53 ヤタガラスの『チカラ』
ドライクの霊が叫ぶと同時、『ヤタガラス』の像の眼が不気味に光ります。
フロアにあふれていた霊たちが、なにかに吸い込まれるように像の中へと取り込まれて……。
「い、いったいなにが始まるの……っ!?」
『お姉さま、お気をつけください……! これまで感じたことがないほどの、まがまがしい霊気ですっ』
テルマちゃんの言うとおり、像からドロドロとにごったヘドロみたいな感じがします。
聖霊の気配を何倍も濃くした感じです。
吐きそうです。
『今こそ復活の刻! 1080の魂をその身に取り込んで降臨せよ、【ヤタガラス】ッ!!!』
ピシっ、ピシっ。
像がひび割れて、崩れていきます。
そのたびにどんどん嫌な感じが濃くなって……。
「こ、この重圧は……っ」
「ウソだろ、オイ……!」
タントさんもセレッサさんも、ほほを大粒の汗が流れます。
この二人ですらこうなっちゃうだなんて、きっと私『神護の衣』で守られてなかったら吐いてます。
もしくは気絶しています。
「トリス、下がっていなさい」
「う、うんっ」
私の前にスッと出てきて、かばうように立つティア。
いつも頼りになって素敵です。
しかもわりと平気そう。
鍛え方がちがうのでしょうか。
それとも……感知Eだから?
「あとの二人も、不安なら後ろで見ているといいわ」
「……ケっ。誰にむかって口きいてんだぁ? オレぁ『筆頭』サマだぞオイ」
「ボクもまだ見学には回れませんね。身内の不始末、きっちり尻ぬぐいしなければ」
ティアにつられて二人に闘志が宿ります。
この三人が力を合わせれば、ぜったいに負けませんよね!
『ヤタガラス』の像ですが、とうとう全体が崩れて完全に崩壊してしまいます。
もうもうと立ちこめる砂煙。
たくさんいた霊たちだって、みんなみんな吸い込まれて、広間が一瞬静まり返りました。
もっとも、静寂はほんの一瞬。
砂煙の中から『それ』が姿を現すまでの間だけ。
ズゥゥゥゥン……。
一歩一歩歩くごとに大地をゆるがす巨体。
カラスのような頭部にびっしりとついたたくさんの目玉がギョロギョロと動き、するどいクチバシがパカパカと開いたり閉じたり。
筋肉質な人間の胴体に、鳥みたいな細長い足が三本。
あと、ついてる意味があるのか聞きたくなるほど小さな二つの翼が背中についています。
「あれが……っ」
『あぁぁぁぁ、やっと会えたねぇ……。はじめまして、だ。大聖霊【ヤタガラス】』
アレが、ヤタガラス……!
広間の天井に頭がぶつかりそうなくらい、とってもとっても大きいです。
ところがヤタガラス、それっきり動きません。
ぼんやり立ち尽くしたままで、像とたいして変わりません。
「……襲ってこないわね」
「う、うん、というよりもアレは……。『自分の意思がない』ように見えるよ」
『意思がない、ですか……?』
「でも歩いてたぜ、アレ」
私の眼にはそう見えたんです。
命があっても意思がない。
だから自分でなにも考えられなくって、なにもできずに立ってるだけ。
そう見えるんです。
『さすがだねぇ、トリス。いい眼を持っているよ。さすが私の娘だねぇ』
……私、ほめられるの好きです。
ほめられると無条件でうれしくなります。
だけどドライクにほめられても、ちっともうれしくなりません。
不思議ですね。
『ヤタガラスはね、「チカラ」だけの存在なんだ。心がないのさ』
「心が、ない……?」
『あるいはあったのかもしれない。あまりに強大なチカラを恐れた何者かが、二つにわけて封じたのかもしれない。真相などわかりはしないが、今はどうでもいいことさ。ともかく、ここにいるヤタガラスは「心」を持たない純粋なチカラだけの存在なんだ』
「つまりこういうことね。デカいだけのデクの棒」
「苦労して呼んだ大聖霊がこんなんじゃぁな。目ぇつむってても祓えそうだぜ」
『だからこそ、「心」が必要なんだよ。トリス、タント。キミたちのような純粋な、ひたすらに他人の幸せのみを祈る心がね』
「それが『救世の心』……というわけですか」
『タントは賢いねぇ、本当に賢い子だ。いかにも、純なる「救世の心」を持つ者とつながった時のみ、ヤタガラスはすべてを叶える力を発揮する。その心を持たない者では、ストッパーがかかってしまってフルパワーの数パーセントしか出せないのさ』
幽霊村をわざわざ作ってまで、私に芽生えさせたかった『善性』。
すべてはこのために……。
ヤタガラスの『願いのチカラ』を引き出すために、だったんだ……。
『しかしねぇ、「救世の心」を持たぬ者でもつながるだけなら可能なんだ』
ドライクがヤタガラスの胸の前に行きました。
そこから体をズブズブとうずめていって、顔だけ出して埋まってしまったんです。
つまり合体です。
一体化しちゃいました……!
