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60 古戦場の夜に



 月の瞳を持つ女の子が、腕利きの葬霊士さんを目で見ただけで殺した。

 ジャニュアーレさんの記憶をのぞいて垣間見た、恐ろしい光景。


 自分でも信じられませんが、ティアとテルマちゃんにこと細かに説明です。

 説明を終えて、最初の二人の反応は。


「……無事でよかったわ。あなたが無事で、本当によかった」


『そうですよっ、お姉さまにもしものことがあったら、テルマは……っ!』


 やっぱり、ものすごく心配されてしまいました。

 ティアなんて私のこと、力いっぱい抱きしめちゃってます。

 テルマちゃんも憑依状態じゃなかったら、おんなじふうにしてただろうなぁ。


「記憶越しだから、効果が弱かった……とかかなぁ? とにかく、命拾いしましたっ」


「もうあのチカラ、うかつに使わないように。わかったわね?」


「う、うん……」


 やっぱり流星の瞳シューティングスター・アイズって、便利だけど危険も大きいよね。

 ただでさえ誰かの死にざまってこたえるモノだし。

 またしばらく封印しそうです。


「あ、そ、それでねっ! まだ情報があります! その女の子だけど、『ヤタガラス』の像の小さい版を持ってたの」


「なんですって……?」


「ジャニュアーレさんがダンジョン内の隠し通路で見つけちゃって、それを持ち去ったから殺されちゃった、みたいな流れだった。なんかココに隠してたっぽいの。像は別の場所にもっていかれた……みたい。頭の中がぐちゃぐちゃになって、あんまり覚えてないんだけどね」


