51 聖霊を宿した男
もうダメだって、こころの底から思うとき。
そんなとき、あなたは必ず来てくれます。
必ず駆けつけて、私のことを助けてくれる。
そんなティアのことを想うたび、胸の中に感じたことのないなにかがこみ上げるのですが、こみ上げてる場合じゃありませんね。
「ドライク、今日が最後よ。あなたを追う日々は今日終わる」
「あぁ、終わるねぇ。キミが死んで、それで終わりさ」
ティアってば、ドライクとバチバチに火花を散らしてます。
そして、ほんの少し遅れて。
「――っとぉ、間に合ったぁ! クソ、アイツ足はえぇっての……!」
文句を垂れつつセレッサさんも合流です。
ティアといっしょに来てくれたんですね。
二人の道案内をしてくれたハトさんは、タントさんのところへ飛んでいきました。
「お疲れ様、よくがんばってくれましたね。ゆっくり休んでください」
「くるっぽ」
ねぎらいの言葉をかけて、白い筒にハトをもどすタントさん。
テルマちゃんいわく霊は疲れないらしいですが、それでもねぎらう優しさがにじみ出てます。
「……タント・リージアン。トリスから話、聞いたのかしら?」
ドライクに剣をむけ、視線をむけて外さないまま。
背中をむけたままで、ティアがタントさんに話しかけました。
そうだよね。
タントさんが『そう』だと知ってから、はじめての対面だもんね。
タントさんも少し不安そうな顔してます。
「――えぇ、おおよそは」
「で、腑に落ちているかしら?」
「ピンとは来ていません。ですが、不思議と納得できています」
「……そう。ならばきっと、そうなのでしょうね」
ずっとずっと、探してきた妹さん。
やっと見つけたユウナさんが記憶も面影もなくなっていたなんて、いったいどんな気持ちなんだろう。
かける言葉が見つかりません。
ティアにも、そしてセレッサさんにも。
「……なんだ、トリスの嬢ちゃん。オレらに気ぃつかってんのか?」
「だ、だって……」
「気にすんな、聞かされてから三日はたってんだ。とっくに気持ちに整理ついてる。どんな形であれ――」
ぽんっ。
タントさんの肩を軽くたたいて、背をむけたまま片手をひらひら。
ドライクのほうへと歩いていくセレッサさん。
「お前にまた会えて、オレぁ満足だぜ」
そうして背中の十字架ヤリを手に、ティアのとなりに並びます。
「なぁ、ティアナもそうだろ」
「……言っておくけれど。まだ『ユウナ』をあきらめたわけじゃないから」
「お、おう。そういうならオレだってあきらめたんじゃねぇからな。ともあれ、まずは目の前のクソ野郎をブチのめして、話はそれからだ」
ティアとセレッサさん。
ブランカインドがほこる二人の『筆頭』葬霊士。
あの二人が組んだなら絶対に大丈夫。
信じていますが、やはりドライク不気味です。
にこやかスマイルを崩さずに、常に余裕が見えています。
「キミたち、家族水入らずを邪魔するならば、相応の覚悟……できているだろうねぇ?」
「……なに抜かしてやがる」
ギュンッ!
セレッサさん、すごい速度と気迫です。
ヤリの穂先をむけながら、猛スピードでドライクに飛びかかります。
「オレからユウナを奪っておいて、なにふざけたこと抜かしてやがるッ!」
「セレッサ、もう少し慎重に……!」
「そうだよ? 慎重にかからなければ。この程度の挑発に引っかかっては――」
な、なにごとでしょうか。
ドライクの体から、黒いモヤのような腕が飛び出してきました……!
半透明の握りこぶしのグーパンが、飛び込んでいくセレッサさんを迎え撃ちます。
「この私には勝てないよ?」
ドギャッ!
「ぐ……っ!」
「セレッサ!!」
直撃です。
吹き飛ばされてゴロゴロと転がるセレッサさん。
ケガしてないでしょうか……。
放っておけずに駆け寄ります。
「セレッサさん、ケガは……っ」
「ゲホ、ゲホッ……! あぁクソ、このくらいなんてこたぁねぇが……。なんだぁ、あの腕は」
「あの腕……。なんだか聖霊のチカラと似たモノを感じます」
「聖霊……? ……言われてみりゃ、そんな感じするな」
「私、よくわからないわ」
ティアは感知力Eだもんね……。
ともかくあのヒト、聖霊の力を使えるってことですか……?
