力です。


「『斥候』たちに行方を探らせておこう。ごくろうだった。報酬金は追って届ける。それとアレだ、ゼロ席の件も進めといてやるよ」


「零席……っ!」


 ティアの目がちっちゃい子みたいにキラキラ輝きます。

 特別な称号を正式にもらえることになって、よっぽど嬉しいんだろうなぁ。


「ま、話はこんなもんかね。下がってよし」


「……少し待ってもらっていい?」


「あぁ?」


「教団『ツクヨミ』。知ってるかしら」


「……ツクヨミ、だと?」


 な、なんでしょう。

 大僧正さんの表情が変わりました。


「テメェ、ティアナ。その名をどこで耳にした」


「ザンテルベルムよ。街頭で演説をしていた、うさんくさい新興宗教の名前ね」


「……ツクヨミってなぁ、聖霊の名前だ」


「聖霊、なのですか?」


「あぁそうだ。セレッサにタント、それからヒーダもか。あいつらが知っている。関係あるかどうかわからねぇが、捨て置けねぇな。――オレぁやんなきゃいけねぇ仕事ができた。詳しい話はあいつらに聞いてくれ」


「……わかったわ。失礼する」


 一礼するティアにならって、私とテルマちゃんもぺこりとおじぎ。

 それから部屋を退出します。


 宗教団体『ツクヨミ』。

 月の瞳を持つ少女。

 それから私をじっと見つめた男のヒト。


 本堂を出た私たちは、一路セレッサさんのおうちにむかいます。

 なにかが動き出している、そんな胸騒ぎを感じながら。



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