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47 私は私、なんですね



 トリスの姉、レイス・カーレットが引き起こした一連の事件で、多くの霊が『ヤタガラス』の手にわたってしまった。


 ドライク以外の葬霊士も、おそらく『人助け』をして悪霊を狩り、霊魂を入手したことでしょう。

 次なる行動を起こすのは必然。

 トリスを休ませがてら数日の間、敵の動きを探っていると、やはり動き出したようね。


「セレッサ、来たわ。『斥候』からの報告よ」


「『メッセンジャー』か。なにか情報、つかんだみてぇだな」


 ヤタガラスの手がかりを探して街を見回っていたときのこと。

 常人の眼には見えない半透明のハトが、建物を通過して飛んできた。


 これが葬霊士が連絡にもちいる幽霊バト、通称『メッセンジャー』。

 つかれを知らず、あらゆる障害物をすりぬけて目的の人物までたどり着き、主人からの伝言をつたえてくれるわ。


『事件の日から、王都の霊たちが吸い寄せられるように、北のダンジョンへとむかっている。現在、王都内にほとんど霊の姿ナシ。繰り返す――』


 主からの伝言を三度リピートし、それから飛び去っていくまでが彼らの習性。

 動物霊というより聖霊に近しい存在だけれど、単純な行動しかできないの。

 習性どおりに情報を繰り返して、『メッセンジャー』は主人のもとへと飛び去っていった。


「王都から霊が消えた、か。たしかに最近見ねぇよな。ティアナ、どう思う?」


「……厄介な状況だわ。霊の移動が偶然にせよドライクの仕業にせよ、大量の霊が一ヶ所に集まっているのは事実」


「だな。大聖霊とやらのイケニエとして、ヤツが放っておく理由がねぇ」


「となれば、すぐにでもダンジョンへむかいたいところだけど……」


 気がかりなのがトリスね。

 とても同行させられるような精神状態じゃない。


「……トリスの嬢ちゃん、どんな調子だ」


「まだ落ち込んでいるみたい。テルマが憑きっきりで憑いててくれてるから、まだマシでしょうけど」


「クソ……。なんだってドライクのヤツ、嬢ちゃんにわざわざ吹き込みやがった……!」


「可能性ならいろいろと考えつくけれど――。『コイツ』の意見も聞きましょうか」


 ちょうど路地裏、あたりに人の気配もない。

 ふところから棺をひとつ取り出して、フタを開く。

 中からふたつの魂がからみ合うように飛び出して……。


「おーよしよしよしよしっ。わしゃわしゃわしゃわしゃっ!! あぁロンちゃんっ、ロンちゃんかわいいっ!!」


「ハッハッハッハッハッ」


「うわ……、なんだコイツ」


 舌を出しておすわりする犬に抱きついて、首元に顔をうずめる大男。

 セレッサが軽くドン引きしてるわね。


 私もちょっと引くわ。

 やるなとは言わないけれど、せめて人前ではやめましょう?


