61 約束を果たすため
気をつけて、なんてティアにはいらない心配だったのでしょう。
数百人の亡霊兵士の群れに斬り込むと、長剣のリーチの長さをいかして次々と斬り伏せ、黒いモヤへと変えていきます。
いくら不死身の亡霊兵士さんたちでも、葬霊士の斬撃を受けたら一巻のおわり。
どんどん、どんどん数を減らして……。
「……ふう。こんなものかしら」
一息ついたティアのまわりには、ふよふよただようたくさんの人魂。
あっという間に全滅させてしまいました。
「すごいよ、ティアっ!」
安全になったところで宿から飛び出し、ティアに駆け寄ります。
もちろんテルマちゃんもいっしょに。
「簡単に全滅させちゃった。すごいすごいっ」
「誰もかれも回避しようともしなかったから」
ティアの両手をにぎってぴょんぴょん飛び跳ねます。
子どもっぽいと思われるかもだけど、安心感とティアのかっこよさについ、です。
「さて、あとはいつものように葬霊するだけね」
「だねっ。もう一人も残っ――」
ぼごっ、ぼごぼごっ。
そのとき、土を掘り返すような音が聞こえます。
直後、亡霊兵士さんたちが地中から這い出してきて、私たちのまわりをぐるりと取り囲みました。
「残ってましたよお姉さまぁ!」
「残ってたねぇ!」
……ってノリで返しちゃったけど、本当に残ってた?
この霊たちの気配、ちっとも感じなかったのに。
なんか妙です。
「残っていようが問題ないわ」
ティアってば、顔色ひとつ変えません。
ふたたび長剣でバッサバッサと斬り伏せて、一秒足らずで全滅です。
けれどなんだか腑に落ちません。
ティアもなんだか、納得いかない表情してます。
「ティア、どうかした?」
「……これまでの霊たちはただ本能にしたがって、合戦のいわば『真似事』をしていた。けれど今の霊たちは、明確に私たちへ奇襲をかけてきたわ。組織的な行動、意思を感じるの」
私とはちがう疑問でした。
ですがティアも違和感を覚えた様子。
「誰かがあやつってる、ってこと? いったい誰が……」
と、その答えはすぐにわかります。
ガシャン、ガシャン、と、寝ているときに聞こえた足音。
鎧の騎士の足音が、こちらに近づいてくるのです。
『……ンター……、……のつよ……、……ない……』
なにやらブツブツつぶやきながら、フラフラと。
銀髪の鎧の騎士が赤い目を光らせて、手にした采配をふるうと、またも地面からボコボコ兵士が湧いてきます。
しかもまた、気配を感じませんでした。
「おでましね。どうやら『合戦の霊』たちとは無関係。他の霊を操れるみたいだわ」
けしかけてきた兵士の霊を斬り伏せつつの分析。
またも瞬殺で全滅させて、今度は騎士に斬りかかるティアでしたが、
ズバッ!
っと斬りつけた腕はすぐに再生。
直後に采配がふるわれて、また地面から霊が湧きます。
「再生した……?」
「あっ、もしかしてあの霊……!」
さっきから、『他の霊』を操ってるんじゃなくって……。
答え合わせのために目を閉じて、魔力を集中させます。
集中、集中、さらに集中させて……開眼!
「綺羅星の瞳っ!」
……見えました!
やっぱり、胸のところに『核』があります!
「ティア、その霊『集合霊』だよっ! きっと取り込んだ霊体を切り離して、兵士の姿で操れるんだ!」
「……そう。だから腕も再生できたのね」
「核は右胸、心臓の位置っ!」
「それだけわかれば充分よ」
弱点がわかれば早いモノ。
呼び出された兵士さんたちの合間を、川を水が流れるようにすり抜けて、
「ブランカインド流葬霊術――彼岸の河瀬」
ズバァッ!
すれ違いざまに右胸を斬りつけました。
斬撃は正確に核を両断。
大きく裂かれた胸のキズから、人魂がまるで血のように噴き出していきます。
「やったっ。すごいよティアっ」
「今回もトリスのおかげよ。助かったわ」
なんと私、ティアに『よしよし』されちゃいました。
えへへ、とっても嬉しいです。
「これでひとまず解決かな」
取り込んでた魂をぜんぶ吐き出して、亡霊騎士さんもそろそろモヤモヤに変わるはず。
そう思って、じっと様子を見ていたのですが……。
しばらく見てても、まったく形が崩れる気配、ありません。
「ま、またまた妙なことになってるねぇ……」
「とことん妙な幽霊さんですっ」
「おそらく『未練』が強すぎるせいね。この世への未練が強すぎて、必死でとどまろうとしているの」
「『未練』……」
よっぽど無念な思いでこの世を去ったのかなぁ。
なんとかして未練、晴らしてあげたいです。
『……ンター……。……レンタ……ク』
さっきからつぶやいてるこの言葉。
おそらくコレが、未練を晴らすためのカギ。
「お姉さま、この方がつぶやいていらっしゃる言葉。もしかすると……」
「……うん。ティア、あのヒトを呼んで。そうしたらきっと、未練が晴れるはず」
「承ったわ。いくわよ、ブランカインド流召霊術」
みなまで言わずとも伝わりました。
長剣を地面に突き刺して、霊気を高めていきます。
「屍山血河の旅路の果てに、永遠に眠りし魂よ」
あのときと同じ詠唱で、黒いモヤが長剣のまわりに集まります。
「黄泉の坂を疾く駆けて、現の世へと降り来たもう」
モヤモヤがヒトの形となって渦を巻き、黒い風が一陣、吹き抜けた次の瞬間。
「十重に八十重に斬り祓え。【破軍剛将グレンターク】」
ガシィッ!
