58 いざ、荒野の古戦場
ブランカインドから東へ歩いて、再びやってきました、一大交易拠点ザンテルベルム。
ここに来るとどうしても、ガンピの村を思い出しちゃいますね……。
「お姉さま? どうなされました?」
「あ、ううん、なんでもないっ」
村がある山のほう、ぼんやり見ちゃってました。
ダメダメ、これから危ないトコに行くんだから、気を引き締めないと。
さてさてザンテルベルムですが、あらためて見ると王都よりも『マナソウル結晶』の製品が少ないですね。
魔動力車もあんまり走ってないし。
「ねぇティア。王都から近いのに、ずいぶん様子が違うよね。街の中での結晶の濃度とか」
「そうね。王都に技師が集中しているから、という理由が大きいのでしょう。故障したら直すのも一苦労だから。王都から離れるほど運搬にコストがかかって価格も高くなるわね」
「なるほどねぇ」
「魔動力車も、平らに舗装された石畳の上しか走れないわ。木の車輪じゃ振動がひどくて乗り心地最悪。その上すぐに内部が壊れてしまったり、車輪そのものが傷んでしまうの」
「街道とか小さな町とか、普通に土がむき出しですものね」
「便利なようで不便なんだなぁ……」
衝撃を吸収するようなとっても丈夫でやわらかーい素材で車輪を作れれば解決なんだろうけどねぇ。
そんな素材はありません。
いつか大発見される……かもしれないけど。
とかなんとか話しながら、いろんな準備をととのえます。
『オルファンス古戦場』がある場所、荒野や渓谷ですからね。
街も宿場もない無人の野。
野宿だって覚悟せねば……!
「野宿かぁ……。お風呂に入れないんだよねぇ。におったらヤダなぁ……」
「テルマにとってはごほうびですよ?」
「テルマちゃんがよくっても私がやなのぉ!!」
★☆★
オルファンス古戦場のウワサ。
……と題して、いつもどおり怖い話でも紹介したいところですが、なにせ多すぎるんですよ。
多すぎる上に古すぎるんです。
ほとんどがダンジョン化する前のものですから。
いわく、夜中に宿場で合戦の声を聞いた。
部屋の中に血まみれの兵士が立っていた。
たくさんの首無し兵士が列をなして歩いていた。
ダンジョンになってからもたくさんウワサがありますが、ブランカインドの地道な葬霊活動のおかげでしょうか。
それとも場所が悪すぎて、おとずれる冒険者が少ないからでしょうか。
最近は目撃情報も、そこまで多くない様子。
ザンテルベルムから、草木もまばらな荒野を南東へ2日ほど。
かわいた風が吹き抜ける渓谷へ、ようやくたどりつきました。
「到着ね。ここが【大迷宮】『オルファンス古戦場』よ」
いびつな形につらなる岩山と切り立った崖。
あちらこちらに残る砦のあと。
つわものどもが夢の跡、って感じです。
「どうかしら、トリス。霊気、感じる?」
「ん、感じるよ」
鼻の奥がツンとするような、胸の奥がかきむしられるような悪霊の気配。
たしかに感じます。
この渓谷に、いまだ救われず『歪んで』しまったヒトたちをたくさん感じます。
「けどね、そこまで強烈な気配は感じない。集合霊みたいな強いの、ここにはたぶんいないと思う」
「……そう。私と同じ見解ね。私のマント、あんまりビリビリしてないの」
「やっぱりブランカインドの活動の成果、出てるんだねぇ」
「ですがお姉さま、油断は禁物です! 今回もテルマがあらかじめ憑依して、しっかり守らせていただきますっ」
「うん、ありがと。あとでほっぺにちゅーしてあげるね?」
「ほ、ほ、ほ、ほっぺにちゅーですかっ!?」
「あ、ほっぺじゃない方がよかったかな……?」
「ほっぺでいいです、じゅうぶんですぅ!!」
真っ赤になりながら私の中に飛び込んで憑依するテルマちゃん。
最近、この子は攻められると弱いってわかりました。
反応がかわいくって面白いから、ついいじっちゃう。
「――これがのちの惨劇につながるとは、トリスはこのとき夢にも思わないのであった」
「ティア? 変なナレーションつけないでね?」
「……あまりいじりすぎない方がいいわよ? あと、私もごほうびほしいわ」
ティアもほっぺにちゅーしてほしいのかなぁ。
うん、あとでしてあげましょう!
さて、いよいよダンジョンに突入です。
ダンジョン化するまでは、そこまで複雑な渓谷でもなかったようですが、『マナソウル結晶』の出現とともに地形が変化しちゃったとのことで、内部構造なかなか複雑と聞き及んでおります。
ですが大丈夫。
私には、最大のとりえであるコレがありますから。
いつもどおりに瞳をとじて、魔力をためて……開眼!!
