52 二人の二刀の剣の舞い
ドライクの黒腕パンチで吹き飛ばされたセレッサさんが、宙返りで体勢をととのえながら着地しました。
「クソっ、無限再生する聖霊の鎧だと……っ!? インチキもいい加減にしやがれっ!」
悪態つきつつドライクをにらむセレッサさん。
その横をタントさんが歩いていきます。
「セレッサさん。いったん下がっていてください。一度にかかれる人数はせいぜい二人が限度ですから」
「あ? ……お前、そいつぁ二刀流――」
「じつはボク、コレが一番得意なんです」
「……へっ。よーく知ってるよ。行ってこい!」
「はい!」
タントさん、コクリとうなずいて駆けだしていきました。
その先には二刀の剣術で大立ち回りを続けるティアがいます。
黒いゲンコツを手首から斬り払って着地するティアですが、もちろん腕はすぐ再生。
すかさず振り下ろされるところに、
ズバァッ!!
飛び込んだタントさんの双刃が、再び腕を斬り飛ばしました。
「……あの程度ならよけられたわ」
「余計なことをしましたか?」
「一応、礼だけは言っておく」
立ち上がって双剣をかまえるティアと、そのとなりに立つタントさん。
奇しくも、と言いますか、二人とも左右対称でまったく同じかまえです。
「タント……。パパに剣をむけるのかい? 悲しいなぁ、あぁ悲しいよ」
「ドライクさん、ボクとあなたの道は分かたれた。もはやあなたを父親だとは思いません」
「いけないねぇ、家族にむかってそんな口を利くなんて。少しお仕置きが必要かな?」
「気持ち悪いわね、この父親。同情するわ」
「……痛み入ります」
ズバっといったね、ティアってば。
さておき今度は二人、息を合わせての立ち回り。
左右からくる黒い腕をそれぞれ斬り払って、それぞれ右と左の剣で本体をねらっての突き。
わずかに届きませんでしたが、続けて斬りつけ、ステップで回避して、また斬りつけて。
まるで二人で踊っているかのような、息ピッタリの剣舞です。
「すごい……。二人とも、合図もなんにも出してないのに……」
『お互いの動きが完璧にわかってますっ』
「当然だろ? ティアナとユウナ、あいつら毎日二本の木剣つかって二刀の特訓してたんだ。互いのクセもなにもかも、体で覚えてやがるのさ。ちと悔しいけどな」
やっぱりタントさん、ユウナさんなんだ。
私のお姉ちゃんで、ティアの妹さんでもあるなんて、とっても奇妙な感じです。
ドライクはというと、息の合った二人の猛攻にタジタジ。
どんどん押されて、たまらず後ろに大きく飛びのきました。
「ふ……っ、ふふっ。やるねぇ。パパちょっとビックリだよ」
「強がりはよしなさい。焦りの色が丸見えよ」
様子見は終わりとばかりに、ティアがコートから赤色の棺を取り出します。
じっさい、相手の手の内を把握して、行けると判断したのでしょう。
これで決めるつもりです。
「出なさい。風をつかさどる霊鳥シムル」
フタをあけると中から飛び出す、一頭身のキモカワな鳥さん。
いつものように、
『我が力を欲せし』
ズバッ!
『ぴょっ』
雑に斬られて緑のモヤに変わります。
というか今回、「黙れ」すら言ってもらえませんでしたね……。
そうして剣にモヤをまとって、ティアの得意とする風の双剣ができあがりました。
「ブランカインド流憑霊術。神風の剣撃、果たしてあなたにかわせるかしら?」
「一対一なら造作もないよ。だが……」
「あなたも、もう様子見は終わりよね?」
「はい。次で決めますよ」
切り札をきったティアだけど、タントさんの方だってまだ手の内を見せてない。
あの霊剣、ドライクの『本体』を狙えるからこそ作り出したはずなんだもんね。
当然ながら知ってるし気づいてるドライク、露骨にあせってます。
「……では、終わらせましょうか」
ダッ!
同時に床を蹴って駆けだす二人。
ドライクが必死にモヤモヤの両手を伸ばして応戦しますが、二人の前にあっさり斬り払われて足止めにすらなりません。
猛攻をくぐりぬけ、二人がドライクのふところに飛び込みました。
まずティアが十字に剣を交差させ、黒いモヤモヤ腕の手首にむけて風の刃を飛ばします。
聖霊を倒すためには、全身の弱点をまったく同時に攻撃するしかない。
遠隔攻撃の命中と同時に、別のところを直接斬るつもりなんだ。
「息を合わせるわよ」
「言われるまでもありません」
続けてかがんで足首に斬りかかるティア。
タントさんはというと、モヤモヤに守られたドライクの心臓めがけ、右手の剣を突き出しました。
アレじゃあさっきと同じく届かないんじゃ。
そう思ったのもつかの間。
ドスッ……!
