46 生きているのか、死んでいるのか
「信じれば、夢は必ず叶うのさっ」
頭をかかえて震えるトリスをしり目に、この男は満面の笑みで『ユウナを殺した理由』を語った。
おそらくこの男に罪の意識などカケラもない。
自らの行いに対し、なんの罪悪感も後悔も抱いていない。
「テメェ、ブチ殺してやるッ!!」
「やめなさい、セレッサ」
「止めるなティアナッ!!!」
「店の中よ。他の客に迷惑だわ」
椅子を蹴り倒して槍に手をかけたセレッサを制止する。
私だって許せない。
はらわたが煮えくり返るとはまさにこのこと。
けれどここで殺してしまえば、『タント』と戦わざるを得なくなる。
ドライクを信奉するあの子との亀裂が決定的になって、あの子と刃を交える結果にしたくない。
セレッサにも、させたくない。
「答えなさい。『タント』を『ユウナ』に戻す方法が、あるのかないのか」
「ないよ?」
「……即答ね」
この男、本当に殺してやろうかしら。
そのニヤケ面に一発といわず百発ブチ込んでやろうかしら。
「人が生まれ変わるとき、煉獄にある浄化の炎をくぐって魂を漂白し、初期化することは知っているだろう?」
「だからあなたの娘のタントは、魂だけが同じでまるっきり別人のユウナに転生を果たした」
「そう。だから同じようにしたんだ。魂を今の体に入れるとき、きちんと『タント』になるように、『浄化』したんだよ」
ドライクが人差し指を一本立てて、霊力をこめる。
すると指先に火がともったの。
まるで炎の魔法を使ったかのように。
だけどこの炎、人間界の炎とはまるで違う。
神聖な光をたたえたこの炎は……。
「おどろいたかい? これは『浄化の炎』。努力の末、こんなものまで呼び出せるようになったんだ」
「……ソイツでユウナの魂焼いて、初期化して、今のタントの体に放り込んだわけだ」
「さすが優秀な葬霊士。理解が早くて助かるよ」
「――なぁ、マジでコイツ殺してぇ」
「同感ね」
「心外だなぁ。キミたちには私のことをもっと『知って』もらって、身近に感じてもらいたいのに。なんでも答えるよ? キミたちにはね、私を知ってほしいんだ」
「もういいわ、黙りなさい。これ以上あなたと交わす言葉などない」
「そうかね? たとえば『救世の心』。キミたちには『人助け欲』の方が通りがいいかな? 知りたくないかね?」
「黙りなさいと言っている」
トリスの持つ狂気じみたポジティブさの根本にある『人助け欲』。
ことことに至ったらば、ドライクが一枚噛んでいることは明らかよね。
気になるわ、たしかに知りたいわよ。
けれどこれ以上トリスに余計な情報を吹き込んで、心を傷つけさせたくない。
「――そうだねぇ、私にはピジューのほかにもうひとり友人がいる。彼の協力で、ね。いい子になるように、おまじないをかけたのさ」
コイツ、かまわずしゃべり始めたわね……!
しかもトリスのほうをむいて、しっかりあの子の耳に入るように。
「人助けがしたいって、私の気持ちまで……? それすら聖霊に植え付けられたモノなの……? 全部ニセモノ……? 私いったい、なにが本物なの……?」
「大聖霊に関係している、とも聞いているだろう。『大聖霊』とはすなわち、『チカラ』そのもの。大いなるチカラには、それを振るうに足る『心』が必要だろう。そういうことさ」
「なに……、それ……っ。私を大聖霊の器にしたい、って。そういうこと……?」
「すこしちがうかな。ただ、これだけは理解してほしい。『大聖霊』のチカラをもってすべての悪霊を現世から消し去り、悪霊による被害者が未来永劫ひとりたりとも出ない世界を作りたい。この思いだけは本物なんだ」
「ドライク。たいそうなお題目を並び立てても関係ないわ。あなたを絶対に許さない」
「オレもだ。心底テメェが気に入らねぇ。邪魔する理由なんざ、それで充分だろ」
「……そうか、残念だ。分かり合えなかったことが、本当に残念だよ」
ドライクのヤツ、悲しげに目を伏せたかと思ったら、コートの中から小銭を出してテーブルに置いたわね。
なにかしら、アレ。
「ここのお代だ。ゆっくり味わって帰るといい。では、また会おう」
「テメ……ッ、待ちやがれ!!」
セレッサが止めるヒマもなかったわ。
おそらくゲルブと同じワープ魔法。
こつぜんと姿を消して、ヤツはもうどこにも見当たらない。
「……クソっ、逃げやがった!!」
悔しそうにテーブルをたたくセレッサ。
あなたの気持ち、痛いほどわかるわ。
私だって、頭の中がぐちゃぐちゃでどうにかなりそうだもの。
けれど不思議と冷静でいられるの。
きっと私のとなりで絶望に打ちひしがれている、この子が気がかりだからでしょうね。
