05 いざ、ハンネスタ大神殿へ
「はぁ、はぁ、はぁ……っ。クソ、なんだよアレ、どうしちまったんだよ……!」
ハンネスタ大神殿最下層。
探索の末、極上の『マナソウル結晶』を発見したまではよかったんだ。
俺たちのパーティーのリーダー、ワエラがとつぜん仲間を――サンクを真っ二つに両断するまではな。
「くっつけようよ。ふたつにわって、くっつけよぉう?」
ぐちゃ、ぐちゃっ。
「はぁ、はぁ、……うっ、オエっ! クソ、冗談じゃねぇぞ……!」
半分に割ったサンクとシーナの死体、左右それぞれをくっつけて楽しそうに遊ぶワエラを物陰から見て、ゲロを吐きそうになる。
どうしたんだ、アイツ。
頭がイカレちまったのか!?
さっきから、視界の端にチラチラ変なもんがうつるしよ、こっちまで頭がおかしくなりそうだ。
そういや子供のころから時々、よくわからねぇ変なもんがうっすらと見えることがあったが――。
いや、そんなこたぁどうだっていい。
「と、とにかく、気づかれないうちに逃げねぇと……!」
きびすを返し、上を目指して忍び足で歩き出そうとした、その時。
『きみ、みえてるんだぁ、そっかぁ』
体が半分しかない、異常に黒目の大きな男と目があった。
「う、うっ……、うわああぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁっ!!!!」
「――あはぁ、みつけた。ドンザもくっつこう? ふたつになって」
「『くっつこうよぉ??」』
黒目の男とワエラの声が重なった瞬間。
頭に衝撃が走り、俺の意識は閉ざされた。
★☆★
女の子の朝は、身だしなみを整えるとこから始まります。
ダンジョンに入るときだって同じこと。
しかもしかも、今日はティアナさんといっしょですし。
とってもキレイなあのヒトのとなりで浮かないように、しっかり決めていかないと!
「姿見があるお部屋でよかったぁ。よしっ」
大きな鏡の前にすわって、まずは髪形から。
肩までのびた髪のサイド、耳から上あたりを集めて、全体の形を崩さないようサイドテールに。
「うん、できたっ」
くしでしっかり寝ぐせも取ったら、今度は着替え。
パジャマを脱いだら動きやすいぴっちりした服を着て、その上に体のラインが目立たないようにだぼっとした前開きのローブを羽織ってボタンをとめる。
私って胸が大きいからさ、あんまり目立たせたくないんだよねぇ。
男のひとからやらしい目をむけられるし、マーシャさんみたいな一部の女のひとから反感買うし。
「よぉし、完成!」
なんか変に気合い入れちゃったけど、これでバッチリ。
さて、ティアナさんのお部屋に行っていっしょに朝ごはんでも――。
「……」
なんか、鏡ごしに見えるな。
四つん這いで天井に張り付いてこっちを見てる、かろうじて人間とわかりそうな何か。
いつから見てた?
ガン見してるね?
しゅっ……!
「……消えた」
なんだろ、女の子の着替えを見たくて歪んじゃったタイプの怪異かな。
ティアナさんに祓ってもらおうかな。
「あ、そうだ、ティアナさん! 待たせちゃってるよね!」
起きたら宿のロビーに集合って言ってたし、急がなきゃ!
必要なものだけを身に着けて、私は部屋を飛び出した。
一階に続く階段を降りてロビーに出ると……いた。
ソファーにすわって新聞を読んでる、黒いコートの美人さん。
ほんとキレイだよね、思わず見とれちゃうよ。
「……あら、起きたのね」
私に気づいたティアナさんが、新聞紙から顔を上げる。
「あ、はいっ、遅くなってごめんなさい!」
「かまわないわ。私も先ほどやってきたところだから」
「新聞、見てたんですね。……あれ?」
よーく見える私の眼が、なんだかおかしな情報をキャッチ。
新聞って一枚の紙の裏表にいろんなニュースがびっしり書かれてるものだけど、その上側の余白に書かれた日付。
「一週間前の新聞ですね、それ」
「私ね、元々この新聞の記事を見てハンネスまでやってきたの。ほらここ、見て」
ティアナさんが新聞を渡してくれて、指でさし示した記事には、恐ろしいことが書かれていました。
「半分に割られた、冒険者……?」
本日未明、ハンネスタ大神殿の最下層にて四人の冒険者の変死体が発見された。
遺体はいずれも大きく損壊しており、うち三人は正中線から半分に断ち切られていた。
ギルドでは仲間割れと未確認の魔物の襲撃、双方の線で調査を進行中。
……とのことです。
記事を読み終えた私の背筋に、ぞっと寒気が駆け抜けます。
「こ、これ、悪霊のしわざなんですか……?」
「間違いないわね。昨日じっさいに入り口まで行って霊気を感知してきたわ。過去にさかのぼって似たような事例を調べたけれど、該当する事件はもうひとつだけ」
「殺して取り込んだのは二組……? つまり、昨日のヤツより弱いんですね」
「ところがなぜだか比較にならないわ。かなりの霊気を持った悪霊よ」
な、なるほどぉ……。
ちょぉっと、いや、かなり怖いけど。
でもこれ以上悪霊の犠牲者が出ないようにしないとね。
「人助け、人助け……。人助けと思えば怖くない……。よしっ!」
大丈夫、行けます!