「……ヤタガラスの像。またきな臭いモノが出てきたわね。こんな場所に隠しておいて、見つけられたら人を殺してでも取り返す。どう考えてもただの像じゃないわ」


『ドライクのように大聖霊を呼んで、何か願いをかなえようとしているのでしょうか……』


「今のところ、結論は出せないわね。でも幻覚トラップをしかけた犯人はそいつで間違いない。……となると、長居するのは危険だわ。ひとまず撤退しましょう」


「だ、だねっ」


 推理も考察も、ほかの場所でいくらでもできます。

 もしもあの子が来ちゃったら、いくらティアでも危ないかもしれないもん。


 安否の確認終わり、つまり任務完了。

 余裕があるなら、残った兵士さんたちの霊をみんな葬送おくってあげたいのですが、そうも言っていられません。


 ティアが棺にジャニュアーレさんの霊を手早く吸い込んで、私ももう一回マップを出して、さぁ帰還といきましょう。



 ★☆★



 『オルファンス古戦場』の周辺はダンジョン化する以前、王都と中央都をむすぶ街道でもありました。

 もともとけわしい道なので、こっちを使うヒトは少なかったのですが。

 そんなわけで、ところどころに打ち捨てられた宿場が廃墟として、今も残っているのです。


 赤い荒野が夕焼けでさらに赤く染まるころ。

 荒れ果てた道の果てに、ボロボロの宿が見えてきました。


「今日はあそこで休んでいきましょう」


「うへぇ……。野宿同然だねぇ……」


「風をしのげるだけマシよ。明日はザンテルベルムの宿に泊まれるから」


「ですです、元気出してくださいお姉さまっ」


「うん……。……そろそろにおってこないかなぁ?」


「お姉さまはいつでもいい匂いです。どんな匂いでもいい匂いですよ!」


「それどういう意味!? どんな匂いでもって、どんな匂いなの!?」


「トリス、行くわよ」


「あぁっ、待ってぇ」


 クールに流してスタスタ歩いていっちゃうティア。

 駆け足で追いかけて、ボロボロの宿場へむかいます。



 さすがに室内もボロボロでした。

 宿の中、ところどころ屋根が抜け落ちて夜空が見えます。

 エントランスに寝袋をふたつ広げて、就寝です。


「おやすみ、トリス」


「うん、おやすみぃ」


「ふふふっ。テルマがしっかり見張ってますから、安心してお休みくださいっ」


「いつもありがとね」


「なぁに、役得ですので……。じゅるり」


 睡眠不要なテルマちゃんが一晩中見張ってくれてるから、野宿でも安心して眠れます。

 なにかいたずらのようなもの、されてるような気もしますけども。

 まぁ、そのくらいのごほうびなら全然いいけどねっ。


 ……ちょっと意思表示してみましょうか。

 テルマちゃんならだいたいのことオッケーだよ、って。


「……ねぇ、テルマちゃん。ほどほどにするならさ、いい……からね?」


「はひゅっ!!? そ、それってどういう意味なのでしょうか!!」


「ひみつっ。おやすみぃ……」


 瞳を閉じて、集中せずに力を抜きます。

 テルマちゃんがわたわた慌ててる様子を感じながら、まどろんで、夢の中へ……。




 ……。

 …………。

 …………ガシャンっ、ガシャンっ。


「……んん?」


 耳が、なにかの音を拾いました。

 鎧を着た誰がが歩く、足音でしょうか。

 気になって目を開けると……。


「……あ。お姉さま」


 テルマちゃんと、至近距離でバッチリ目が合いました。


「……テルマちゃん、なにしてたの?」


「ちょ、ちょっとお姉さまのご尊顔を、その……、観察していまして……」


「そんなこと? もっとすごいことしてもいいのに」


「だ、だからお姉さまぁ!? もう、最近どうしちゃったんですかぁ!!」


「テルマちゃんの反応がかわいいから、つい。ところで……」


 寝袋から体を起こします。

 いつなにが起きてもいいように。


「ねぇ、なにか聞こえなかった?」


「んぅ? お姉さまとティアナさんの寝息以外、なにも聞こえませんでしたが……」


「むむ……」


 じゃあ空耳か、それとも私の感知力がずば抜けてるから聞こえた現実の音なのか。

 ハッキリさせるため、もう一度耳をすましてみましょうか。


 ……ガシャンっ、ガシャンっ。


「……やっぱり聞こえる。鎧を着た誰かの足音」


「テルマには聞こえません。お姉さま、耳もいいのですねっ」


「鼻だって利くよ。……まだまだ遠く。でもだんだん、ゆっくりだけど近づいてきてる」


 生きてる冒険者なら、こんな夜中になんにもないところを重たい鎧着て歩いたりしないよね、きっと。

 ダンジョンの名前が『オルファンス古戦場』だから忘れがちだけど、このあたりもまた古戦場。

 ダンジョン外に霊がいてもおかしくありません。


 すなわり幽霊の可能性、大です。

 ここは迷わず、すやすや眠ってるティアの寝袋をゆすります。


「起きて、ティア。ねぇ起きてっ」


「うぅぅん……。ユウナ、あとごふん……」


「ユウナさんじゃないよぉ! ねぇ起きてってば」


「ぅんん……? ……トリス、もう朝ぁ……?」


「朝じゃないけど、まだ夜だけどっ。幽霊出たかもしれないの!」


「……そう。一大事ね……」


 とってもテンション低いですが、ようやく起きてくれました。

 寝ぼけまなこで寝袋から這い出して、コートを羽織って十字架をかつぎます。


「……こちらから打って出ましょう。崩れかけの屋内じゃあ危険だわ」


「う、うんっ!」


「いつものごとく、お姉さまはテルマがお護りしますのでご安心を!」


 ちょっと怖いけど、たのもしい二人がいるから大丈夫。

 ティアたちとうなずき合って、そっと宿を出ようとすると……。


「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉおッ!!!」」」」」


 とつぜん、体中をゆさぶるような音圧がお腹の奥までひびきます。


 たくさんのヒトが、声をそろえて叫ぶ声。

 ドドドドドドッ、と大地をいっせいに駆ける音。

 鋼鉄同士がぶつかり合う金属音まで、そこらじゅうから聞こえてきて。

 これじゃあまるで、戦場のまっただなかに放り込まれたみたい……!


「こ、これ……っ、ねぇティアにも聞こえるっ?」


「よかった。私が寝ぼけてるわけじゃないようね」


「いったいなにが起きてるの……?」


「ひとまず外をのぞいてみましょう!」


「う、うん……。そーっとね……」


 壊れて半開きな玄関トビラの影からそっと、ふたりといっしょにのぞいてみます。

 すると、私たちの目に飛び込んできた光景は、信じられないものでした。


 兵士たちが、ざっと数百人くらいでしょうか。

 陣形を作ってぶつかり合って、弓を射かけ合って、槍で突き合って。

 『合戦』をしているんです。


 ただの合戦じゃありません。

 槍で刺されたり射倒されたりした兵士は起き上がって、また戦いに参加します。

 そして相手を倒して、相手もまた起き上がって。

 倒し倒されの、まったく無意味な戦いを繰り広げているんです。


「な、なにをなさっているのですか……。あの方たちはいったい……」


「おそらく、生前の念にとらわれているのでしょう。いくさをする、敵を倒す。強い思いを抱えたまま命を落とした霊たちが、死んだ瞬間に抱えていた思いに支配され、同じ行動を繰り返している。おそらく夜が来るたびに、百年以上も前からずっと」


「そんなの、悲しすぎるよ……」


 戦って命を落としたあともなお、永遠に戦い続けるだなんて、あまりにも救われない。


「ねぇティア、助けてあげよう?」


「……あなたならそう言うと思ったわ。安心なさい。こんなものを見ておいて、捨て置くようなら葬霊士を名乗る資格はない」


 ティアが宿から一歩、外に出ます。

 その瞬間。


 バッ、と。

 数百人の兵士たちがいっせいに動きを止めて、いっせいにティアのほうを見たんです。


「……っ」


 正直、背筋がゾッとしました。

 ですがティア、さすがです。

 まったく、ちっともひるみません。

 十字架のさやから長剣を引き抜いて、ゆっくりとむかっていきます。


「そこで見てなさい。この人たちはひとり残らず、私が葬送おくってみせるから」


「うんっ、気をつけて……!」



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