「ぐぁ……」
なんと刀身が伸びて、ドライクの胸を刺しつらぬいたんです。
同時に風の刃が着弾して手首を、ティアの剣がダイレクトに両足首を、
ズバッ、ズバァッ!!
まったく同時に斬り裂きました。
全部の弱点、同時攻撃成功です!
「……終わりです、ドライクさん」
「ごぽっ……! ほ、本当に、パパを、刺しちゃった……、ねぇ……」
ズルゥ……。
剣が引き抜かれ、ドライクに憑りついていたモヤモヤが離れます。
黒いモヤがモヤのままただよってるの、斬られた聖霊とおんなじ状態ですね。
ドサっ。
そしてドライクはあおむけに、大の字に倒れました。
たぶん、もう動きません。
「……聖霊、自我を奪われているようね。憑依の安全性を高めるためかしら。結局どんな姿と能力なのか、よくわからなかったけれど。ともかく封じておきましょう」
ティアがコートの中から赤い棺を取り出して、聖霊を吸い込みました。
これでひとまず安心、なのかな?
おそらくヒトの心を操る力を持つ正体不明の聖霊、かなり不気味な存在ですが。
「しかしおどろいたわね。その剣、まさか伸びるだなんて思わなかったわ」
「霊体を作り変えて生み出してますから。形を変えるなんて簡単なんです」
にこやか笑顔で解説してくれるタントさんですが、やっぱりどこか表情に影があります。
そうだよね、ずっとドライクといっしょにいたんだもん。
私はちょっと、ほんのちょっとだけ胸が痛む程度ですが。
タントさん、きっと泣きたいくらい頭がぐちゃぐちゃだと思うのです。
「……あのっ、タントさんっ」
だから私、駆け寄ります。
少しでも元気になってほしくて、ぎゅっと抱きしめます。
「ト、トリスさん……?」
「タントさんだけの問題じゃないのに、つらいこと背負わせちゃってごめんなさいっ。生きてるヒトを斬りたくなんてなかったよね。ましてやお父さんなんて……」
「……大丈夫です。あのヒトを父だなんて、思っていませんから」
ウソです、声だって私の背に回した手だって震えてます。
きっとドライクを刺した感触が、このヒトの手から消えることはないのでしょう。
私もいっしょに背負えたらって、心から思います。
私たち二人の問題なのに、タントさんだけに押し付けちゃうなんて……。
「……二人とも、まだ終わっていないわよ。ドライクの魂が肉体から出てこない」
「そ、そういえば……!」
ドライクの霊を棺に閉じ込めるまで、まだ終わりじゃありません。
「まだ生きてんじゃねぇかぁ?」
「死んでるよ。私、わかるんだ」
私の眼、血がめぐってる肌かどうかくらいなら見分けられます。
心臓の鼓動とか脈拍とか、ほんのわずかな動きだって見ればわかります。
もうドライクはピクリとも動きません。
完全に死んでいます。
「だったらなんで――」
『……あきらめないよぉ』
「……っ!?」
かぼそい、蚊の鳴くような声。
しかしまぎれもなくドライクです。
いっせに警戒態勢をとる私たちでしたが、
『最深部へ、レッツゴーだぁ』
そんな私たちの周囲に、なんと光る魔法陣が一瞬で展開されたんです。
そして切り替わる景色。
気づけば私たち、ドライクの死体もふくめて全員が、最下層の隠し部屋――『祭壇の間』に飛ばされていたんです。
「これは……、転送魔法?」
「ドライクの得意技だよっ! まさか死んでても使えるだなんて……!」
『テルマはお姉さまに入ってないと、衣を使えませんのに。なんだか負けた気分ですっ!』
『うふふふふ、パパの執念のたまものさぁ。トっ・リっ・スぅ』
むくり、と。
ようやく自分の死体から起き上がりました、ドライク。
死んでも変わらず気持ち悪いですね。
私の眼で見ればバッチリわかります。
死にたてホヤホヤだというのにあのヒト、もう『歪んで』いるんです。
もしかすると生きてるときから『歪んでた』んじゃないかってくらいには。
『あきらめない、あきらめたくない。家族みんなで暮らすまでは、絶対にあきらめられないんだよぉ』
「往生際の悪い男ね。今度こそ確実に葬霊してやるわ」
『うっふふ、そいつはどうかなぁ? もうね、条件そろっちゃったから。【ヤタガラス】、今度こそ呼んじゃうよぉぉぉぉん』