06 こんなところに女の子、ですか?
古びた石レンガで造られた、人工的な通路が続く遺跡のダンジョン。
それがここ、ハンネスタ大神殿。
一歩足を踏み入れたとたん、背筋がぞっとするほどの、ものすごく強い悪霊の気配です。
ティアナさんの言ったとおりでした。
それはひとまず置いといて、ダンジョンに入ってまず私がすべきこと。
私の最初にして、最大の見せ場。
そう、それこそが立体ダンジョンマップの生成です。
瞳を閉じて魔力を集中させ……開眼!
「星の眼!」
カッ……!
私の瞳の光彩が星の形に変化して、一瞬の輝きのあと、頭上の魔力球体の中にハンネスタ大神殿のマップが出現。
最深部までの全十階層、私の操作で自在にスライドしちゃいます。
「どうですか、ティアナさん!」
「驚いたわ。大したものね」
ほめられ慣れていなくって、なんだかむずむずしちゃいます。
素直にほめてくれるティアナさん、そういうところ好きだなぁ。
「私たちは青い点、黄色い点が他の冒険者たちですね」
【大迷宮】だけあって、黄色い点がちらほらと。
ただしこんなに広いですから、ばったり出会ったりなんてことはなさそうですね。
「赤い点がモンスター。たくさんいますね、気をつけていきましょう。そして黒い点ですが――」
「黒い点……? そんなのどこかにあるかしら」
「えっ?」
もしかして、幽霊の点ってティアナさんにも見えないの?
……って、そうじゃない。
「黒い点、どこにも見当たらない……」
感じる嫌な霊気からしても、悪霊は確実にダンジョンにいると断言できるのに。
なのにマップのどこにも、黒い点なんて映っていなかった。
いったいどうして?
「んん……? ……まぁいいです、最下層目指して出発といきましょう!」
「えぇ、先は長いものね」
そう言って颯爽と歩き出すティアナさん。
その肩を私、がっちりつかみます。
「ティアナさん、そっち違います。下り階段行けませんし、袋小路でモンスター大量です」
「――本当、頼りになるわね」
余裕の笑みで返された……。
人間、まとう雰囲気って大事なんだなぁ、とか思いました。
マップは出し入れ自由。
好きなときに呼び出して、好きなときに引っ込められます。
私の瞳に星が浮かぶのは出してるあいだだけ。
必要なとき以外、普通の瞳のままなはずです。
今だってきっとそう。
手鏡を取り出して、自分の顔を見てみても。
「いつもどおり、だよね」
目に星なんて浮かんでません。
だったらなんで、悪霊と対面したとき星の瞳が浮かんでたんでしょうか。
『綺麗な星の瞳。大事にしなさい』
あのときティアナさんがほめてくれたの、とってもうれしかったけど、それだけとっても不思議です。
「かなり歩いてきたわね」
「あ、はい。そうですね、えーっと」
いけない、危険なダンジョンでぼんやりしてちゃいけません。
すぐにマップを出して、現在地の確認です。
「現在、第八階層。二層下が最下層ですねぇ」
となりあって歩きながら、ゆっくり進む青い点を指でさし示します。
下り階段までは、あとちょっとみたいですね。
「モンスターを避けて通れるおかげで、予定より大幅に早いわね。何より道に迷わない、これが大きいわ」
「あ、あはは……」
魔物の素材も冒険者の大事な収入源。
だからここまで戦闘をさけることってないんだけれど、今回の目的はあくまで悪霊退治。
赤い点、全部スルーで突き進んでます。
「――そうだ、ひとつ注意しておきたいことがあるの」
注意、ですか……!
悪霊も近づいてきたこのタイミングでの注意、しっかり耳をかたむけないと。
「あなた、あまりにもよく見えすぎているのよね。そのせいで逆に、霊と人間の区別がついていないときがある」
「あ……。心当たり、あります」
フレンちゃんだって、生きてるときとさっぱり見分けつかなかったもん。
嫌な霊気を出してる悪霊や、歪んで異形に片足つっこんでる幽霊なら一発なんだけどねぇ。
「人間と間違えるほど『歪み』が少なく、敵意も放たない霊なら心配いらないかもしれない。けれど万が一もある。どれほど無害に見えても、どこかしら『歪んで』いることが多いから。それだけは頭に入れておいて」
「気をつけ……られるかどうかわかりませんが、可能な限り気をつけます!」
さわれるし対話もできるし、外見だってそのまんま。
見分けがつかない以上、気をつけるしかできないよね、可能な限り。
「まぁ、ティアナさんがいるわけですから。ティアナさんなら幽霊と人間の見分け、簡単につくでしょう?」
フレンちゃんが死んじゃってたって、一発で見抜いたもん。
ホント、頼りになるよねぇ。
っていうか、私たち足りないところを二人でおぎない合っている?
