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48 親子水入らず



 タントさんとお話をして、なんとか立ち直れました。

 手を取り合ったままベンチから立ち上がった私たちです。


「ひとまず宿にもどろっかな。そろそろティアたち戻ってくるかもしれないし、心配かけちゃいそう」


「ボクもひとまず事務所にもどります。例の件、真偽は直接ドライクさんに聞いておきますから」


「その必要はないよ、タント」


 この、声……っ!

 バっと後ろをふりむくと、そこに立っていたのはにこやかな表情を浮かべる中年の葬霊士。


 おなじにこやか笑顔でも、タントさんと受ける印象ぜんぜんちがいます。

 こわい、とっても怖いです……!


「ドライク……」


「やぁトリス。姉妹仲よくしているようだね。パパ、とってもうれしいよ。うれしすぎて涙があふれ出しそうだぁ……」


 どうして感涙してるんですか、あのヒト……!

 ドン引きしているあいだに、すかさずテルマちゃんが私の中に入ります。


『神護の衣っ!』


 透明なベールが体をつつみこんで、守ってくれます。

 とっさに動いて私のために発動してくれたんだ。


『お姉さま、お気をつけください。きっとロクなこと考えてませんよ……!』


「うん、同感……」


「おやおや、心外だなぁ。そこまで警戒されちゃったら、パパ悲しいよ?」


「やめてっ! あなたにパパを気取られたくない!」


 いくら娘に会いたいからって、ティアの妹さんを殺したヒトなんかに父親面してほしくない。

 大っ嫌いです、こんなヒト!


「反抗期がやってきたのかな? まぁいい。ここじゃあなんだ、家族水入らずで過ごせる場所に行こうじゃあないか」


 ドライクが、小さな十字架をおもむろに放り投げました。

 地面に突き刺さって、そこからなんと葬送の灯(アウフヴィダーゼン)のような魔法陣が、私たちのまわりに展開されたんです。


 おどろく間もなく魔法陣がかがやいて、あたりの景色が一瞬で切り替わりました。


 これまでいた『公園』の景色から、石づくりのどこかの『遺跡の広間』へと。

 まるでワープ魔法のように、あっという間に移動しちゃった……。


「な、なにこれ……っ」


「葬霊術――中でも召霊術と呼ばれる技はね、あの世とこの世、遠く離れた場所を結ぶ術。突き詰めればワープ系の魔法に非常に似ている。応用すればこのとおり。生者を運ぶことすらできるのさ」


 こ、こんなの、ドライクはいつでもどこでも好きなときに、たとえば宿で寝ているときだって、やろうと思えば簡単に私をさらえたってこと……?


