54 『夢』の終焉
ドライクから始まって、ヤタガラスの体にめぐる霊気の道。
きっと血管みたいなもので、断ち切られればエネルギーは巡らない。
肩のところでスタンバイするモヤモヤの幽霊さん、きっとヒーダさんが操霊術で操作しています。
「勝負は、いっしゅん……」
ごくり。
緊張しますが、私にしかできないこと。
しくじらないようにがんばらないと……!
『お姉さま、大丈夫です。一人じゃない。テルマが憑いていますから』
「……うん。ありがとね」
こんなとき、ひとりじゃないって心強いよね。
私の中のテルマちゃんといっしょに、タイミングを見計らいます。
モヤモヤ剣士が剣をふりかぶって、振り下ろすその瞬間。
「ティアっ、右腕!! 今から動きが止まるからっ!!!!」
声の限りに叫びました!
「わかったわ」
ティア、ノータイムでうなずいて、二刀に宿した風の力を全開です。
ティア、ありがとう。
いつもなんにも説明しなくても、私の言うことを信じてくれるよね。
なんにも見えなくても、私が見たコトを、私を信頼して受け入れてくれる。
大好きだよ。
『トリスぅ? いったいなにを――』
ティアとは正反対に、意図がまるでわかってないドライク。
私の声に気を取られた直後、
ばつんっ。
『お、おぉぉぉ??』
やりました!
モヤモヤ剣士の一刀が胴体から腕につながる霊気の流れを断ち切ったんです。
タントさんをつかんでいた右腕がだらりと垂れ下がって、一気に脱力。
その瞬間に合わせて、ティアの鋭い二刀が繰り出されます。
「黄泉の辻風」
ズバシュッ!!
竜巻をまとった斬撃が右腕のひじを斬り落として、
「助かりましたっ!!」
タントさん、すかさず拘束から脱出。
いそいで距離をとりました。
ヒーダさんが一瞬と言ったとおり、霊気の道もヤタガラスの腕も、すぐにつながって元通り。
くわえてモヤモヤの剣士さん、『ヤタガラス』の体からポーン、と排出されちゃいます。
『ヒーダぁぁっ、仕込んでいたねぇぇえ!?』
「く、くク……ッ。霊を根こそぎ、吸収するときにネ……。相棒ヲ、吸わせておいたノサ……。1081体目の、招かれざる生け贄をネ……!」
『そうだったのかい。私はね、キミを殺しておくべきだったかな、と後悔しているところさ……!』
「そうカイ……! そいつぁザマぁみろ、ダ……! ククく、く……っ――」
ヒーダさん、勝ち誇ったみたいに笑ったあと、気を失ってしまいました。
ティアはというとこの間に、すかさず納刀して残りふたつの赤い棺を開きます。
タントさんが解放されて、大技が出せるようになったんだもんね。
十字架を大剣に変形させて、
『『我ら』』
ズバッ。
『『あびょ』』
二体の聖霊を無言で斬って、岩と炎、それから風をまとわせます。
ただ、力のチャージが足りないみたい。
お姉ちゃんにつかったときより出力が弱いです。
「……やっぱりこの技、チャージに時間がかかるわね。セレッサ、またお願いしていいかしら?」
「あぁかまわねぇさ! オレだって大技解禁だ、暴れさせてもらうぜ!!」
セレッサさん、ピジューを宿したヤリを地面に突き立てます。
するとあっちこちから大木が生えてきました。
「樹海封縛ッ!!」
たくさんの大樹がうねうね動きながらごんぶとの枝を巻きつけて、ヤタガラスをグルグル巻きに。
さらにあまった枝で、ムチのようにバシバシ叩きまくりです。
『やめたまえっ! 今すぐ私を開放するんだ!! 自分がなにをしているかわかっているのか!?』
「わかっているさ! ユウナの仇を追い詰めてんだよッ!」
『なにもわかっていない! すべての悪霊を殲滅できるんだよ! 世界が救われるまであと一歩だというのに、なぜ私をはばむんだ!!』
「――あなたこそ、何もわかっていない」
ドスッ!!