「憑霊術の禁じ手ね。聖霊を自らの体に憑依させ、直接的に力を得る」
「そ、そんなことしたら無事じゃすまないんじゃないの?」
体にダイレクトで憑依させるのが危険だから、みんな武器に憑依させてるんだよね。
聖霊って神様みたいなモノなんだし、テルマちゃんみたいな人間霊を憑りつかせるのとぜんぜんちがうはず。
「当然、無事ではすまないわ。精神の変調、肉体の変質。ヘタをすれば廃人にもなりかねない。あの男、イカレているわね」
「娘たちへの愛がなせる技、さ」
やめてくださいそんな一方通行な愛、とっても迷惑です。
怖いから口に出せませんが。
「聖霊を憑依させた人間。相手をするのは初めてだけど、やるだけやってみるわ。いくわよ……!」
力の分析が終わったのかな。
いよいよティアが斬りかかります。
対するドライクも両肩から黒い腕を出して、手にした剣との合わせ技で応戦。
すごい速度での攻防が始まりました。
「えっと、えっと……。セ、セレッサさんは?」
「あぁ、もう平気だ。いつまでも寝てらんねぇよな。行くぜ!!」
さらにセレッサさんも起き上がって、戦いに参加。
今回の私、見ていることしかできないのでしょうか。
ティアの剣とセレッサさんの鎌が、両肩のモヤモヤ腕を切断。
ですがあっという間に再生されてしまい、反撃のパンチと斬撃を二人ともかろうじて回避です。
「クソっ、この再生速度……! 聖霊戦だと思った方がよさそうだぜ……!」
たしか聖霊って、全身あちこちにある弱点を同時に攻撃しないと倒せなくって、弱点以外じゃすぐに再生されちゃうんだったよね。
「ならばドライク本体を――と言いたいところだけれど……」
「あぁ、対策ならバッチリさ」
なんと黒いモヤがドライクの全身をつつみ込み、飲み込んでしまいました。
おっきなヒト型の黒いモヤの中にドライクが封じ込められ黒いモヤモヤ巨人が誕生です。
剣こそ使えなくなりましたが、ぶ厚い上に無限に高速再生する霊体の鎧につつまれて、アレじゃあティアたち手が出せません……!
「こうなればキミたちの刃、私の肉体には届くまい。だろう?」
「そのとおり。完璧な対応すぎて腹が立つわね」
ど、どうしよう……。
二人とも苦労しているみたいです。
タントさんは武器ナシで戦いに参加できませんし……。
『あのっ、お姉さま?』
「んん? どうしたのテルマちゃん」
『テルマ思ったのですけど、人に憑依した聖霊って、弱点はないのでしょうか。お姉さまの『眼』なら、なにか見えたりしません?』
「んー、わかんない。けどやるだけやってみるっ!」
このままぼんやりしててもしかたないもんね。
いつものように瞳を閉じて、集中、集中……からの開眼!
「綺羅星の瞳!」
霊のすべてを見抜くこの瞳で、果たしてなにが見えるのでしょうか。
目をこらしてドライクを観察すると……。
「……あったっ! 見えたよっ!」
ピジューのときとおんなじです。
聖霊の弱点、光る点みたいなものが体のあちこちに見えます。
「ティア、セレッサさんっ! モヤモヤ部分の両足首と両手首! それからドライクの……ド、ドライクの心臓に弱点がありますっ!」
「心臓、ですって……?」
コレ、かなりまずいんじゃないですか?
ドライクの体内にまで入り込んで、完全に一体化している聖霊の、よりにもよって弱点の位置が本体の心臓だなんて。
べつにドライクを殺してしまうから、とかではなく、そもそも本体に攻撃がとどかないから苦労しているわけです。
本末転倒、さぁ大変です!
「……トリスさん。本体に攻撃が届けばいいのですね?」
「えっ、タントさん? そ、そうなんですけど……」
スッ、と前に出たタントさん。
丸腰だから力になれない、って言ってたはずですが……。
「でしたら、ボクが力になれるはず。――ティアナさん!」
自分のお姉ちゃんに当たるティアに、少し緊張した様子で呼びかけましたね。
ティアはというと激しい戦闘中。
「なにかしら」
顔をむけずに声だけの応対です。
「霊が二体、入った棺をよこしてくれませんか。武器を渡せとは言いません。それで充分ですので」
「……よくわからないけどわかったわ。ま、コイツでいいでしょう」
敵の攻撃のスキをぬって、ミニ棺をタントさんに投げ渡します。
「恩に着ます」
それをパシっとキャッチして、フタを手早く開けました。
中から飛び出してきたのは……。
「あぁぁぁぁぁっ、ロンちゃんペロペロしてくれたのぉぉぉ? お返しにわしゃわしゃしちゃうよぉぉぉおぉ」
「へっへっへっ」
……ゲルブとロンちゃんでした。
棺の中でも、いっつもこんな感じでいるんですかね、このヒト。
「ゲ、ゲルブさんっ!? なぜあのヒトの棺から……」
「む、タントか。話せば長くなるのだが――」
「……まぁいいです。それどころではないので。ちょっと失礼しますよ」
「なっ、オイ待て、まさかアレをこの私で――」
タントさん、問答無用ですね。
霊力を高めていくと、ゲルブとロンちゃんが黒いモヤへと姿を変えてタントさんのまわりをただよい始めます。
コレ、グレイコスタ海蝕洞でやろうとしてた『切り札』ってヤツですか!?
ゲルブたちの霊、ただ形が崩れたってわけじゃなさそうです。
むしろ逆。
どんどん、まったくちがう形に――剣の姿に変化していって、タントさんの両手にそれぞれにぎられます。
「ドライクレイア式操霊術。霊魂の剣」
「す、すっごい……。霊で剣を作っちゃった……」
「霊魂の姿形を一時的に変化させ、霊力を流して物理的な破壊力も付加する。ボクのもっとも得意とする切り札です」
ゲルブの剣とロンちゃんの剣。
二本の剣をクルクルしつつ、一歩二歩と進み出ます。
「普段使いは一刀流ですが、不思議と二本もしっくり来ましてね。頭痛がする上、何かがこみ上げてきてしまうので、本当に全力を出すときにしか使いませんが」
「それもしかして、ユウナさんが――」
二刀流は、ユウナさんが使っていた武術。
タントさんの中にユウナさんがいるって、なによりの証拠ですっ!
タントさん、肯定するようにニコリと笑います。
「――では、『三羽烏』が一人、【二本足】のタント。推して参ります」