「タ、タントさん、ここどこっ!?」


「わかりません、ボクにも見覚えが――見覚えが……、ある……?」


 ど、どうしたのでしょう。

 あたりを見回すうちに、タントさんの顔色が変わりました。


「そうだ……、ボクの最初の記憶……。あの祭壇、見覚えが……」


「祭壇……?」


 なんかカラスみたいな顔にヒトの体がついた石像が建ってます。

 その下に祭壇、たしかにありますね。


 それに、タントさんの『最初の記憶』。

 以前、古代王墓でごいっしょしたときに話してくれました。


「ここの祭壇に寝かされて、そして、たくさんの悪霊に襲われて、逃げて……。ドライクさん、いったいここは……?」


「ここはね。王都を出て北へ少し行ったところにある【大迷宮】。その名を『タンツ遺跡』さ」


 タンツって、なんだかタントさんの名前と、すこし似てますね。

 それにしてもココ、大迷宮の最深部だったとは。

 ど、どうしよう、そんなトコまで飛ばされちゃったんだ……。


 ちなみに今いるフロアですが、古代王墓のピジューがいた場所と同じく隠しフロアになってるようです。

 なぜかって、部屋の出口がどこにも見当たらないから。

 きっと仕掛けで閉じられているのでしょう。


「この遺跡こそ、大聖霊【ヤタガラス】を降臨させるための儀式の場。そしてトリス、タント。キミたちをよみがえらせた場所でもある」


「わ、私たち、ここで……っ!?」


「……そう、ですか。やはりあの記憶、生き返った直後のものでしたか」


 タントさん、私とちがって冷静です。

 淡々と事実を受け止めて、受け入れてます。


「これからね、いよいよ【ヤタガラス】を降臨させようと思うんだ。準備がととのったことだし、ね」


「ととのった、って……。呼び出すには1080人の魂が必要だったんじゃなかったの!?」


「そろったのさ。レイス・カーレット君が暴れてくれたおかげでね」


「お姉ちゃんの……?」


「王都は多くの霊にとって、大変住みやすい環境だった。『マナソウル結晶』が豊富で、捕食に来る集合霊もおらず、葬霊士にも見つかりにくい。しかしレイス君の暴走の中、多くの霊が恐怖を感じ、王都を出ていったんだ。安住の地を求めてね。『古代王墓』には天敵である聖霊ピジューの残り香が強く染みついている。王墓をのぞいて王都にもっとも近く、集合霊もいないダンジョンはここだけだからね。吸い寄せられるように、これほどの数が集まったのさ!」


 パチンっ。


 ドライクが指をならすと、壁ぎわの隠し扉が音を立ててスライドします。

 そこからなんと、たくさんの霊たちがなだれ込んできました。


 『たす』とか『山が』とか『にじみ……』だとか、なんかみんな意味わかんないこと言ってますが、みんなお姉ちゃんから逃げて来たのでしょう。

 襲ってくるわけでもなく、うめきながら部屋をぐるぐるさまよっています。


「これにて完遂だ。魂、場所、そして『救世の少女』。すべての条件が満たされた! さぁタント、トリス。パパとともに新世界の誕生を、祝おうじゃぁないかっ!」


「祝いませんっ! タントさん、逃げよう? きっとこのままじゃ、大変なことになる――」


「――トリスさん。ボクの目的、行動原理をお忘れですか?」


「え……?」


「全ては『人助け』のために。大聖霊を呼び出して悪霊を消し去ると、悪霊がこれ以上悲しみを生まないために。それが、ボクの目的であり、ドライクさんの目的。そう考えています」


 いっしょに逃げてくれないの?

 ドライク、たくさんヒドイことしてるのに。


 ユウナさんを殺して魂を書き換えて、知らない誰かを少なくとも二人は殺して私たちの肉体にして。

 そんな相手を、まだ信じるの……?


「あぁ、いい子だねぇ。賢い子だ、タント。さすが、私の自慢の娘だよ」


「……ですがドライクさん、ひとつ聞かせてもらえますか」


「かわいい娘の頼みなら、パパなんだって聞いちゃうよ? 遠慮せずに言ってごらん」


「これが本当に、人助けになるんですね? 世界から悪霊を、悪霊の産む悲しみを消し去るために、【ヤタガラス】を呼ぶんですよね?」


 ……ちがいました。

 タントさんの問いかけは、まるで確かめるように。

 ドライクの真意をうたがって、信じていいのかハッキリさせようとしています。

 きっと、最後の確認なんです。


 そして、ドライクの回答はというと……。


「あぁ、もちろんさっ!」


 にこやかに笑ったまま、うなずきます。

 心の底から善意のかたまりみたいな笑顔で、即答してみせたんです。


「悪霊の産む悲しみなどはね、絶対に生んではならないんだ。家族を失うような悲しみを、他の誰にもさせてはならない」


「……」


「もともとヤタガラスという集団自体、トリスとタントの成長を見守り、かつ悪霊から人々を守るために作ったものさ。そこにウソ偽りなどなにひとつ無い」


「全て真実、善意からの行動だ、と……?」


「当たり前じゃぁないか。すべては人助け、そうだろう?」


 なにをいけしゃあしゃあと抜かしてますか、この男。

 私ですらイライラしてきました。


「……けるな」


「んん?」


「ふざけるなッ!!!」


 なんと、タントさんが怒鳴りました。

 いつもニコニコしてるタントさんの怒鳴り声、はじめて聞きました。

 握りこぶしが怒りでプルプルふるえています。


「家族を失った悲しみを、誰にも味合わせたくないですって!? 妹さんをうしなったティアナさんの悲しみを、お姉さんをうしなったトリスさんの悲しみを、作り出したのはあなたでしょうに!!」