『あが……?』
二本の剣を口の中につっこまれて、ドライクがあぜんとしてます。
突っ込んだのはタントさん。
すこし悲しそうな表情してる……。
「自らの正しさを信じて疑わない『盲信』。強烈な推進力となったのでしょうが、そのやり方が彼女たちという敵を作った。そのやり方がこのボクに、あなたを斬らせたんだ……!」
『たん、とぉぉぉ……!』
剣を引き抜いて、ドライクの本体へ何度も斬りつけ乱舞。
ヤタガラスの抵抗が弱まります。
二人のおかげで、どうやら時間稼ぎも完了。
三体の聖霊を宿したティアの剣は、大岩の大きさも、炎と風のはげしさも、お姉ちゃんのときよりずっと強い。
「……ずっと。ずっとこの瞬間を待ち望んだわ。目の前で、あなたにユウナを奪われたあの日から、ずっと」
『か、考え直すんだ……! この世界から悪霊がいなくなる、悪霊が生む悲しみもなくなるんだよ……!』
「そうね、とっても魅力的な世界だわ。実現できなくて残念ね」
『待ってくれ、待って……! トリス、パパからのお願いだ……! 彼女にやめるよう頼んでくれ。そしてパパとママとタントと、家族みんなで仲良く暮らそう……!』
今度は私にむかって、必死に頼んできたね。
ドライクが私のお父さんをしていた記憶、覚えてないけどなんとなく、どんな父親だったかわかるよ。
気持ち悪いくらいに娘想いで、家族想い。
だからこそ、家族をうしなって壊れてしまった。
生きながら悪霊のように『歪んで』しまった。
同情なんかしない。
ティアの悲しみ、苦しみを思えば、ドライクのやったことをぜったいに許しちゃいけないもん。
だからせめて……。
「……私のお父さんはひとりだけ。ガンピの村でいっしょに暮らしたお父さんだけだから」
せめて、この世に未練を残さないように。
頑ななあなたの心をへし折るために、きっぱりと、拒絶の言葉を叩きつけよう。
「あなたのことなんて……っ、お父さんだと思えない……!」
こんなこと言っちゃって、後悔する日が来るかもしれない。
けれど今じゃない。
「あなたひとりだけの望みを、勝手に私に押し付けないでっ!!」
『あ、あぁぁぁ、トリス……。あぁぁぁぁぁぁああぁぁ……っ!!』
絶叫と狂乱。
首を左右にふりまくって発狂してしまったドライクから、タントさんが飛び離れます。
「……ティア、お願い。あのヒトを、あのヒトの悲しみを終わらせてあげて」
「えぇ。それがあなたの『人助け』なら、どこまでも付き合う覚悟だわ」
炎がはげしく渦を巻き、風と混ざって燃え盛る。
赤熱した柱のような大岩の刃がうなりをあげて振り下ろされました。
「これで最後よ。奈落へ導く獄炎の嵐」
『あッ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁァあアァァアあぁぁっ!!!!!!』
ズガァァァァッ!!!
炸裂する、ティアの最大最強の一撃。
巨大なヤタガラスの体が真っ二つに斬り裂かれて、取り込まれた魂たちが飛び出します。
『終わる……。私の夢が、希望が、終わるぅ……』
ポロリと涙を流すドライクに胸が痛むのは、ちょっとお人よしすぎるでしょうか。
「生きたまま歪み、死して悪霊となったあなたに、果たして浄化の炎が手心を加えてくれるかわからないけれど――」
『嫌だ……! 私は、私は……っ』
「あの世への水先案内くらいはしてあげるわ。往生なさい――『封縛の楔』」
『いいぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!!』
ティアが棺のフタを開け、ドライクは絶叫しながら『歪み』きった表情で吸い込まれていきました。
やっと、ついにドライクの最期――。
『とぉぉぉぉぉぉぉぉりすううぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥゥッ!!!』
――かと思いきやドライク、なんと踏みとどまりました。
それどころかゆっくり、ゆっくりと、私のほうに近づいてくるんです。
「封縛の楔の吸引にあらがうですって……!? なんという執念――いえ、『妄執』なの……っ!」
『トリスっ、トリスゥゥゥッ!! パパを、パパを助けてくれっ!! 助けてくれるだろう!?』
必死に手をのばして、私にすがろうとしてきます。
あれだけハッキリと拒絶したのに、まだ。
『「救世の心」、人助けをなによりの喜びとするトリスなら……ッ!! パパがこんなに困っているんだ、見捨てたりなんかしないだろうっ!? なっ? なっ!?』
手をのばせば届く距離までのばされた、ドライクの手。
『心の底からわきあがる気持ち』にまかせて、私も手をのばしました。
『あ、あぁ……っ!! トリス、そうだよトリスッ!! パパ、信じてたよっ! トリスはとってもいい子だから、あんなの本心じゃないって信じてた……っ! さぁ、もっと手を伸ばして! さぁっ!!』
ドライクが手をのばして、のばして、指先が触れ合った瞬間。
バチィィィンッ!!!
『――あえ?』
『悪霊』をはじく神護の衣。
テルマちゃんの聖なる護りによって、ドライクの右手が消し飛びます。
「……これが私の答えだよ」
言葉で言ってわからないなら、今度は行動でしめします。
私の内からわいてくるのは、『助けたい』なんて気持ちじゃない。
怒り、悲しみ、それから嫌悪。
つまりは、『拒絶』です。
『あ……、あぁぁぁっ、トリス……ッ!! トリスッ!! トリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリストリスゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥウゥッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
今のがトドメになったのでしょう。
絶望の叫びをあげながら、力尽きたドライクが棺に吸い込まれていって、
パチンっ。
……フタが、閉じられました。