「星の瞳っ!」
瞳の光彩が星の形に姿を変えて、頭上に現れいでたるは魔力球。
その中に映し出される立体マップが、この迷宮の構造を私たちに教えてくれます。
「……ひっろいねぇ。一フロアだけだけど、大きさが並みのダンジョン一フロアの30個ぶんくらいある」
魔力球の大きさじゃ、マップがほんの一部分しか映し出せません。
指で横にスライドしないといけない仕様になってしまってます。
「【大迷宮】たるゆえんね。悪霊もダンジョンのいろんな場所に散らばっているでしょう」
ティアの言うとおり。
スライドさせてマップを見ていくと、いろんな場所に黒い点。
長い年月をかけても、さまよい歩く全員を葬送できないわけです。
『ジャニュアーレさんとおっしゃいましたか。五席の方はどこにいらっしゃるのでしょう』
「んー、どこかなぁ……」
スライドさせて探し回ること数秒。
「いた、ここだっ」
見つけました、黄色い点です。
ここから北東にしばらく行ったところ、広間みたいになってる場所で動きません。
「他に黄色い点は……と。うん。たぶんいないね。このヒトで間違いない……と思う」
やたらあいまいなのは、見落としがないと言い切れないから。
なにせ全体像がつかめないほどマップが大きいので。
「さすがね、トリス。ではここを目指して進みましょう」
「うん。そっちじゃないからね。いきなり出口に行こうとしないで?」
いつもどおり方向音痴なティアを軌道修正させて、いざ出動です。
ダンジョンに出る魔物、なかなか強力なものが多いですね。
土でできてて、どうにもとらえどころがないサンドゴーレム。
渓谷のスキマ、空から襲ってくるキラーコンドル。
定番のスケルトンソルジャーも、大群で襲ってきます。
せまい谷間の通路、逃げ場がないので戦わざるを得ないんですね。
どれもこれも、ティアの相手じゃありませんが。
そんなこんなで少しずつ進み、黄色い点まであと少し。
もう三つくらい広いフロアを抜けた先かな?
『黄色い点、ジャニュアーレさんだといいですね』
「だね……。あとさ、ちっとも動かないのも、ちょっと気になるよねえ……」
たとえ死んでても黄色で表示されるのは、グレイコスタ海蝕洞で実証済みなわけで。
この眼で見るまで、無事かどうかはわかりません。
それとですね、ひとつ先のフロアに、黒いモヤがいるんです。
「こっちの霊も動かないねぇ……」
「気をつけて。まず間違いなく『歪んで』いるから」
『お姉さま、幽霊に好かれやすいですからね。先にやっておきます。神護の衣っ!』
遭遇前にキッチリ衣を発動してくれるテルマちゃん。
前に悪霊に分霊を植え付けられて、あやうくママにされるトコだったからねぇ……。
二度とあんなことがないようにって、気をつけてくれてます。
やさしくっていい子だぁ。
「うん、これならバッチリ。ありがとねっ」
『お姉さまのお役に立つことこそ、テルマ無上の喜びですっ』
テルマちゃんみたいな霊なら、いくら好かれてもいいんだけどなぁ。
さて、幽霊のいるフロアに突入。
洞窟みたいになってて、天井から砂がパラパラ落ちてきてます。
ダンジョン保全効果のおかげで崩落はありえませんが、ちょっと不安になりますね。
で、問題の幽霊はというと。
胸当てタイプの鎧と、顔があいてて頭だけを守るタイプの兜をかぶった兵士さん。
フロアのすみっこにうずくまって、なにやらブツブツ言ってます。
私たちを襲ってきたりしないみたい。
「動かないわね。好都合、さっさとかたづけるわ」
「ちょ、ちょっと待ってっ」
双剣を抜くティアに待ったをかけて、よーく耳をすましてみます。
なにを言ってるのかわかれば、力になれるかも。
「んー……」
『……った。……ら……た。はら……。……らへっ……』
「……うん、腹減ったって言ってます」
「戦において、兵糧攻めは有効な手段のひとつ。多数の兵で渓谷にこもる将軍の軍を包囲したのだもの。当然、飢えに苦しんで死んだ者もいるでしょうね」
……なんだか、とってもかわいそうです。
幽霊なら、『お供え』してあげれば食べ物を食べられます。
これも『人助け』。
荷物の中からパンを出して、と。
「兵士さん。よかったらコレ、食べてください」
『……ぁぁ?』
くるりとふりむいた兵士さん。
やせこけてますが、あんまり『歪んで』いません。
じっとパンと、パンを持つ私の手を見ています。
『……食って、いいのか……?』
「はいっ」
『ありがてぇ……。ありがてぇ……』
兵士さんは私の持ったパンに顔を近づけて――。
『ん肉ゥゥゥゥゥッ!! ああああぁりがてぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!!!!!!』
いきなり顔を『歪』ませて、私の手を食べようとしてきました。
口をほほまで裂けさせて、黒一色の目を限界まで開きながら。
「ひっ――」
とっさに手を引っ込めようとするけど、間に合わない。
兵士さんの霊が、私の手に噛みついて……。
バチィイン!!
『あびょっ!!』
神護の衣のチカラではじかれて、頭が消し飛びました。
それから全身が黒いモヤに変わって、
「封縛の楔」
ティアの棺に吸い込まれていきます。
「はぁ、っはぁ、はぁ……」
バクバクと踊る心臓の鼓動を感じながら、噛みつかれた感触が残る手をにぎる私。
衣の効果で痛くありません。
痛くないですが、イヤな感覚、残ってます。
「テルマ。トリスは無事かしら」
『バッチリ護りました。傷ひとつついていません』
「そう。何よりだわ。……トリス、大丈夫?」
ティアの問いかけ、体じゃなくて心が、って意味だよね。
「だ、だいじょぶ。このくらいでショック受けてらんないよっ。想定の範囲内だしっ」
ちょっと強がり言っちゃいましたが、自業自得な面もありますし。
助けを求めてるって思ったら、放っておけなかったんだもん。
「そんなことより早く行こう! ジャニュアーレさん、もうすぐそこだよっ」
「……えぇ、そうね。近くにこんな悪霊がいたのなら、なおさら心配だわ。急ぎましょう」