「そうさ。必要な犠牲だったんだ。悲しいね、世の中はきれいごとだけで回らない」


「必要な犠牲……!?」


「あぁ、すべては必要な犠牲。『私が家族と暮らすため』のね」


「そんなことの……っ。そんなことのために、ユウナさんを殺して、私たちを生き返らせて、ティアを悲しませて……ッ」


 なんて、なんて自分勝手なの……!

 人助けとなんにも関係ない、ただ自分の幸せのためだけに、ヒトを殺しておいて……っ。


「しかしタント、精神面でも成熟したねぇ。私を怒鳴りつけるだなんて。トリスともども、二人とも満点だ」


「成熟……って、どういうこと?」


「いい質問だね、トリス」


 うわ、こっち見て笑った。


「キミに真実を明かしたのはね、『救世の心』がどんな困難にも揺るがない強固なものになったかどうか、確かめるためだったのさ。結果、尊い姉妹の愛によって困難を乗り越えた。もはやトリスの美しい心は、絶対に揺らぐことなどないだろうっ!! さぁタント、トリス。次はパパと絆を深めよう。『家族みんな』で仲良く暮らすために、思う存分パパに甘えてくるといい」


 何言ってるんですか、このヒト。

 甘えるわけないじゃない。


 ……ちょっと待って。

 いま、気になることを言いました。


「家族みんな、って……。お母さんは? 私を産んだお母さん、家族に入ってないの?」


「あぁ、『レイア』だね。彼女のことも、もちろん愛しているよ。いるんだが――」


 コートからミニ棺を取り出しましたね。

 あの中にお母さんが?

 その答えは、棺のフタがパチンと開かれた瞬間にわかりました。


 白い髪を振り乱した、歪みきった女のヒトの霊が飛び出してきたからです。


『トぉぉぉぉぉリぃぃぃぃスちゃっ、タぁぁぁぁぁぁントちゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


「ひっ!」


 黒目をひんむいて、首をのばして私とタントさんに急接近してくる『悪霊』。

 私たちに『なにか』をする前に、ドライクに吸い込まれて棺へと戻っていきました。


「わかったかい? 彼女、娘たちを手にかけたショックからか、取り返しのつかないほどに『歪んで』しまってね。魂すべてを煉獄の炎で初期化しないと、もうどうにもならないんだ。もちろん愛しているから、こうして手元に置いているんだが。これではいっしょに暮せないだろう?」


「い、いまのが……」


「ボクたちの、母さん……」


「そう。だからね、【ヤタガラス】のチカラが必要なんだ。レイアがレイアであるまま『歪み』を浄化するために、願いをかなえる大聖霊が必要なんだよ。いや、もちろん大目的は悪霊の殲滅。そちらにも力は使うから、安心してくれたまえ」


 なにが安心できるモンですか。

 自分に酔ってます、この男。


 絶対に止めなきゃいけません。

 これ以上、ドライクの暴走で誰かが傷つかないためにも。


「あぁ、これで家族の間に隠し事などなにもなくなった! では始めよう。今こそ【ヤタガラス】の降臨を――」


「少々待ちたまエ、ドライク殿」


 お、おっと誰でしょうか。

 ドライクの演説に待ったをかけたのは……。


「……おや? どうしてここにいるんだい、ヒーダ。キミは王都にいるはずだが」


「少しネ、気になることがあったからサ」



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