50 美しき姉妹愛
「まさかキミと刃を交えることになろうとは。夢にも思わなかったよ、ヒーダ」
「こっちのセリフだネェ。ハッキリ言って、悪い夢を見ているようサ」
人間には武器をむけナイ、そう誓ったハズなのダガネ。
誓いをやぶり、矢じりで狙いを定める相手がよりにもよってドライク殿とハ。
「本当に残念だ。キミのことは高く買っていたのだよ?」
「ならばこのヒーダに免じて、理想にのみ殉じてほしかったネェ」
「仕方あるまい。娘たちには代えられないのだから」
ドライク殿からまがまがしい霊気が立ちのぼル。
これハ……。
「【聖霊】のチカラ……。自らの身に憑依させる、禁じ手を使っているネ?」
「さすがだね、一目で見抜くとは。キミの優秀さを評価するよ」
「お褒めにあずかり光栄ダ。ではこちらも、全力以上でコトに当たらねばならないナ」
ドライク殿の実力ならバ、よぉく知っていル。
こちらの手の内モ、完全に知られていル。
その上あちらには、聖霊憑依などという隠し玉ダ。
出し惜しみなどしていられんネ。
「『三羽烏』、【一本足】のヒーダ。最初から飛ばさせてもらうヨ」
コートから棺を取り出し、フタをあけル。
飛び出したのハ我が相棒。
かつて悪霊に殺された、片足をうしなった親友、剣豪『エアル』の亡霊ダ。
操霊術で意思こそ失ってはいるのだがネ。
「ふむ。エアルが接近戦をしかけ、キミがアウトレンジから狙い撃つ。お得意の戦法だねぇ」
「これが私の最高の戦術サ。息の合ったコンビネーションは、ドライク殿も知っての通リ」
「いいねぇ。私も手は抜かないよ。娘たちの愛らしい姿を、一秒でも長くこの目に焼きつけ、魂に刻みたいのでねぇ」
★☆★
「……ドライクさんとヒーダさん、動かないままですね」
「きっと戦って、食い止めてくれてるんだ……!」
隠し通路のむこうがわ、祭壇の間のふたつの黄色い点が、もつれるように動きまわっています。
ドライクが追いかけてくる気配、まるで感じられません。
「うまくやっつけてくれるといいなぁ」
「簡単にはいかないでしょう。それに、もしも彼が倒されてしまったら……」
『ドライクがいきなりワープしてくるわけですね……』
じっさい、どこにでもワープできそうな感じするもんね。
それと、幽霊ばりにいつの間にか後ろにいそう感もします。
「うぅ……」
背筋が少し寒くなりますが、大丈夫。
テルマちゃんもタントさんもいるんです、丸腰ですが。
……ホ、ホントに大丈夫でしょうか。
「か、考えてもしかたないっ。のぼっていこうっ!」
「ふふっ、あまり心配しないでください」
あぅっ、空元気を見抜かれてた。
ちょっと声、ふるえちゃってたりしたかなぁ……。
「ヒーダさんなら簡単にはやられません。それに丸腰でも、あなたを抱えて逃げ回るくらいならできますから」
「えへへ、なんでもお見通しですね」
「えぇ、なにせあなたのお姉さん……らしいですから」
しばらく走って走って階段をふたつのぼって、ここは八階層ですか。
出口までまだまだかかります。
ドライクはまだ戦闘中のよう。
もうひとつの黄色い点と、隠し広間で動き回っています。
「タントさん、疲れてない?」
「トリスさんこそ。水も食料もないんです、調子が悪くなったらすぐに言ってくださいね」
「うん……。ちょっとつかれちゃったかな……。そんな場合じゃないかもだけど……」
そういえばもうお昼すぎ。
まだお昼ごはんも食べていません。
おなかの虫がぎゅるるるる、と鳴きだしそう。
……まだ鳴いてませんよ?
