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55 救いのあらんことを



 断末魔の叫びを残して吸い込まれていったドライク。

 これで全部終わった……のかな。


「やったぜ、ざまあみろ! ティアナ、ようやく仇をとったな!!」


「えぇ、そうね……」


 上機嫌のセレッサさんですが、ティアは少し浮かない表情。

 やっぱり私のことを心配してるのでしょうか。

 あんなんでも、私のお父さん……なんだもんね。


「トリスさん」


「あ、タントさん……」


「気に病む必要なんてありませんよ。ドライクさんをあのままにしていたら、彼も周りの人間も際限なく不幸になっていったことでしょう」


「そう、だよね……」


「彼のかかげた『歪んだ』理想よりも、ボクら葬霊士が『人助け』のために奔走し、悪霊を減らしていくことの方が、よっぽど正しいとボクは思いますよ」


 ……やっぱり強いです、タントさん。

 ドライクといた時間も思い入れも、私よりずっとずーっと強いはずなのに。

 私もしっかりしなくちゃね。


 タントさん、気を失ったヒーダさんを担ぎ上げます。

 それから、あのヒトのまわりをさまよってた剣士さんの人魂を棺に入れてあげていました。


 さて、ヤタガラスの肉体も、紫色のモヤへと変化。

 ティアが剣を床に突き立てて、ふところから取り出したるは聖霊用の赤い棺です。


「お前、そんな貴重品三つも持ってたのかよ」


「いざという時のためにね。とっておき、最後のひとつよ」


 ヤタガラスだったモヤモヤが吸い込まれて、封印完了。

 つくづくすごいですね、あの棺。


 取り込まれてた人魂たちはあたりをフワフワ飛んでいますが、さすがに全部は吸い込めなさそう。

 全部あの世に葬送(おく)り届けるまで、ダンジョン往復マラソンかなぁ。


「……おつかれさまです、お姉さま」


 おっと、憑依解除したテルマちゃんが私の中から出てきました。

 やっぱりちょっと神妙な表情です。

 ドライクが私のお父さんだから、気にしちゃってるのかな……。


「テルマちゃんもおつかれさま。私のこと、ずーっと守ってくれてありがとね」


「お姉さま、お礼なんてもったいないですよっ。お姉さまを守るのは、テルマにとって当然ですもの」


「当然、なんだ……」


「当然ですっ。テルマにとってお姉さまは、とってもとっても大切な人ですから」


「……テルマちゃん、ホントにありがとね」


 テルマちゃんが遠慮しちゃうし、お礼はほんのひとことだけ。

 けどね、言葉じゃ言い表せないくらいホントに感謝してるんだよ。


 私がここにいていいんだ、って思えるふたつの理由のひとつ。

 テルマちゃんがこんなに好いてくれてるから、そう思えるんだよ。

 ……それと、もうひとつ。


「トリス。ケガはない?」


 ティア。

 私のことを無条件で信じてくれるあなたがいるから、私、自信が持てました。


「ぜんぜん平気だよっ。テルマちゃんがずっと守ってくれてたから」


「そう。よかったわ。本当によかった」


 基本的に、ティアは多くを語りません。

 そのぶんいろいろとわかりやすくって、たった今浮かべた笑顔もほら。

 まるで憑き物が落ちたような、ふんわりやわらかな笑顔です。