「ゲルブ、お愉しみ中悪いわね」


「あぁ、具現化したロンちゃんのかわいさについ我を忘れた。して、用件は?」


「棺の中で聞いてたでしょう? 数日前のドライクとのお茶会よ」


「……あぁ、聞いていた。だからどうした? 私の考えが変わったか、と?」


「いいえ。かたくななあなたのこと。いまだにドライクを信奉しているでしょうね」


「よくわかっている。では用件とは――」


「トリスについて、よ」


 この男はガンピの村でのドライクの活動に、もっとも深くかかわっている。

 当然、トリスに秘密を知られてはならない、と固く言いつけられているはず。


「あの男、ずっと隠していた秘密をわざわざ打ち明けたわ。トリスの前で、堂々と。なにが狙い?」


「私ごときにドライク殿の胸中を推し量れるはずもなし。しかしあえて推察するとすれば、『鋼は叩いて強くする』。こんなところか」


「あえて心をへし折るようなマネをして、『救世の心』とやらをより強くする。あり得る話ね」


「もちろん違うかもしれんがな」


 私が考えていた予想もそんなとこ。

 もっともあの男以外に、真相などわかりっこない。


 これ以上考えても、答えなんて出ないわね。

 ……ひとまず今はトリスの様子を見にもどろうかしら。



 ★☆★



 鏡を見るの、すこし抵抗があります。

 だって私のこの顔は、犠牲になったほかの誰かの顔だから。

 私のホントの顔じゃない。


 だけど結局これが私の顔なので、付き合っていくしかありません。

 ともかく鏡の前で、お姉ちゃんのときを思い出して瞳に魔力を集めます。


 瞳を閉じて、魔力をためてためてためまくって……開眼!