『そうして引き出せるわずかばかりのチカラでも、葬霊士を二人ほど始末するには充分さぁ』
「お、おい、ヤバいぜ……! ヤタガラスが……!」
『では始めようか。悪霊のいない世界をつくるため。そして家族がふたたび仲良く暮らすため。ジャマする「悪い人」たちをやっつけるために』
ドライクという『動力』を得たヤタガラスが、とうとう動き始めました。
三本足をカサカサと動かして、ティアたちのほうへむかっていきます……!
『まずはキミだぁ! 娘をたぶらかす悪い虫めぇ!』
でっかい拳を振り上げて、巨体からは考えられない速度のパンチが繰り出されます。
しかしティアには当たりません。
飛び上がりつつ、風をまとった双剣を振るいます。
『キミにトリスはやれないねぇ。かわいい娘、誰にもやれないよぉ!』
「あなたに断り入れるつもり、ハナからないわ。勝手にもらっていくから」
そ、そんな、照れちゃうよぉっ。
……っと、照れてる場合じゃありません。
飛ばした風の刃がヤタガラスの体に命中。
しかしダメです。
亡霊騎士の鎧を簡単に斬り裂いた切れ味ですが、すぐに傷口がふさがってしまいます。
『トリスを嫁に出すなんて、お父さん、許しませんよぉぉぉぉっ!!!』
空中にいるティアにまたもパンチ。
ですがティア、風をあやつってすっ飛んで、ヤタガラスから離れました。
パンチ、またも空振りです。
「かなりの硬さだが……、コイツぁどうだ!」
続けて攻撃をしかけるセレッサさん。
聖霊ピジューを刃にまとわせて、ヤタガラスの足元から巨大な木の槍を作り出しました。
ものすごい勢いで突き上げてくし刺しに、なるかと思いきや。
刺さっていません。
ただ持ち上がっただけ、です。
『我が友人、ピジューのチカラか。返してもらうよ? 彼とは長い付き合いだったのでねぇ』
「ドライクさん、どこ見ているんです?」
っと、いつの間にかタントさん、胸に埋まっているドライクのすぐそばまで飛んでいました。
さっきやっつけたときのように刃を伸ばして、本体を直接ねらうつもりです!
『もちろん、タントとトリスの二人さぁ。ずーっと見てるよ? 大事な大事な娘だからねぇ』
ガシッ!
「う……っ!」
ところが剣をふりかぶる直前、すごい速度で腕が動いてタントさんをわしづかみに。
「しまった……! う、動けません……!」
『タント、心配いらないよ? これ以上しめつけたりしないし、握りつぶすなんてもってのほか。このまま優しく、にぎってあげるだけだから』
ドライクの言うとおり、命の危機じゃありません。
だけどあれじゃあ……っ。
「クソっ、あれじゃあ人質に取られたようなモンじゃねぇか!!」
「正確には少し違うわね。私たちが攻撃を続けても、タントに危害を加えることはないでしょう」
「だったら心配いらねぇ――ってわけでもねぇのがな」
「えぇ。たとえば私の三体聖霊合体技。アレならおそらく敵の装甲を抜けるでしょうが、規模が大きすぎて巻き添えにしてしまうわ」
うわわっ、大ピンチじゃないですか……!
「ど、どうしようっ……じゃない! こんなとき、いつだってやることはひとつだけ。私のとりえ、この眼だけなんだから」
ふるふる左右に首をふって、パンとほっぺを両側から叩いて気合い注入!
意味があるのか、なにが見えるかわからないけど、なにか光明が見えると、そう信じて目を閉じます。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
大きく息を吐いて、軽いトランス状態に自分を追い込んで。
魔力を体中からかき集めて、瞳に集中、集中、集中……からの、開眼!!
「綺羅星の瞳っ!!」
……見えました、ヤタガラスの体内構造。
他の聖霊とはぜんぜんちがいます。
まず、体のあちこちに散らばっているはずの弱点が見当たりません。
集合霊的な核もなし。
ドライクを心臓のようにして、霊力が体中を血管のように流れているみたいです。
そしてです、なんだか気になるポイントが。
ヤタガラスの体の中を、黒い影が動いていってるんですよね。
頭のあたりからタントさんがつかまった右腕のほうにむかって、少しずつ。
「あれ、なんだろう……」
「しょ、少、女……」
こ、こんどは蚊の鳴くような声。
大暴れしてるドライクやティアたちにはぜったいに届かない、小さな小さな声です。
私の耳じゃなきゃ聞き逃してます。
あたりを見回すと、声の主はすぐにわかりました。
私たちからすこし離れたところで倒れてる、ヒーダさんという葬霊士さん。
まだ意識、あったみたいです。
「見えて、いるのナラ……、た、のム……。合図、ヲ……。勝負ハ、一瞬ダ……!」
「合図……」
なんのことか、と考えてると、黒いモヤが右腕の付け根に。
よくよく見れば、ヒトの形をかろうじてたもってますね。
剣らしきものを持って、振りかぶろうとしています。
「……わかりましたっ」
ピンときました、なにを考えているのかが。
決まればきっと大逆転、あとはきっとティアたちが決めてくれるよね。
ヒーダさんに私、力強くうなずきます!
「頼んだヨ……。『彼』が見えるのハ……、キミだけなのダカラ……!」