「どんなときでも休憩は大事です。少し休んでいきましょう。テルマさんも、ずっと衣を出していますがお疲れではないですか?」
『お気遣いありがとうございますっ。ですがテルマは幽霊、疲れを知らないのです!』
テルマちゃんってば、半分本音、半分意地張っちゃってるかな。
タントさんに対抗心を燃やしてるのかも。
そんなトコもかわいいんだから。
「ありがとね、テルマちゃんっ。あとでごほうびたくさんあげるからね?」
『お、お姉さまからのごほうびっ……!?』
お風呂でぎゅー、の約束もそれどころじゃなくなっちゃってたし、たくさんサービスしてあげよう。
私が落ち込んでる間、ずーっと心配してついててくれたし。
この子、とってもいい子なのです。
柱の影に二人で腰をおろしつつ、タントさんが笑います。
いつものにこやか笑顔ではなく、うっかりふきだしちゃったみたいな感じで。
「ふふっ。二人とも、仲がよろしいのですね。霊が生者と友情をはぐくむなど、到底不可能なことだと信じていました。霊は決して相容れぬものだと」
「ドライクに、教えられたの……?」
「いいえ。仲間たち全員から見て取って、悪霊の被害者たちに接して、ボク自信が学んだことです。ボクらにはゲルブという仲間もいましたが――」
「あ、うん……」
ゲルブの名前が出てきてちょっと心臓とびはねました。
そういえばまだ言ってないよね、あのヒトのこと。
「そのゲルブも、自分の飼い犬の霊を連れていた。絆を信じていた。しかし自由意思を奪い、操霊術で縛っていた。彼でさえそうなのです。あなたたち二人の関係、はじめは信じがたいものだった」
「今は?」
「とてもいい関係だと、心から思います」
にこやか笑顔でうなずいたタントさん。
やっぱり笑った顔が素敵です。
でもすぐに表情をくもらせて。
「うらやましいくらいだ……。そんな相手、ボクにはいませんから」
うつむきながら、ぽつりとつぶやきました。
私、このヒトに元気をもらいました。
はげましてもらいました。
だから私も元気づけたい。
だからタントさんにしてもらったみたいに、手をぎゅっとにぎってあげます。
「できます、きっと。……というか、その、私がそんな相手の一人目じゃダメですかっ?」
「トリスさん……。いいんですかね、『自分』も持たないこんなボクが」
「『自分』が無いなんて、そんなことありません。きっと見つけてないだけです。これからいっしょに見つけていきましょう? その……、私たち、姉妹らしいですしっ」
「……ありがとう」
ぎゅっとにぎり返してくれました!
よかった、元気づけられたみたいです。
「……うん、私も元気でてきたっ! さ、急ぎましょう! はやくこんなとこ抜け出して、王都でおいしいもの食べるんです!」
「えぇ!」
手をにぎったまま立ち上がって、さぁ第一歩――。
「あぁぁぁぁぁっ、素晴らしいッ! 素晴らしい姉妹愛だよ娘たちいいぃぃぃぃ」
「――っ!!?」
心臓が、飛び跳ねました。
背筋に寒気が走ります。
いつの間にか真正面にワープしていたドライクが、感涙しながら手を叩いていたからです。
最低です、最悪に気持ち悪いです。
「あぁぁ、こんな光景を見られただけでパパ、パパぁっ、がんばった甲斐があったよおおぉぉぉおいおいおい」
「……失礼します、トリスさん」
「え、わひゃっ」
い、いきなりお姫様だっこですか!
タントさん、私をかかえて全速力で駆けだします。
頭上のマップに表示されているドライクの黄色い点、追ってこないのが余計に不気味ですね……。
「ヒーダさん、ワープするスキを作ってしまったのか……! それとも……っ!」
「最下層の黄色い点、ピクリとも動きません……。た、たぶんですが……、や、やられて……」
「くっ……!」
奥歯をギリっ、と噛みしめるタントさんの表情。
悔しさとあせりがにじみ出ています。
「……大丈夫、なんですよねっ」
「えっ?」
だから私、そっとほほに手を添えました。
なんとなく、こうすると安心するかな、とか思ったので。
「言ってくれましたもん。大丈夫、って」
「……えぇ、言いましたね。あなたを抱えて逃げ回るくらい、わけもありません」
「えへへっ、頼れるお姉ちゃんですっ」
じっさい、タントさんに抱えられてる私の安心感、すっごいです。
それになんだか懐かしい。
すっごく小さいころ、こういうことがあったような――。
「うっ、うぅぅっ……。なんて、なんて美しいんだ……。姉妹の絆、尊い……。尊いよぉ……」
「……っ、また……!」
またドライクが現れました……!
今度は涙をドバドバ流しながら泣いています。
正直、悪霊なんかよりずっと怖くて気味悪いです……。
「いい加減にしてっ! なんなの、さっきから……っ。捕まえるわけでもなく、追いかけてくるでもなく……!」
「あぁ、あぁすまないトリス。気分を害してしまったかな? あえてね。あえて捕まえなかったんだ。姉妹の仲を深めてほしくてねぇ。家族の仲が良いに越したことはないだろう?」
「意味がわかんないよ……っ!」
「パパのやさしさだよ。受け取ってくれ、愛しい娘たち」
なにを……、なにを言っているの、このヒト。
おかしいよ、言ってることもやってることもぜんぶぜんぶ、理解できない……。
「ダンジョンを逃げ回って、ずいぶんと仲がよくなっただろう? では――」
まただ、ここに連れてこられたときと同じ。
床に投げた小さな十字架が突き立って、私たちのまわりに魔法陣が展開されます。
そして光につつまれて、次の瞬間。
「くるっぽー!!!」
「おっと……!」
白いハトの霊がつっこんできて、ドライクの集中を乱しました。
そのスキにタントさん、魔法陣から抜け出しました。
「『メッセンジャー』! ――ということは……!」
「――待たせたわね、トリス」
ダンジョンの暗がりから飛び出した、黒い長髪のあのヒト。
黒いコートをはためかせ、銀の双刃をきらめかせて、私たちとドライクのあいだに降り立ちます。
「ティア……っ!!!」
「今回も、いいタイミングで間に合ったようね」