「……えいっ!」


 ……できました。

 あのときテルマちゃんが言ったとおり、夜空のようにキラキラと光がともった瞳。


 頭の上には魔力球。

 王都のマップと人の動きがリアルタイムで映し出されます。


天河の瞳ミルキーウェイ・アイズとか呼ぼうかな。なんて……」


 満点の夜空にかがやく天の川みたいにキラッキラな瞳。

 その輝きとうらはらに、私の心はまだ晴れません。


 テルマちゃんが相談にのってくれるけど、ティアも話を聞いてくれるけど。

 ずーっとモヤモヤ、晴れないままです。


「あの……、お姉さま。どうして王都のマップを出したのです?」


「うん……。会いたいヒトがいて……」


 あのヒトも知っているのかなって気になって、話をしたくなった。

 だから探そうと思ったんだ。


「タントさん……。私の、お姉ちゃんかもしれないヒト。そして、ティアの妹さんかもしれないヒト」


 私にとって、あのヒトの認識はもう赤の他人(黄色い点)じゃない。

 いいヒトだってわかってる。

 ダンジョンでも、悪霊に憑依されたときも、損得関係なしに助けてくれた。


 だからもう、あのヒトの色は『青』なんだ。


 王都を歩いてる青い点は、ぜんぶでみっつ。

 ふたつ固まって動いてるのが、きっとティアとセレッサさん。

 今日も情報探しで街に出てる。


 そして離れた王都の西側。

 大きな通りを歩いてる青い点が、あのヒトだ。


「会いにいくおつもりですか?」


「止めないでね」


「止めません。お姉さまが立ち直るきっかけになるのなら。それにですねっ、どんな危険が襲おうと、テルマが守ってあげますのでっ!」


「……ありがと。たよりにしてるね」


「たよってください!」


 ホントにたのもしいよ、テルマちゃん。

 あなたがいてくれてよかった。


「……うん、じゃあ行こっか」


「はいっ、どこまでもお供しますっ!」


 ぼさっとした髪をととのえて、身だしなみをととのえたら宿を出ます。


 ひさしぶりに吸った外の空気、なんだかとってもおいしく感じられて。

 それだけで少し前向きな気持ちになった気がした私って、ちょっと簡単すぎるでしょうか。



 マップの表示にしたがえば、すぐに探し人が見つかります。

 人ごみにまぎれた青い髪のヒト。

 なぜか普段着を着てますね、いつもだったら気づかず通り過ぎてたトコです。


「タントさんっ!!」


「……おや?」


 声をかけると、とっても意外そうにふりむきます。

 ですが私の姿とマップを見て、すぐに納得いった様子。

 にこやか笑顔で出迎えてくれました。


 ラフな上着に短めのホットパンツ。

 いつもは体のラインが隠れる葬霊士の服を着ていましたから性別すらわかりませんでしたが、こうしてみるとしっかり女の子です。


「トリスさんじゃないですか。どうも、ごきげんよう。まさかボクを見つけてくるとは思いませんでした。今日は――」


 私のうしろとか横とか上とか、いろいろ確認して、


「お一人のようですね」


「テルマもいます!!」


「失礼、お二人のようだ」


「……うん、ティアたちには黙ってきたの。タントさんとお話がしたくって」


 まったく同じ境遇のこのヒトは、おなじ悩みを共有できるただ一人のヒト。

 苦しめちゃうかもしれません。

 だけど知ってほしい、いっしょになやんでほしい。


 そして私が納得いく答えを、いっしょに見つけてほしいんです。

 とんでもなく自分勝手な話ですが。



 近くの公園のベンチにすわって、ぜんぶを話しました。

 私がドライクから聞かされたすべてのことを、ぜんぶぜんぶ。


 ぜんぶを聞いてしまったタントさんの反応は……。


「……まさか、そんな。信じられません……」


 普通、こんな話をされても鼻で笑って終わりだと思います。

 ですが明らかに動揺している表情で、汗もダラダラ。

 やっぱりこのヒトにも、心当たりがあったんだ。


「ぜんぶ本当、だと思う。私の記憶にあるんだもん。ドライクとお母さんと、それから――たぶんタントさんだと思う、お姉ちゃん」


「トリスさんが、ボクの妹……? ドライクさんが父親で、しかも十字架の葬霊士の妹さんが、ボクの魂で……。あぁ、少し頭を整理させてください……」


「うん……。ごめんね、こんなこと……。私ひとりで抱えきれなくって……」


「謝らないでください。話してくださったこと、大変うれしく思います。ですがコレは……」


 あぁっ、頭をかかえちゃった……。

 いま私、自分が楽になるためにタントさんを困らせてしまっています。


「テルマちゃん……。私、悪い子だね……」


「悪い子なわけありませんっ。お姉さまが悪い子判定される世界なら、テルマなんて即地獄行き、即消滅ですよっ!」


「そんなこと……」


「それに、いつか知るべきことなんです。ドライクから明かされるより、こうしてお姉さまに優しく明かされ方が、タントさん幸せですよ」


 ……うん、やっぱり私悪い子だ。

 テルマちゃんの言葉で気持ちが楽になって、そうだよね、どうせ知ることになるのなら、なんて思っちゃって。

 とっても悪い子です。


「……ふぅぅぅぅ」


 タントさんが大きく息を吐きました。

 それから顔を上げて、にこやかスマイルを浮かべます。


「ありがとう、トリスさん。自分の中にうずまいていたモヤが払われた、そんな思いです」


「そんな、お礼なんてやめてくださいっ」


「いいえ。幽霊の彼女の言うとおり、いずれ知らなければならなかったことです。どうか気に病まないでください」


 笑顔ではげましてくれるタントさん。

 こんなときでも笑えるなんて……。


「強いなぁ……。私なんて何日もふさぎこんじゃってたのに」


「……きっとそれは、トリスさんがいろんなものを持っているからですよ」


「え――」


 私が、いろんなものを……?

 タントさん、すこしさみしそうな表情を浮かべてから言葉を続けます。


「ご存じでしょうが、ボクには記憶がありません。家族と呼べる存在もなく、ただ内なる『人助け欲』に従うのみ。『自分』と呼べるものすら、きっと持っていなかった。だからショックが小さいのでしょう」


 悲しい、とても悲しい独白。

 私にはただじっと、耳をかたむけることしかできません。


「しかしトリスさん、あなたはちがう。霊とはいえ暖かい家族に囲まれ、幽霊の彼女やあの葬霊士のヒトのような友人にも恵まれて、きっとあなたには確たる『自分』があったはず。だからこそ『自分』が揺らいだショックも大きい」


「……そう、だと思います。自分自身が根っこから、立ってる場所から否定されたみたいで、それがなによりつらかった……」


「しかしそれこそ、『自分』を持ってる証拠です。大丈夫、あなたはあなた。他の誰でもありませんから」


 ぎゅっと手をにぎってくれて、私が一番ほしかった言葉をくれる。

 なんだか、なんだか……。


「えへへっ、タントさんお姉ちゃんみたいです」


「そ、そうでしょうか? トリスさんによれば、じっさいボクはあなたの姉のようですが……」


「そういうことじゃなくて、なんというか……。と、ともかく元気、出てきました!」


 そうだよ、私は私。

 ここにいる私が私なんだ。


 狂ってるともいわれるプラス思考が復活してくる手ごたえを感じつつ、タントさんに『家族』も感じた私でした。



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