持ち前の狂的なポジティブさでも、今回ばかりはさすがに難しいでしょう。
この子にもういちど、笑顔はもどるのかしら……。
★☆★
カーテンごしに差しこむ光、鳥の声。
いつものように朝がきて、いつものように、同じベッドにテルマちゃん。
起きたばかりの私の顔を、じーっと見つめてきています。
「お姉さま……、おはよう、ございます……」
「うん、おはよ……」
いつもと同じ朝。
ただ、テルマちゃんの表情もいつもとまるで違ってて、態度もまったく違ってた。
いつもならとっても楽しそうに私の寝顔を観察してたり、お胸に頭をぐりぐりしてたり、髪のにおいを嗅いでたりするのに。
今日は不安げな顔で、私の顔をじっと見つめてきています。
「あの、お姉さま? とってもうなされていましたけど……」
「……うん」
そりゃうなされるよ。
だって思い出しちゃったんだもん。
自分が『生きてた』ときの――殺される瞬間の記憶。
お姉ちゃんを目の前で殺される恐怖。
包丁を突き刺される痛みと、お母さんに殺される絶望。
深い深い闇の中に、落ちていくような記憶。
殺されるまでの記憶も、霊になってからの記憶も思い出せません。
けれど忘れていた、一番忘れたかった記憶だけが、昨日から何度も何度もフラッシュバックしてしまう。
夢にまで見るほどに。
「シーツもパジャマもびっしょりです……。お水あります、飲みますか?」
「うん……」
枕元の水差しからよく冷えたお水をそそいで、飲み干します。
冷たい。
こう感じるってことは、生きてるってこと。
……私、生きてるのかな?
私ってなに?
ゾンビじゃないよね。
幽霊でもない。
だったら生きてる生身の人間?
一度死んでいるのに?
一度死んで、誰かの体でよみがえって、その子の犠牲でのうのうと、のほほんと生きている。
こんな私はいったいなんなの……!?
「……ぅぅ、うぅぅっ」
「お姉さま……っ!」
涙で視界がぼやけたとき、テルマちゃんがぎゅーっと抱きしめてくれました。
「テルマ、よくわかります! お姉さまに憑いてますから、よくわかるんです! お姉さまは生きてます、生きた人間です! 間違いなく、生きてここにいるんです。ですから……!」
「……そう、なのかなぁ……?」
「そうですよ……。だから、だから泣かないで……。そんなに思いつめた顔で、自分を責めないでください……」
ありがと、テルマちゃん。
ひとりだったらきっと私、つぶれてた。
でも、でもね。
私、ホントに私を認められるかな。
自分は生きた人間だって、胸をはって言えるのかなぁ……。
コンコン。
部屋にノックの音がひびいて、「今、いいかしら」とティアの声。
もちろんいつでもオッケーです。
テルマちゃんと抱き合いながら、「いいよ」と返すとすぐにドアが開きます。
「トリス、大丈夫――ではなさそうね」
「え……? ど、どうしてっ?」
「お姉さま、涙の跡がすごいですから」
「あ……、あはは……っ」
そんなひどいんだ……。
起きてから鏡、見れてないもんね。
鏡を見たら、どうしても意識しちゃうもん。
いまの私の顔、ホントは他の誰かの顔で、ホントの私の顔じゃないって。
自分の顔すら、見るのが怖い……!
「……っ、ふぐっ、ぐず……っ」
あ、ダメだ、また泣いちゃう……。
テルマちゃんにもティアにだって、余計な心配かけちゃうよ……。
「……となり、座るわね。ほら、かわいい顔が台無しよ?」
ベッドに腰を下ろして、ハンカチを取り出すと、私の顔をやさしくぬぐってくれます。
なんだかお姉ちゃんみたいだな、とか思いつつ、お姉ちゃんを思い出してまた悲しくなってしまって。
「うっ、ぅぅうぅぅっ、ティアぁぁ……」
抱きついて泣いてしまいます。
これじゃあさっきと同じです。
「泣きたいときには気のすむまで泣きなさい。いろんなことがありすぎたもの」
「うぐすっ、ひぐっ! お姉ちゃんが、いなくなってぇぇ……。私も、なんかわけわかんない、自分の心もっ、えぐっ、生きてるか死んでるかも、わかんなくってっ、ぇぇぇぇっ……」
泣きじゃくる私をやさしく抱きしめて、落ち着くまで背中をなでてくれるティア。
そうして私が泣き止んだころ。
「……しばらく休んでなさい」
「え……?」
そんなことを言われてしまいました。
「いろんなことがありすぎた。あなたには休息が必要よ。しばらく休んで、また私を手伝いたいと思うなら、もう一度力を貸して。イヤになったらそれでもかまわない。じっくり考えて、あなたのしたい道を選びなさい」
「……うん」
はげまして奮い立たせるわけじゃなく、私の頭で考えて決めてほしいんだ。
やさしいね、そしてきびしいよ。
私は……、私はどうしたいんだろう……。
どうしたら、いいのかな……。