それってなんか、なんかとってもいいかも……。
「……あれ? ティアナさん?」
返事がない、どうしたんだろ。
不思議に思ってとなりを見ると……。
「え、ウソ、いない!?」
なんで!?
ついさっきまでとなりを歩いていたはずなのに!
しかも私のまわり、なんだか霧がかかったようにもやもやしてる……。
「お、落ち着け……。こういうときこそ感知力SSの本領発揮だ……」
星の眼を発動して、マップで現在地の確認を――。
『だめだよぉ?』
「ひっ――」
マップ、出ない。
魔力球体の中に代わりに大写しになったのは、血まみれの歪んだ笑顔。
どうしようどうしようどうしよう。
いったいなにが起こっているの……?
『だめなんだぁ。それだめぇ。だめだからぁ、そっちにいくねぇ??』
にゅるり。
骨に皮だけ張り付いたような細い腕が魔力球から飛び出して、這い出ようとしている。
「いっ、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私にできることなんてもう、悲鳴で恐怖をやわらげながら走ることだけだった。
そうして、どのくらい走っただろう。
もやもやした視界の中で、一度階段を降りた気がする。
ようやく、ようやく視界が晴れてきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
なんだったの、アレ。
ティアナさんともはぐれちゃうし、さっきのがまた出てきたらと思うと怖くてマップも出せないよ……。
「と、とりあえず慎重に進まなきゃ……」
階段の場所も魔物の位置もわからない。
へっぽこな私がモンスターに遭遇したらひとたまりもない。
ひとまず上りか下りの階段を見つけて、そこでティアナさんを待とうと思います。
「――しくしく。しくしく」
「あれ……? 気のせい、じゃないよね」
私の耳が女の子のすすり泣く声をキャッチ。
こんなところで泣いてるなんて、絶対に普通じゃない。
普通じゃないんだけど、私の魂に刻まれてるレベルの人助け欲求が、放っておくのを許しません。
「うぅ、抗えない……! 慎重に、慎重にむかおう……!」
自分でもおかしいと、異常だと思います。
だけどこれ、不思議と抗えないのです。
魔物に出くわさないよう細心の注意をはらって進んで、声が聞こえるところを角からそーっとのぞきます。
「しくしく、えっぐ、えぐ……っ」
いました、しゃがみこんで泣いてる女の子。
顔は見えませんね、しゃがんで泣いてるので。
(ど、どうしよう……。見た感じ、生きてるヒトなのかわかんない)
パッと見どこも歪んでないし、生きてるヒトならなおさら放っておけない。
しばらく考えてたら、私の人助け精神が迷いをやっつけちゃいました。
「あ、あのー……、だいじょうぶ、かな? どこかケガしたとか……」
「えっ――」
信じられないって表情で、顔を上げてこちらを見た女の子。
白くて長い髪がふわりとゆれます。
見た感じ、私より年下かなぁ。
左の髪をひとふさ編んでいて、頭には黒いカチューシャ。
紫色のキレイな瞳の目尻には、涙のつぶがたまっていました。
とってもかわいい、というのが正直な第一印象です。
「もしかして……。テルマが見えるのですか?」
「見える――あっ」
はい、察しました。
この女の子、この世のものではありません。
そういえばこの子が着てる服、本で見たことある。
神殿が建てられた当時に着られてた古い衣装だよね、これ。
そでの下が長くてフリフリで、胸の前でY時に交差しているの。
巫女装束、とかいったっけ。
「あの、えと、その……」
どうしよう、しどろもどろの私です。
ダンジョンにいる霊なんだから絶対危ない霊だよね。
一か八かでマップを出して、ティアナさんに助けを求めようか。
そんなことを考えていたら。
「助けて……っ。テルマを助けてくださいませぇぇぇ!!」
なんかものすごい勢いで抱き着かれて、泣きつかれてしまいました。