「……あのね、ティア、テルマちゃん。ふたりとも――」


 もうダメ、感謝の気持ちと大好きがあふれだして止まりません。

 だから私、二人のほっぺに。


 ちゅっ、ちゅっ。


 っと、キスしちゃいました。


「ふたりとも、大好きだよっ」



 ★☆★



 ……あのあと、テルマちゃんが昇天しかけましたが、なんとか持ち直しました。

 それはともかく、全てが終わってみんなでダンジョンを脱出。


 時刻はちょうど夕暮れ時。

 逢魔おうまが時、あの世とこの世がもっとも近づく時間です。


「――さぁ、葬霊士の本来の役目を果たしましょうか」


 夕暮れの草原、ティアが十字架を地面に突き立てて、光の魔法陣が展開されました。

 そこからかがやく光の道が、たそがれの空に浮かぶ雲のスキマへ伸びていきます。


葬送の灯(アウフヴィダーゼン)。あの世とこの世をむすぶ懸け橋よ、さまよえる御霊みたまを冥府へ導きたまえ……」


 胸の前で十字を切って、まずは『ヤタガラス』に吸収されてた霊魂たちです。

 棺におさまらなかった分も、なぜか後ろをついてきてくれました。

 おかげで往復マラソンの手間がはぶけます。


「棺の中にドライクの気配を感じるから、恨みの念でついてきてるんじゃないかしら」


 とはティアの談。

 だとしたらちょっと怖い。


 ティアやセレッサさん、タントさん。

 みんながそれぞれ棺のフタをあけて、解放されたたくさんの魂が、光の道を天にむかってのぼっていきます。


 このヒトたち、今回は完全に純粋な被害者でとばっちりだもんね。

 だから、


「せめてあの世では幸せに暮らせますように……」


 と、両手を組んでお祈りです。

 このヒトたちの今後の行き先はそれぞれちがうだろうし、私にできることなんてこれくらいだから。


「……被害者たちの葬霊は、ひとまず終わりね」


「きっちり全員葬送(おく)ってやれたな」


「えぇ。さて、次は――」


「……このヒトたち、ですね」


 タントさん、ずっと持ってた二本の剣を地面に突き立てます。

 すると剣が形を変えて、もとのゲルブとロンちゃんに戻りました。


「――っ、ぐ……! まさか、まさか私がドライク殿を突き殺すとは……ッ!」


「くぅぅぅん……」


 悔しそうですね、ゲルブ。

 というかあのヒト、剣の状態でも意識あったんだ。


「ゲルブさん、あなたの番です。ボクが引導を渡しましょう」


「あ、あぁ……。そうしてくれ……。私の望み、もはや現世うつしよにはあらず。ロンちゃんとともにあの世へ逝くとしよう……」


「……ドライクさんを、今でも信じているんですか? ボクもヒーダさんも、彼を裏切ったというのに」


「ヒーダはな、正義感が強く潔癖けっぺきなところがある。私欲のために不必要な犠牲を出したドライク殿を許せなかったのだろう」


 気を失ったままのヒーダさんをチラリと見て、それから視線をタントさんへ。


「お前もだ。根底にあるのは『善性』。お前もまた『救世の少女』であるのだから」


「ゲルブさんは、ちがうのですね」


「その通り。目的のためならば、多少の犠牲はしかたない。綺麗ごとだけでは世界を大きく変えられんと思っている。私の気質を把握していたからこそ、ガンピの村の存在をお前とヒーダに伏せ、私に任せていたのだろうな」