鎧をまとった腕が力強く、長剣の柄をつかみ、地面から引き抜きました。
久々の登場、歴史上の偉人さんです。
呼び出されたグレンタークさん、あたりを見回して懐かしそうに目を細めます。
「これはまた。昔懐かしき場所に呼び出されたものよ」
召霊術の条件は、呼び出すヒトの顔と名前を知っていること。
呼び出すヒトが転生していないこと。
そして呼び出したいヒトに、ゆかりのある場所であること。
グレンタークさんが命を落とした古戦場。
関わり具合じゃハンネスタ大神殿にも負けません。
「――そして、懐かしき顔よな」
将軍さんの発言、対象は私たちじゃありません。
ひざまずいてうめき声をもらす、騎士さんにむけられています。
「私を再び呼び出した理由、おおよその見当はついた」
「話が早くて助かるわ。顔見知りならば、この騎士の無念。百年の未練を晴らしてあげて」
「承知した」
長剣を肩にかついだまま、騎士さんの前に歩み寄る将軍さん。
ゆっくりと顔をあげた騎士さんの、目がまた赤く光ります。
「久しいな、グラーフ」
『……ンタークっ。……レンターク。グレンタークッ! グレンタークゥゥゥッ!!』
奇声をあげて斬りかかるその剣さばき、さっきまでの比じゃありません。
集合霊だったときよりずっと鋭く、早いです。
「百年たとうが剣の冴え、まったく錆びていないようだな。嬉しく思うぞ、親友よ」
『グレンタークっ! オレハ、オレハぁッ!!』
斬り結びながら、ついに言葉を話し始める騎士さん――いいえ、グラーフさん。
赤く染まった目からは、涙があふれて止まりません。
『ヤクソク、シタッ! オ互イ二ッ! 我ガ王二刃ヲムケタラバッ、友トシテ、友誼ノ元二互イヲ討トウ、トッ!』
「あぁ、約束したな。酒を酌み交わしながらの、桃の木の下での事、だったか……」
『ダカラッ、約束ッ、果タスッ! オ前ヲ、討ツタメニ、オレハッ!!』
「……お前が我が陣に突撃をかけ、戦死した報は聞いた。お前らしからぬ焦りを感じる用兵だったが、そうか……」
ガギィ、ガギィ……っ!
何度も何度も斬り結びながら、語り合う将軍さんとグラーフさん。
まるで剣で会話をしているようです。
「『約束』を、果たそうとしてくれたのだな。――いや、今もなお果たそうとしている。百年の時が流れてもなお、我が友として」
『グレンタークゥゥゥッ!!』
「ならば解き放とう。もはや『呪い』と化してしまった約束から、お前を解き放つ。友として、な……」
将軍さん、剣を下ろして棒立ちになりました。
その直後。
ドスッ!!
グラーフさんの騎士剣が、将軍さんの胸を貫通します。
……しかし、それで終わりです。
それ以上なにも起きません。
なぜなら将軍さんは幽霊で、グラーフさんも幽霊で……。
「お前は死んだ、私もとうに死んでいる。もう何もかも終わっているのだ、グラーフ」
『グレン……、ターク……っ』
赤く染まっていたグラーフさんの目に、理性の光がもどっていきます。
将軍さんに刺さったままの剣を手放して、一歩、二歩と後退して、自分の両手を見つめます。
「我らの物語は、約束は、とうに終わった。とらわれる必要などない。さぁ、共に逝こう。在るべき場所へ」
『グレンターク……。オレは……! すまない、約束を……、守れなかった……っ』
「もういい。もう、いいのだ……」
★☆★
ブランカインド流葬霊術、葬送の灯。
光の道が朝焼けの空へとのびて、将軍さんとグラーフさんと、たくさんの兵士さんたちの魂が天へと昇っていきます。
「おじさま、結局どうして王様を裏切られたのでしょう。そもそも本当に裏切ったのでしょうか」
「それを聞くのは野暮だよ、テルマちゃん。あのヒトの物語はもう終わってる。秘密にしたまま終わらせたなら、秘密のままにしておきたいんだよ」
「霊の心を第一に考える、トリスらしい思いやりね」
「えへへ、そうかなぁ」
まだまだきっと、この古戦場にはさまよえる魂がたくさんいるのでしょう。
それぞれに『終わってしまった物語』を抱えて、未練にしばられて、この世をさまよっているのでしょう。
そんな魂が一人でも多く救われれば、と
。
朝焼けの空に消えていく光の道に、願わずにはいられませんでした。