★☆★
中央都ハンネスって、名前の響きからたまーに間違えられるんだけど、王様がいる王都じゃないんだ。
国の中央にあるから中央都。
でも王都顔負けの大都会。
その成り立ちは今から100年くらい前、いろんな国が戦争してた時代。
まだダンジョンになる前のハンネスタ大神殿を拠点に各地を転戦した『グレンターク将軍』って人のもとに、たくさんの人が集まって町ができたのが始まりらしい。
「そのグレンターク将軍の像がアレ! おっきいですよねぇ」
「えぇ、そうね。前に見たわ」
「サイズこそ本人の十倍ですけど、生前の顔まできっちり再現されているんですよ!」
「知ってるわ」
うぅ、塩対応……。
今私たちがいるのは、中央都の中央広場。
その中央にはおっきなグレンターク将軍の像が剣を勇ましくかざしていて、その切っ先がむいた先が――。
「そんなことより、準備はいい? ハンネスタ大神殿、もう目の前よ」
そう、ハンネスタ大神殿。
【大迷宮】に分類されるダンジョンで、今は悪霊のすみかにもなってるトコ。
ここからでも異常な霊気をビンビンに感じるし、明るくふるまってなきゃ押しつぶされそう……。
「ダンジョンの検問を通るためにはギルドカードが必要。忘れてないわよね?」
「もちろん! 肌身離さず持ってます!」
私を冒険者だって証明してくれる、唯一のものですからね!
書いてある評価、感知以外はDとEばっかりだけれども。
ちなみに、ダンジョンに検問があるのは特殊な例。
ここみたいに街中にダンジョンがあると、一般の人とか子どもとか、うっかり入っていっちゃうかもだからねぇ。
というわけでダンジョンの少し前、バリケードで囲まれた神殿への唯一の入り口、検問所へ。
「ギルドカードの提示を願います」
「どうぞ」
わぁ、さすがティアナさん。
ふところから指ではさんでスッと見せるのかっこいい……。
よぉし、私も……!
「ギルドカードの提示を願います」
「どうぞ――っとぉ!」
指ではさんで取り出したら、あやうく落としそうになった。
検問のおじさん、笑いをこらえてるし……。
「はぁ、恥ずかしい……」
「?」
ティアナさんにまで見られてなくてよかったよ。
ともかく、無事に検問突破。
やましいことなんてないんだから当然ですが。
「あ、そういえばティアナさんも冒険者なんですね。ダンジョンにもぐるんだから、当然といえば当然か」
「そうね。あくまでスムーズにダンジョンへ入るための手段でしかないけれど。本業はあくまで悪霊退治」
「あのあの、見せてもらってもいいですか?」
冒険者は基本的に誰でもなれる。
ギルドカードを作るときに能力テストを行って、その成績が記されるけど、だからって落とされることもない。
なった以上は自己責任、生きるも死ぬも自由って感じ。
だから私みたいなへっぽこでもやれてるんだけどね。
ともかく、悪霊を華麗な剣さばきで倒したティアナさんの評価、とっても気になる……!
「かまわないわ」
「やったっ。どれどれ……」
渡されたカードに目を通す。
ティアナ・ハーディング、18歳。
私よりふたつ年上かぁ。
さてさて評価は……。
武術 S
敏捷性 S
体力 A
魔力 C
感知 E
「……あれ?」
感知、E……?
他は納得だけど、感知E?
「意外そうね」
「霊見えるひとって、みんな感知能力高いものだと思ってました」
私がそうなんだしティアナさんも当然、って。
でもそういえば、ティアナさん先に坑道へ入ってたんだよね。
なのに悪霊のとこに来たのは私よりあと。
なるほど、感知Eかぁ。
「わかりやすい弱点だし、いろいろな工夫でおぎなっているわ。たとえばこのマント、霊気を感知すると毛が少し逆立つ素材でできているの。神殿の入り口で霊力を感知できたのはコレのおかげ」
「ほぇー」
「だからあなたが一緒に来てくれて、とても心強いわ」
「そ、そうなんですねっ。えへへ……」
こんなにヒトから頼られたの初めてだ。
なんだかむずがゆいや。
それにしても完璧な美人さんに見えて、意外な弱点があるんだなぁ。
「私、方向音痴だし。ダンジョン内では頼りにしてるわね」
「……今、なんと?」
「方向音痴よ、聞こえなかった?」
ファサァ……っ。
長い髪をなびかせながら、ドヤ顔で。
完璧な美人さんのイメージに、小さなヒビが入った瞬間でした……。