 タントさんもヒーダさんも、幽霊村のこと知らなかったんですね。

 詰めの段階まで二人にも信用されるような人格者を演じきって、尻尾を出さなかった。


 ドライクという男、改めて怖いです。

 今まで出会ったどんな悪霊よりも、怖いかもしれません。


「……最期にゲルブさん。ひとつ聞いてもいいですか?」


「最期だ、なんでも答えよう」


「どうして死んだんです。ヒーダさん、ものすっごく泣いていましたよ」


「ロンちゃんの縛りを解いたら噛み殺された」


「噛み……っ……? ……っ!?」


 あ、タントさん絶句してる。

 そりゃそうだよね、どんな壮絶な死を遂げたかと思いきやのコレだもん。

 しかも自分を殺した犬を、死んだあともかわいがりまくってますし。


「フッ、そんな顔をするな。これも一種の愛情表現。私とロンちゃんの絆の証なのだから、な……」


「そ、そうなのですか……。で、では葬送(おく)りますね」


 ゲルブとロンちゃんが、魔法陣へと誘導されました。

 光の道に入って昇っていくひとりと一匹。


「あははっ、さぁロンちゃん! あの世まで競争しようかっ!」


「ばふっ」


 最期まで仲良くじゃれたまま、天へと召されていきました。

 ホント、最期までブレなかったね、あのヒト……。


 そして、いよいよ最後です。


「……ティア。あのヒト、棺から出しても大丈夫?」


「一度『光の道』に乗せてしまえば、脱出なんてできないわ。魔法陣の上に直接出しましょう」


「――待ってください。この棺の中身も、いっしょにお願いします」


 タントさんが取り出した棺、たしかアレって……。


「ドライクが持ってた棺、だよね?」


 ドライクの死体をごそごそして、持ち出していたミニ棺です。


「中身は、もしかして……」


「えぇ。ボクらの『母』です」


「私たちの、お母さん……」


 悪霊に憑かれて私たちを殺して、自責の念から自ら命を断ったお母さん。

 死んでも救われず、取り返しのつかないほどに『歪み』きってしまったお母さん。

 その状態で呼び出され、ドライクにずっと捕まえられていた。


「せめて、いっしょに葬送(おく)ってやりたいんです。たとえ正気を失っていても。それがボクにしてやれる、せめてもの手向たむけですから」


「……かまわないわ。依頼人の希望には、出来うる限り応えるのがプロだもの」


 やっぱりタントさん、強いなぁ。

 私、歪んだお母さんを見るのもドライクが棺から出てくるのも怖いもん。


 ティアがドライクの棺を、タントさんがお母さんの棺を、魔法陣の上にかかげます。

 そうしてフタをパチン、と開くと。


『あぁぁぁっぁああぁぁあぁぁぁあぁ』


『トリス、トリスッ!! タント、あぁタントッ!!! パパは、パパはァァァァァァァァ』


 ……出てきました。

 二人とも、取り返しがつかないくらい『歪んで』しまっています。


「……っ、ドライクさん。もうあきらめてください。せめて奥さんといっしょにあの世へ――」


『イヤダッ、イヤダァァァァァァァ!!』


『ドライクゥうゥゥゥッ! アタシのイトシイヒトぉォぉォぉォぉォ!!!』


「……っ」


 もう見ていられませんでした。

 奇声をあげながらドライクに噛みつく『お母さん』と、光のカベをバンバン叩くドライク。


 ふたりとも結界の外には出られませんが、光の道を昇っていってくれません。


「困ったわね……。どうするつもり?」


「葬霊すると決めたのはボク。ですから、弔うのはボクです」


 タントさん、どうするつもりなのでしょう。

 目をつむって、魔力と霊気を高めているのがわかります。


「ドライクさんにできるんだ。同じドライクレイア式を修めたボクにも可能なはず……」


 右手をかざして、そこに霊気と魔力が集まっていきます。

 アレってまさか……。


「彼方より来たれ、悠久を燃える煉獄の炎。ドライクレイア式召霊術――『煉獄の炎ブレイズ・オブ・パーガトリー』」


 ボッ……!


 タントさんの手のひらに、きらめく黄金の炎がともります。


「……できた。魂を浄化し、初期化する。天国と地獄のはざまで燃え続ける炎を呼べました。これで……っ」


 魔法陣の中に腕をさしこむタントさん。

 呼び出した煉獄の炎が、ドライクとお母さんに燃え移りました。


『あっ、あつっ、熱いぃぃぃぃぃぃいぃぃ!!』


『ひぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 耳をつんざくような悲鳴をあげて燃える二人の魂。

 やがて白い人魂になって、それでもまだ燃え続けます。


 きっと『歪み』を浄化しきれないのでしょう。

 もしかしたら未来永劫燃え続けるかもしれない。

 ですがようやく悲鳴がやんで、フラフラと天にむかっていきました。


「……どうかふたりの魂に、安寧が訪れんことを」


 胸の前で十字を切るタントさん。

 私も祈らずにはいられません。


 もう充分報いは受けたと思うから。

 いつか二人の歪みを焼く炎が、消える日が来ますように、と。



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